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※旧版につき閲覧非推奨 彼方を見るものたちへ  作者: 二立三析
第四章 魔術協会での生活
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第二十三節 休日

 

 ――翌朝。


「――おはようございます。黄泉示さん」

「……あ、ああ。おはよう」


 ――もしまだ起きて来られなかったとしたら、どうするべきか。


 そんなことを考えていたところに、余りにもいつも通りの様子で現れたフィア。挨拶を受けて内心少し戸惑う。会って一番に何を言うべきかなども考えていたのだが……。


「……黄泉示さん?」

「……どうした?」

「目がちょっと赤いみたいですけど……どうしたんですか?」

「ああいや、これはその……」


 全部吹き飛んでしまった。心配でよく眠れなかった――とは、言わないでいた方がいいのだろう。元はと言えば倒れる原因を作ったのは俺なのだし、そんなことを言ってもフィアを困らせてしまうだけなような気がする。


「少し寝不足なんだ。フィアこそ大丈夫なのか? 昨日は……」

「……はい。倒れたあとの事はよく覚えていないんですけど、ぐっすり眠ったお蔭か今は少し疲れがあるくらいで……他は普通な感じです」

「……そうか」


 目の前のフィアは実にいつも通り。体調の不調などもないらしい。……考え過ぎだったのだろうか。先輩や立慧さんも休めば治る、と言っていたし、まあ、取り敢えず大事でなかったのなら何より――。


「――おはよう。蔭水、カタストさん」


 そのタイミングで現れたジェイン。こちらもまたいつも通り。歩いてくる姿はシャンとしていて、眼鏡の縁がきらめきを放っている。


「体調はもう良いのか?」

「はい。大丈夫です」

「そうか。それは良かった。……リゲルはまだ来てないのか?」

「ああ。まだ――」

「おう……おはよぅ……」


 見ていないと言おうとしたところで、本人が登場する。したはいいが……。


「……何だその間抜け面は。顔は洗ったのか? 靴紐が解けてるぞ」

「っと、いけねえ……」

「ど、どうしたんですか? リゲルさん」


 いつもとは程遠い。寝ながら支度をしてきたかのような格好を指摘され、ひとまず靴ひもを結び直す。


「いやぁ、ちょっとな。昨日色々と考えることがあって、中々寝着けなくてよ」

「……」


 内容を知るだろう俺は黙っている。……わざわざ部屋まで来て話をしていったのだから、余り聞かれたくない話なのかもしれない。フィアはともかく、ジェインに知られれば弱みとして扱われるかもしれないし。


「――早いじゃない、あんたたち」


 声。その方を向いた俺たちの目に、映り込んだのは歩いてくる立慧さんたち。


「昨日の模擬戦の疲れでもっとゆっくり起きてくるんじゃないかと思ってたけど、これなら心配なさそうね。改めて、昨日はお疲れ様」

「しっかり自力で起きられたみたいだな、カタストも」


 フィアに目を遣る先輩。……様子を見るために、わざわざ来てくれたのか。


「はい。……昨日はご迷惑をおかけしたみたいで、済みませんでした」

「別にいいさ。ただ、今後はああいう魔力の使い方はなるべく避けた方が良いな。身体にも都度負担が掛かってくる」

「……はい」

「あー、それとな」


 フィアの頷きを見て。相変わらずダルそうな素振りと目つきで田中さんが話し出す。


「最初に言っとくが、今日の修行は無しだかんな」

「お? なんでっすか?」

「そりゃおめえらが疲れてるだろうと思ってだよ。仮にも賢者見習いサマと、死闘を繰り広げたわけだからな」


 ……言われてみれば。


 寝不足と言うことを踏まえても、今日は存外に身体が重い気がする。……時間にすれば二十分にも満たない戦闘だったはずだが、力を出し尽くしたせいかやはり疲労は相当に溜まっているのか……。


「……そうですね。正直今日は余り、力を使いたくない」

「だろ? どうやらちゃんと寝れなかった奴らもいるみてえだし、半端な状態で訓練なんてしたところで、余計な怪我が増えるだけだろうからな」

「あんたにしては、珍しくまともな事を言うわね……」

「うっせえな。――ってなわけで、今日は一日ゆっくりしとけ。お前らになんかあったら、俺らも上からどやされっからよぉ――」


 盛大に出される欠伸。後半が本音なのかもしれない。……本音と見せかけた照れ隠しなのかもしれなかったが、それを見抜けるほどの洞察力は俺にはない。額面通りに田中さんの言葉を受け止め――。


「今日は私らも準備があるからな。悪いが、修行以外でも相手はしてやれない」

「準備?」

「あんたたちの外出の話よ」


 すっぱりと言う立慧さん。あのあと通達があって、と。


「日取りは二日後に決まったから。特にすることもないと思うけど、一応ね」

「随分急な話っすね」

「だらだら先伸ばししても仕方ないでしょ? あんたたちだって早く外に出たいって言ってたわけだし」

「時間帯は?」

「午後三時から六時までの三時間。まあ、妥当な時間ね。人通りの多い時間帯だから、仮に向こうが動くとしても派手な動きは押さえられるでしょうし」


 ――三時間、か。


 一か月ぶりの外出とすれば寧ろ短いくらいではあるが、安全性を考慮すればそのくらいが限界なのだろう。……むしろそれだけの時間を俺たちが勝ち取ったのだと思えば充分過ぎるほど。ひと月前とは比べ物にならない進歩だ。


「――さ。食堂に行きましょ。話してたらお腹空いてきちゃった」

「念のため、あとで体内の魔力の流れに乱れがないかどうかを診ておこう。食べ終わったあとで良い」

「分かりました」


 ――話しながら先輩たちと連れだって歩いて行く。こうして、久々の和やかな一日が幕を開けた――。









「――よし、問題ないな」


 朝食のあと。魔力の流れをチェックしていたらしい先輩と、フィアとの会話。


「調子は万全だ。怠い感じが残ってるとは思うが、今日一日たてば消えるだろう」

「はい。ありがとうございます」

「――ま、要は魔力の使い過ぎが原因だから、休めば治るものなんだけどね」


 ホッとした表情のフィア。俺も密かに安堵した横で、腰に手を当てた立慧さんが付け加える。


「念には念を入れだ。何かあってからじゃあ遅いからな」

「はいはい。慎重ね千景は」

「んじゃ、そろそろ行くか。お前さんらも、しっかり休んどけよ」

「――はい」


 唯一の用件も終わり。そう言って、先輩たちは歩き去っていこうと――。


「――ストォップ‼」


 した瞬間、食堂内に大声が響き渡る。鼓膜と共に身体をも振るわせる声量に。


「……っ」

「び、びっくりしました……」

「……煩いぞこの類人猿が」

「……デカい声出せんじゃない。寝ぼけた顔してたから、調子悪いのかと思ってて油断したわ」

「へっ、んなもんもう治っちまったっすよ。飯さえ食えば大抵の不調は治るってね」


 咄嗟に耳を塞ぎながらも、それぞれダメージを受けた俺たち。押さえた耳から手を離しつつ言った立慧さんに、リゲルは得意げな顔で答える。……俺も油断していた。その回復力は流石と言うべきか。


「さてと。実は、先輩方に改まって訊きたいことがあるんすけど」

「……その手の訊き方を聞くたびに思うんだが」


 改まって居住まいを正したリゲルに、まだ声の衝撃が少し残っているような表情で尋ね返す先輩。


「駄目だと言われたらどうする気だ?」

「そりゃ諦めないっすよ。いいと言われるまで粘る所存っす」

「遠慮も何もあったもんじゃないわね……」

「ま、良いだろ別に。コイツが改まってなんて珍しいしよ。ほれ」

「うっし……」


 田中さんの促しにそれじゃあ、と。前置きに続き、気持ちを整えるようにエホン、とリゲルは咳払いをして。


「――昨日戦った郭って奴、どこに行けば会えますかね?」

「――」


 口にされたその質問に、問い掛けられた先輩たちの表情が引き締まる。顎に手をやり、見せたのは数秒考えるような仕草。


「――リベンジのつもりなら止めとけ」


 真っ先に声を発したのは、千景先輩。


「昨日は立会人として三千風がいたからあの程度で済んだんだ。一対一で何かやらかせば、今度こそ消し炭にされてもおかしくない」


 リゲルの胸の内を推察して、そう制止してくる。――無理もない。仮に逆の立場で俺が今の台詞を聞いたとしても、同じように思っただろう。


「いや、違えんすよ」


 ――無論、俺がリゲルから相談を受けていなければの話だが。


「昨日はあいつのこと勘違いしてて、色々言っちまったんで……一言詫び入れとこうと思って。それだけっす」

「……なるほどな。そういうことなら――」

「――止めとけ止めとけ」

「――」


 事情を聞いて頷きかけた先輩とは裏腹に、反対へと回った田中さん。……意外だ。


「俺の見たところじゃ生憎、あいつはお前が思ってるような〝女の子〟ってタマじゃねえよ。そんなことよりかは自分の能力にプライドを持ってるタイプだし、そんなのに一杯食わせた奴が殊勝な面して行ったところで……」


 てっきり真っ先に賛成しそうだと思っていたが。話の間にも片手でコップに酒を注ぎつつ、満杯になったところでニヤリと笑う。


「怒らせるのが関の山だと思うぜ。おっとっと……」

「……あんた、よくそこまで知ったような口が利けるわね。大して会ったこともないくせに」

「ま、年の功って奴だな。亀の甲よりは役立つと思うぜ?」

「――まあ、田中の戯言は置いとくとしても」


 さり気なく酷い切り替えし。酒を煽る田中さんを見ないようにして、立慧さんがリゲルへと向き直る。真面目な表情を取り。


「あいつ……郭は賢者見習いよ。三千風と違って師匠がかなり厳格に修行内容とかを決めてるみたいだし、当然スケジュールもそれに合わせて詰まったものになってるはず。そんな忙しい日程の中で、わざわざあんたと話す為の時間を作ってはくれないんじゃない?」

「……あ―……」


 自分でも想像したように声を零すリゲル。それはそうかもしれない。昨日も多忙であるような事を言っていたし、……大体あの態度では、俺たちと再び会う価値があると思っているかどうかさえ疑問だ。押し掛けたところで門前払いされそうな気はする。


「あとこれはそもそもの話だけど、四賢者や賢者見習いのスケジュールは私たちには知らされてないしね」

「――え?」

「そうなんですか?」

「基本的に私らは支部が管轄だからな。本山の連中とは分けられてるし、その予定を逐一把握してるわけじゃない。特に郭の場合、師匠が秘密主義だから……」

「現実問題、居場所を教えるのは難しいわね。諦めなさい」

「そっか。分からないんじゃ、仕方ないっすね……」


 てっきり知っているものとばかり。……流石にこれではどうしようもない。目に見えて肩を落としているリゲルの反応。相談された手前、できることなら手を貸したいが。


「……秋光さんに訊いてみるというのは……」

「一応、お前たちは部外者なわけだからな。賢者見習いの予定を教えるかというと……」

「ま、どうしてもって言うんなら、本山内を駆けずり回ってみるのもいいかもしんねえぜ?」


 やはり駄目かと思う俺の前で、早くも酔っているらしい、顔を赤くした田中さんが酒を飲みながら言う。


「居るかどうかも分かんねえけどな。どうせ今日は一日休みなんだし、少しくらいあんよに苦労させたところで――」

「……!」


 その発言内容に脳裏を稲妻が駆け巡る。――本人はあくまでも冗談として言ったであろうその言葉。


 だがそれも、リゲルにとっては――。


「ちょっ……このバカ田中ッ!」

「へ?」


 その意味を理解する立慧さんが慌てて叱責する。――が。


「――へっへっへ……」

「……うっ」


 既に時遅し。妙な笑い声を上げ始めたリゲルに対し、立慧さんが思わず身を引いた。……ついでに俺と、ジェインも引く。


「なるほどなるほど。そういう手があったとは気づかなかったぜ。詫びを入れようってんなら、それくらいじゃなきゃ誠意を示せねえし――」

「あー……ガウス? 言っとくけど、賢者見習いの部屋は魔術で防護されてるの。許可が無い人間は入るどころか見付けることすらできないし、レイガスと一緒に外に出てるって可能性も――」

「――ゼロじゃねえんならとにかくやってみろ‼ じゃなッ‼」

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」


 瞬時に反転して駆け出した――リゲルの腕を取ろうと立慧さんが距離を詰める。高速の踏込みで六、七メートルはあった間合いを消し、伸ばされた手を――。


「――っ⁉」

「……ッ⁉」


 ――擦り抜けるようにしてリゲルは躱した。一瞬の驚愕。掴めると思っていたのか、腕を空ぶらせた立慧さんの動きが数瞬のブレを作る。その隙にも一目散に駆け抜けて行き、食堂を出――。


「……」


 ――完全に見えなくなった。中途で立ち止まった立慧さんは、暫くリゲルのいなくなった扉の方を見つめていたが。


「……田中」

「な、なんだよ」

「――ご愁傷様だな」


 やがて小さく溜め息を吐いて呟くと、俺たちのところまで戻ってくる。応じるように肩に手を置いて言った先輩の台詞に、赤ら顔で狼狽える田中さん……。


「……おい。もしかしてお前ら、あいつがやらかしたときの責任全部俺に押し付ける気じゃ」

「押し付けるもなにも、あんたがあいつの前で不用意な発言したのが悪いんでしょうが……」

「冗談じゃねえぞ! ――おい、上守は、まさか本気じゃあねえよな?」


 震えつつ、敢えて笑いを交えようとしている声。縋りつくような眼差しを。


「まあ、振り返ってみれば随分と長い付き合いだったよな。騒がしかったことは確かだが、何だかんだ言って良い思い出も――」

「やめろ! そういう回想に入んのはやめろ!」

「……大丈夫でしょうか?」


 中年男性の切実な叫び声が上げられる中で、耳打ちのように言ってくるフィア。


「リゲルさん。もし、問題を起こしたりしたら……」

「……」

「何とも言えないな」


 どう言ったものか分からない前で、ジェインが俺の心境をそのままに表す。


「普通ならそんなことは起こり得ないが、あのゴリラだからな。片っ端から窓や扉をぶち破って探していく可能性も――」

「大体お前なんて素人に抜かれてんじゃねえか! なんだよあの様はよ、情けねえ!」

「はあ⁉ あんたがあいつのこと妙に鍛えてんのがいけないんでしょうが⁉ いつの間に仕込んだのよあんな動き‼」


 会話の中途、悲痛な訴えから最早半分言いがかりと化したような田中さんの叫びが飛び込んでくる。負けじと応戦している立慧さんに。


「まあ、良い身のこなしだったよな。私も障壁で足止めしようかと思ったんだが、多分抜けられるなと思って――」

「……」


 完全に他人事の千景先輩と。喧々諤々。収拾がつかない。


 早くものんびりとした空気が吹き飛んだ休日の始まりに、俺は誰にも聞こえないよう、小さく溜め息を吐いた。


「――さ、奴は放っておいて、僕たちは僕たちの休日を過ごすとするか」

「……ジェインさん」



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