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※旧版につき閲覧非推奨 彼方を見るものたちへ  作者: 二立三析
第四章 魔術協会での生活
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第二十七節 急転直下

 

「……っ」


 ――良かった。


 視線の先。歩道の脇に落ちていたそれを拾い上げて、私は思う。……買ったばかりのイヤリングは、壊れても汚れてもいない。


 ――レイガスさんに映像を見せられたときから、ずっと不安だった。


 その気持ちを紛らわせようと思って買った物だけど、結局それほどの効果はなかった。……物ではきっと駄目なのだろう。


 落としてしまって迷惑を掛けているし、慣れないことはするものじゃないなと、息を吐きながら私は思う。黄泉示さんが似合うと言ってくれた位置に着け直し、顔を上げ――。


「……あれ?」


 気付いたこと。……私のいる曲がり角のすぐ先。


 ベンチに腰かけた、一人のお年寄り。齢には不釣り合いなほどシャンとした雰囲気。その手に持っている物を、私が見つめていると――。


「何か用かな?」

「あ、その……」


 声を掛けられる。不躾だったかと思い――。


「慌てなくていい。――これが気になったのだろう?」


 ――そう。


 私の目を惹いたのは、お爺さんの持っていたロケット。古風で綺麗な意匠のそれが日の光に煌めいている様子は、なんだか不思議なくらい凄く目を惹いて――。


「骨董品でね。写真入れになっているんだ。こう……」


 蓋を外して見せてくれる。中にあったのは一枚の写真。


「わあ……」


 一人の女の人が写っている。その穏やかな笑顔に、私の意識は引き付けられた。綺麗なだけでなく、どこか品位のようなものも感じさせる……。


「……素敵な方ですね……」

「ありがとう。そう言って貰えると、彼女も喜ぶだろう」

「娘さん……ですか?」


 思い付いた候補を尋ねる。目の前のお爺さんと写真に写った人とは、どう見ても年齢的に半世紀以上の開きがありそうだ。


「はは。そういうわけじゃないんだがね」


 軽く笑ってから……お爺さんは、どこか寂しそうな眼をして言った。


「もうこの世にはいない、私の古い知り合いさ」

「え……」


 ――しまった。


「――す、済みません。私……!」

「いいさ。話を振ってしまったのは私だからね。謝る必要はない」


 そう返してくれるお爺さん。……レイガスさんにはああ言われたけれど。


「ところで、琳海中路はこの辺で良いのかな。知り合いを尋ねてきたんだが、なにぶんこの辺りには土地勘がなくてね」

「あ、ええと……」


 こうやって知らない人と言葉を交わし合うことも、大切なことのはず。そう思ったところで掛けられた質問に、少し眉を寄せる。


「……済みません。私では分からないんですけど、知り合いの方たちがいて……」

「おお、そうか」


 その人たちなら分かるかもしれない、と説明する。先輩たちなら探せるかもしれない。放っておくわけにもいかないと、私はお爺さんに笑いかけた。


「着いてきてください。すぐそこですから」

「ああ。――ありがとう」






「――お待たせしました」

「遅かったわね。何か――」

「――」


 俺たちの視線の先。フィアが連れ立ってきたのは、赫灼とした一人の老人。……誰だ?


「済みません。こちらの方、ご友人のおうちを探しているみたいで、できれば……」

「は……」


 申し訳なさの混じる口調でフィアが紹介する。……そういうことか。こんなときでも変わらない親切に、らしいなと息を吐く俺の前で――。


「離れなさいッ‼ 今すぐ、そいつから‼」

「――ッ⁉」


 突如として立慧さんが上げた叫び声。化け物でも目にしているかのような、余裕の消し飛んだその声に否応なく疑問が湧く。――なんだ?


「千景‼ 今すぐ連絡を‼」

「……っ」

「田中‼」

「――やれやれ」


 先輩と田中さんは応えられない。必死の応酬を遮るのは、落ち着き払ったその声音。


「支部長ともあろう者が酷い取り乱し方だ。――少し落ち着くといい。彼女も困惑しているだろう」

「え……?」


 全てを理解しているかのような。目の前の老人は泰然とした態度で話し始めると、隣にいるフィアの肩に年齢を感じさせるその手を置く。


「ここには誰も来ない。事実の理解としては、それで充分だ」


 逃がさないとでも言うかのように。不吉な物言いに、嫌でも認識を改めさせられ。


「いや、来られない、と言った方が正しいか……」

「……永仙……‼」


 歯噛みするような、威嚇するような。その芯に畏怖とも怒りともつかぬような色を滲ませた、立慧さんの言葉。――永仙――?


 ……九鬼、永仙?


 先日聞いたばかりのその名が思い起こされる。協会から離反し、凶王を纏め上げ、俺たちの命を狙っているという、あの――!


「秋光も随分と慎重になったものだ。たかが数時間の外出に支部長だけでなく、四賢者まで出張らせるとは」


 先輩たちの後ろに立つ俺たちを見て、そう老人――永仙は続ける。


「私一人では荷が重い。だから、助っ人を呼ばせて貰った」

「――凶王――」

「ほう。既にその件は知っているのか」


 どことなく嬉しそうな声。


「そうだ。ここには今私以外に、二人の凶王が出向いている。彼らに睨まれているとあっては、流石の四賢者も動きを止めざるを得ないだろう」


 ――凶王――?


 頭の中で乱反射する単語。……レイガスが話していた、四賢者と同等の力を持つという技能者のことか? それが今ここに、二人。


 ならリアさんは、葵さんは。


 俺たちを助けには、来られない――?


「……三大組織全部に狙われてるくせに、随分と余裕じゃない」


 切り出したのは立慧さん。


「あんたを追ってるのは魔術協会(うち)だけじゃない。白昼堂々こんなところに姿を現せば、聖戦の義も執行機関も直ぐに飛んでくるわ。……黙っちゃいない」

「それもそうだな」


 永仙は鷹揚に頷く。


「無駄話が過ぎた。……手早く用件を済ませるとするか」

「ッ……!」


 その瞳が向いたのは傍らに立つ少女。――フィアが。


 フィアが、死ぬ?


 こんなに呆気なく殺される? フィアが――。


「……」


 脳裏に蘇るのは、レイガスに見せられたあの光景。……あの罪悪感。あの無力感。


 しかしそれだけではない。……心の奥底から、湧き上がって来ているのは。


 母が死んだ。父が死んだ、あのときの――‼


「――ッッ‼」

「――ッ、待ちなさいッッ‼」

「蔭水‼」


 ――我武者羅に。身勝手に跳び出した俺に、背後から先輩たちの悲鳴にも似た声が飛ぶ。……力の差は歴然なんだろう。そんなことは分かっている。


 だが俺だって無策で飛び出たわけじゃない。かねてより考えていたこと。


 話によればこの老人――九鬼永仙は魔術師だ。立慧さんは自分のように武術にも長けている魔術師のことを指して、近年は増えているもののそれでもかなり少数派なのだと話していた。


 ならば例え幾ら魔術の腕が見事だとしても、身体能力で俺たちの方が下回っている道理はない。もしかすると、その点で相手の虚を突くことはできるかもしれない。


 それに、何より――。


 このまま目の前でフィアが殺されるのをただ見ていることだけは、もう絶対にしてはならないことだった。


「――ッッ‼」


 ――走る。一直線に。只々真っ直ぐに。少しでも、傍らのフィアから永仙の意識が逸れるよう。……対して。


「――」


 近付く俺を脅威とさえ見ていないのか、永仙からは何の殺気も意気込みも感じ取れない。郭のように魔術を展開することも、立慧さんのように構えることもしない。ただあくまで自然体のまま、その黒色の瞳をこちらへ流し向けただけ。


 ――ならばせめて、利用できる手は全て利用する――!


 相手が此方に大した意識を配っていないということは、その先手が俺にあるということ。――【魔力解放】。


 永仙まであと数メートル。近距離まで来られたところで流石に何かしら対処しようとしたのか。


「――ッッ」


 永仙がその指を僅かに動かした瞬間、俺は目論見通り一息にその技を発動させる。――全身を覆う黒い魔力。常外の力を借りた肉体が、限界を超えた更なる速力を以て駆動する――‼


 一月に及ぶ立慧さんとの鍛錬を経て、以前ならある程度の時間が必要だったこの技も今はものの数秒で発動の準備を終えられるようになっていた。こちらを脅威と見ていない永仙が充分と思って対処する、――その意識の隙を全力で突き通す‼


「――」


 永仙の眉が僅かに上げられる。――作戦が功を奏したのか、俺への攻撃は未だ起こりを見せていない。


〝加減などするな〟


 ――郭の言葉が浮かぶ。


〝殺す気でやって、初めてスタート地点に立てる〟


「――ッッ‼」


 間合いに到達する。……殺す気などとは思わない。思えるつもりもない。郭が例え何を思って言ったのだとしても、それは今の俺には恐らくできない。


【無影】の体勢を整える。――ただ後先は考えず、今は目の前の男を止めるためだけに全力で。俺は終月を抜き放った。


 ――走る漆黒の刃が、佇む老人の胴を薙ぎ払う――。



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