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※旧版につき閲覧非推奨 彼方を見るものたちへ  作者: 二立三析
第四章 魔術協会での生活
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第二十五節 それぞれの対話

 

「……」

「……」


 ――気まずい。


 賢者見習いとなって以後。記憶している限りで恐らく過去最大級の気まずさというものを、今郭は味わっていた。


 部屋の中にいるのは郭と、――リゲル・G・ガウス。つい昨日模擬戦で矛を交えたばかりの単細胞ゴリラだ。それがなぜここにいるのか、そもそもなぜ四賢者の一人であるリア・ファレルがこの場所をリゲルに教える気になったのか。考えても郭にはまるで見当が付かなかった。いや、一つ心当たりがあるとすれば――。


「……苦情でも言いに来たんですか?」


 師がいなくなったこともあって、憚りなく郭は相手に率直な言葉をぶつける。――そう。自分の側に思い当たりがあるとすればそれくらいしかない。


 昨日の模擬戦。結果的には合格を出したとはいえ、郭は終始上から目線で彼ら四人と相対していた。罵詈雑言も幾つか吐いた気はするし、挑発や煽りとなればそれこそ数えきれない。……安全面にしても彼らからしてみれば大問題だろう。事実複合魔術を放ったときは半ば本気であの羊の男を消し飛ばすつもりだったのだし、そうでなくとも行動不能になる程度の重傷を負わせようという意図は端からあった。


 このゴリラでもそれくらいのことは当然気付いていたはずであり、故にそれについて文句を言いに来る――というのであれば、自分に会いに来る動機として納得できなくはない。中立派のリアからしても、咎める理由にはなり得る……。


「言っておきますが、試験内容についての文句は受け付けませんよ。済んだことですし、僕自身はあれが適正だったと思っていますから」

「……いや」


 意外なことに。食って掛かって来るかとも予想していた、目の前のゴリラは大人しく首を振る。


「そうじゃねえ。確かにあのやり口にはムカつかされたし、今もムカつかされてるけどよ」

「……だったら、何しに来たんです?」


 不機嫌さを交えて言う。違うと言っておきながら、怒っているとは言う。ゴリラの言い分は、郭には理解し難く。


「――悪かった」

「――」


 唐突に。頭を下げたゴリラに、意表を突かれている自らを郭は覚えた。


「途中まではマジで、お前のこと野郎だと思ってて……体型についてとかで、酷いことを言っちまった」

「――は?」


 ――何だ? と郭は思う。目の前のこの男は、何を言っているのだ?


「……つまり僕の性別を勘違いしていて、それによる行き過ぎな発言があったから謝りに来たというわけですか?」

「おう」

「……」


 からかっている様子はない。嘘や冗談でないことを確かめるため、その面構えを繁々と眺めたのち。


「……呆れますね」


 郭は息を吐く。零れ出た溜め息は心底から。


「そんなことで一々謝りに来るとは。阿呆というか、間抜けというか……」

「いやでもお前、あの時滅茶苦茶気にしてるような顔してたしよ――」

「――焼き殺しますよ?」


 一瞬滲ませた怒気に悪い悪い、と言ってゴリラは引く。確かに体型が多少、若干、ほんの少しだけコンプレックスなのは事実だが、それを目の前の脳筋に指摘されると何か苛つく。むかむかする心情を抑えつつ。


「そのことなら別に僕は気にしてはいません。話はそれで終わりです」

「……ならそうだな」

「……」

「……」


 訪れる沈黙。意に反したその現象に耐え兼ねて、口を開く。


「早く出て行ったらどうですか? 貴方が此処にいることで、僕の修行時間が――」

「……いや、ちょっと待てよ」


 ――なんだ?


 首を傾げだしたゴリラに郭はうんざりした感情を胸に覚える。この期に及んで、まだ何か――。


「良く考えたら、なんかおかしくねえか?」

「何がですか。今更謝らなければよかったとでも言うのなら――」

「俺が謝るのは当たり前だけどよ、お前もまだ謝ってねえじゃねえか」


 ――は?


「あいつらに向けた暴言……模擬戦の件で有耶無耶になっちまってたけど、まだ蹴りが付いてねえ」


 声にならない。ゴリラの口から放たれたのは、またしても予想外の一言。


「取り下げてもらうぜ、きっちりな」

「……僕がそんなことをする理由がどこにあると?」

「お前、俺たちに合格出したろ?」


 郭の言葉をスルーして、ゴリラは持論を展開し始める。


「なら、黄泉示とフィア含めて認めたってことじぇねえか。それで羊だのなんだの言ってんのはおかしいだろ」

「僕が認めたのはあくまで、貴方たち四人での力です」


 これは自分の意見についての話だ。ただ呆れるばかりだった先ほどと違って、郭も冷静に反論する。


「個々の力ではない。バラバラにしてみれば、あの二人が劣っているのは明白――」

「その黄泉示に怒ってた奴の言う台詞かよ。格下とか言ってる奴相手に、完全にブチ切れてたじゃねえか」


 ……痛い点を突かれる。師に言われた通り、何事にも動じず対処することを心掛けていた郭にとって、あれは痛烈と言えるあからさまな失態だった。見下していた相手に裏をかかれて逆上するなど。


「あれは……」

「つうか大体、なんでんな考え方なんだよ?」


 あってはならない。繕いの言葉を紡ごうとした最中、脈絡もなく話を変えにくるゴリラの言。


「力がどうとかこうとか。その考え方が原因じゃねえか」

「――貴方には理解できないかもしれませんが」


 ならば渡りに船。泣き所から論点をずらした相手の愚行に感謝することなく、慣れ親しんだ言論によって郭は自らに勢いを付ける。


「力ある人間には相応の責務が伴います。他人にできないことができるなら、その力を用いて為すべきことを成し遂げなければならない。しかし……」


 一度息を継ぐ。――ここが要点だ。


「力のない人間に構っていては、そちらに無駄に労力を割くことになってしまう。力ある人間に余計な荷物を背負わせることになるんですよ」


 ――そう。


 現に今、秋光たちが彼らに構っているように。同じ人である以上最低限の扱いというものは必要だが、それ以上に手を掛け、心を砕く必要などない。そこまでをしてしまえば。


「如何に力のある人間と雖も、他に時間と労力を割けばできることは削られます。それぞれの人間が分を知り、身の丈に合った行動をとる」


 ――邪魔になるのだ。


 身のほどを弁えようとしない人間は。賢者見習いとしてのこれまでの時間の中でレイガスからそれらについての話を郭は耳にしていた。己の分に自覚のない人間の齎す混乱と手間。余計としか言えないその行為の所為で、どれだけの手間と労力、……犠牲が掛かることになったのかを。


「でなければ為すべきことは永遠に果たされない。違いますか?」


 ――であればせめて、大人しくしていて欲しい。


 分を知り慎ましく動くのならば、こちらとしても一々労力を割く苛立ちをぶつけなくて済む。お互いに手間を取らされることもない。それが良好な関係だ。


「……なるほどな」


 どう反応するかと構えていた郭の前で、手始めにゴリラが見せたのは頷き。


「自分にできる精一杯をやりたいってのは分かるぜ。男――じゃなくて女でも、デカいことをやってのけるってのはロマンだからな」


 バシリと打ち合わされた掌と拳。自分のそれに比べれば随分と低俗だが、一応方向としては意見の一致を見――。


「ただ、そのやり方じゃあ上手くいかねえと思うんだよな。――俺の親父も言ってて、俺も思うことだけどよ」


 たところで掌を上へ返し。


「見下されてるんじゃ、人は着いて来ねえ。そもそも自分が人を見下す必要なんてねえ。――自分が他人を認めて、そいつらに認められるようになればいいんだ、ってな」


 勿論媚びへつらうってことじゃなくてよ、と。目の前の奇妙なゴリラの話は続く。流れに身を任せる郭。


「他人を認められねえっつうなら……力ってのは魔術だけじゃねえだろ? 魔術じゃテメエの方が優秀だってんなら、他の点で認められるとこを見付けてみたらどうだ?」

「……他の点?」


 はっと笑う。自身が嘲りの笑みを浮かべる中で、確かに目の前の相手の語る意見に耳を傾けている自分がいた。


「魔術以外で何を認めろと? 数ある力の中でも、魔術以外にできることなど――」

「――あいつらは頑張ってるぜ」


 不意を突かれる。


「今はお前に劣ってんのかもしれねえ。けど、人ができるようになる為に足掻くってのは、そんなに認められねえもんなのかよ?」

「……」


 ……それは。


「無駄な努力ですよ」


 その言葉を絞り出す。


「誰しも生まれついての才能や状況というものがある。彼らが如何に努力したところで、僕や――」


 一瞬逡巡して。目の前へ向けたのは、意味を込めた眼差し。


「貴方たち以上にはなれないでしょう。見れば分かります。残念ながら」

「んなもん、やってみなきゃ分からねえだろ」


 含められた台詞に些かも狼狽えることなく言って見せる。


「少なくとも俺はあいつらを認めてるぜ。一人でやる必要だってねえ。俺たちは――」


 そこでなぜか少し照れるようにする。その言葉の先を耳にしたくはなくて。


「ダ――」

「……馬鹿馬鹿しい」


 長く溜めこんだ息で掻き消した。


「そうまで言うなら撤回してあげますよ。ひとまず、この間口にした分はね」

「お――」


 そこに来て漸く目の前の相手が意表を突かれたような反応をした事に、思わず自らの頬が緩むのを感じる郭。


「話は以上です。――お引き取り願いましょうか」


 ――噛み合わない。


 郭はそのことを感じ取る。……この男と自分とでは、恐らく決定的に。


 ――けれど、何故だろう。


 今こうして一人となった部屋の中でそのことを意識してみても。不思議と怒りといった感情が、湧いてこなかったのは。








「――なるほどな」


 俺とフィアの話を聞き終えたレイガスさんは、軽く目を閉じて息を吐く。


「弟子が随分と粗相をしてしまったようだな。――とにかく有り難う。郭の様子を知ることができて、私としても助かった。……そうだな。何か礼がしたいが……」


 顎に手を当てるレイガスさん。そこまでしてもらっても悪い。


「いえ。俺たちはただ、試験の様子を話しただけですから」

「大丈夫ですよ、そこまでしていただかなくても――」

「――やはり、これが良いだろう」


 押し留めようとする俺たちの台詞を余所に、そう呟いたレイガスさんが何かを呟く。口の中。聞き取れなかった文言。


 ――瞬間、目の前の景色が、一変した。


「――ッ⁉」


 驚愕に目を二、三度開け閉じする。……古き良き景観が維持された町並み。落ち着いた色合いのお蔭で随所に残る木々との調和を崩さず、建物と自然とが見事なバランスを取って併存している。


 何時の間に外に――?


 事態が飲み込めないながらも辺りを見遣る。……視界に広がるのは、この国の物と思われる一般的な町の風景。……記憶に当て嵌まる景色ではない。今までに見たこともない場所だ。


「――フィア? ……レイガスさん?」


 不安になって周囲を見回すが、今さっきまですぐ傍にいたはずの二人の姿は何処にも見えない。


 ――いや。それだけではなかった。


 どこにでもあるようなごく普通の町並み。……そのはずなのに、人だけがどこにもいない。車も、自転車も、動く人の気配を感じさせるようなものは何一つあらず、ただ町並みばかりが日常の景観を以て俺の眼前に広がっている。見上げた俺の目に映り込む青空と白い雲。絵に描いたような鮮やかさを持つ紺碧の晴れ間が、今は少しも心を穏やかにさせてはくれない。


 これは――。


 ……一体。


「――黄泉示さんッ‼」


 目の前の不気味さから目を逸らすように思考に傾きかけた俺の脳裏に、劈くような声が響く。――フィア。声の主の姿を求めて、振り返った俺の視線の先に――。


「――」


 ……血を流しながら地面に横たわる、二つの人影。


 その光景を理解することを、最後まで脳が拒んでいた。


「……ジェ、」


 自らの意志でなく、唇から零れ落ちる名前。


「ジェイン? ……リゲル?」


 掠れて聞き取れないような声が口から出る。地面を染め抜いた赤の量。……とても生きてなどいない。それを理解した途端身体が独りでに震え出す。僅かに上げられた語尾は、その光景がとても現実だとは信じられないような内容であることを示していて――。


「黄泉示さんッ」


 ――その奥に。……一つの人影に首を掴まれた、フィアの姿があった。


「……フィア……!」


 駆け出そうとする。……だが、動かない。


 足が。――怯えているのだ。フィアを捕えている人影。それから発せられる、言い様のない気配に。


「……」


 見つめる俺の前で男の手に力が籠る。――止めろ。その言葉を叫ぶだけの余地もなく。


「――ッ」


 聞き慣れない鈍い音を立て、男が掴んでいたフィアの首が真後ろに折れる。そのまま投げ出された身体は、弾力を失ったゴムのように地面に打ち付けられ。


 ……不自然な曲がり方でこちらへ向けられている頭部。光を失った瞳は、もうなにもその中に映し出そうとはしていない。


「……」


 人影が此方を向く。……ゆっくりと、俺の方に近付いてくる。動けない。伸ばされる手を前に、握り締めた終月が震え――。


「……っ」


 同じように喉首を掴んで持ち上げられる。……意識が闇に消える最中、最期に思い浮かんだのは。


 ……済まない。


 目の前で助けられなかった彼女への。……重苦しい罪悪感だった。







「――ッ‼」


 深い水底から這い上がったように。思い切り吸い込んだ酸素に喘ぐように肩で息をする。……今のは。


「――これが顛末だ」


 なんだ? 自問する俺の耳に届く冷ややかな声。……この声は。


「……」


 レイガスさん。上げた顔に映り込むその表情が、先ほどまでとは別人かと思うほどに変えられている。冷たく厳しいその眼差しに、俺が狼狽えると同時――。


「……っ」

「――フィア」


 えずくような不規則な呼吸音に気が付いて掛けた声。倒れそうになるのを瀬戸際で堪えているようなその様子。平常とは思えない雰囲気……。


「大……丈夫です」


 震え。弱々しい声が返答を紡ぐ。


「少し、恐くて……」

「――ッ!」


 ――まさか。脳裏を過る想像。射抜くように見た俺に――。


「……お前たち二人には、立場の違う概ね同じビジョンを見せた」


 一切動揺を見せることなく。どこまでも冷徹にレイガスは告げてくる。……なぜ。


「……なんでこんなことを」

「分からせるためだ」


 ――分からせる? 理解の追い付かない俺に対し、ふん、と馬鹿にするように一つ鳴らされた鼻。


「思いのほか能天気らしかったのでな。――お前たちが今のような態度を続ければ、いずれはこうなる」

「態度――?」

「守られる身であることを自覚せず、自分たちで何かをできるつもりでいる」


 一際強くなる語調。瞳に込められた色は非難と叱責。


「実に愚かしいな。一朝一夕でそんな力が身に付けば、世の技能者がどれほど苦労せずに済むことか」

「……っ」


 其処に来て漸く理解できてくる。……この老人の言いたいことは。


「……俺たちは、貴方の弟子の出した試験を超えた」

「だからなんだ? あの程度で凶王派の連中から逃れられると考えているのなら、過信が過ぎるな」

「……凶王派?」


 整わない息の中でどうにかフィアの絞り出した疑問。その苦労など全く顧慮しないように、レイガスはじろりと瞳を向け。


「……自分たちを狙っている相手の名も知らんのか。秋光も余程過保護だな」


 吐き捨てるように呟いて、再度厳格な面持ちを俺たちへ向けた。


「お前たちを狙う組織……凶王五派は、長年に渡り我ら三大組織と争いを繰り広げている反秩序者の集団だ」


 説いて聞かせるような淡々とした話し振り。


「目的の為なら非道な手を平然と使い、一般人が何人死のうと構わない。禁忌に嬉々として手を染めている下劣な連中……」


 そこに来て変化に気付く。……声音に含まれるのは怒り。歳月を経た憎しみと怒気が、否応なく鼓膜を、意識を打ち据える。


「奴らは己の我欲に満ちた目的を通す為だけに動いている。そのときになって命乞いをしたところで、助かる見込みなどない」


 判決を言い渡すような目付き。目の前のこの老人が、俺たちの何を想像しているのか。


「外出は二日後だそうだな」

「……っ!」


 それについて推測することは難くない。咄嗟に言い返そうとした俺を、レイガスは鋭い一瞥で止め。


「詰まらん邪推などするな。郭が認めた以上、今更その件についてどうこう言うつもりはない。……だが」


 俺の予想とは違う言葉を続け、再度鼻を鳴らす。


「我慢の利かないお前たちが詰まらん駄々を捏ねれば、その為に他の人間までもが動くことになる。……そのことくらいは自覚しておけ」


 用は終わりだと言うように去っていく。余りに一方的な、不条理なその背中に――。


「待て……!」


 掛けた声に、歩みが止まった。……なにか。


「……いきなりこんな目に合わせておいて、一言もなしか……⁉」

「……黄泉示さん」


 一言でも。一言くらい言ってやらなくては気が済まない。制止とも心配とも付かないフィアの声を受けて睨み続ける俺に、振り向かないままレイガスはふうと息を零し。


「――凶王派のトップである五人の凶王は、私たち四賢者に比肩する力を持っている」

「――」


 ――なに?


「見知らぬ相手であっても、笑顔で近付かれれば警戒を保つことさえできない――」


 僅かにその視線を此方へ向け、はっきりと宣告した。


「お前たちに何ができる? 私相手に為す術もなかった、お前たちに」

「……っ!」

「多少力を付けたところでお前たちは雛。飛び立てば、徒に殺されるだけだ」


 今度こそレイガスは去っていく。……俺たちの方を見ることなく。


「身のほどを弁えろ。……下らん手間を増やすな」



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