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※旧版につき閲覧非推奨 彼方を見るものたちへ  作者: 二立三析
第四章 魔術協会での生活
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第二十二節 リゲルの相談

 

「――はぁ」


 一人ベッドに座り、一つ溜め息を吐く。


 この時間帯。いつもなら治癒魔術の練習でここにいるはずのフィアだが。……今頃は、自室のベッドで熟睡していることだろう。


〝――精神性の疲労だな〟


 先ほど先輩から告げられた言葉が、耳の奥で響く。


〝診てみたが、かなりギリギリのところまで魔力を使ったみたいだ。気を失ったのもそのせいだな〟


 郭との模擬戦を終え、三千風さんが立ち去った直後。直ぐに決闘場に来てくれた先輩たちに事情を話し、倒れたフィアの容態を診てもらった。


〝魔力の使用を控えて、休めば治る。幸いにして眠っているようだから……〟


 明日になれば起きては来れるだろう、と。そう聞いて大事でないと分かったとき、どれだけ胸の内を撫で下ろしたことか。


〝ちゃんと教えてたのかよ、千景〟

〝……面目ない。現時点でどれだけのことができるのかは、カタストも充分に分かっていると思ってたんだが……〟

〝驚いたぜ。急に倒れちまうもんだからよ〟

〝魔力ってのは、精神的な力。それを消耗するってことは、精神にもそれだけの負担が掛かってるってことよ。ちょっとやそっとじゃ大丈夫だけど、ギリギリまで使い込めば反動もデカい。あんたたちも覚えときなさい〟

〝……僕も修練中に魔力が空になることはありましたが〟


 更に思い起こされてくるのは、その後に為されていたリゲルたちの会話。注意を促した立慧さんに対しジェインが訊く。


〝カタストさんが限界まで魔力を使って倒れたのだとすれば、なぜ僕の場合は無事だったんですか?〟

〝ギリギリっていうのは、そういう意味じゃないのよ。――発動させようとしても発動できない、程度には魔力を消耗してても、それだけならまだ普通の消耗の範囲内。疲労感こそあれ、意識を失うなんてことは有り得ない〟


 立慧さんの解説。寝ているフィアに目を遣り。


〝だけどこの娘は、その更に先まで行って魔術を行使しようとした〟


 更に、先――?


〝肉体的に疲れ果てても完全に動けなくなるってことはあんまりないでしょ。魔力もそれと同じで、厳密にはゼロでなくともこれ以上減ったらマズイってとこで本能的な制限が掛けられる。だから普通、そうなったらそれ以上魔術を使うことは出来ないんだけど……〟

〝カタストは無理矢理にそれをやってのけた。……よっぽど切羽詰まった心境にならなければできないことだ〟


「……」


 今思い返してみても、フィアが最後に魔術を使ったのは考えられる限りあの場面しかない。……三千風さんが言っていた。フィアが張った障壁が機能したからこそ、俺は至近距離で爆発を受けて怪我一つなく済んだのだと。


 ならばフィアがここまで魔力を使い切ってしまったのは、俺の――。


〝何はあったのかは訊かないけど……あんまり無茶な魔力の使い方はしないようにって、あんたたちからも伝えときなさい。それこそ、戦闘中に突然倒れる、なんてことをしたくなければね〟


「……っ」


 一通りの事情を思い返したところで歯噛みする。……俺のせいだ。


 あのとき何をしていれば良かったのかは分からない。……できることはやっていたつもりで、しかし、それでもどうにかできていればと思う。例えば仮にだが、あのとき俺がもっとしっかりとした形で勝負を決めることができていれば。


 その時点で試験は終わりになり、今回のような事態にはならなかったかもしれない。いち早く回避行動をとれてさえいれば、フィアが無理をして障壁を張る必要も無かった。リゲルが爆発に突っ込もうとしたり、ジェインがそれを止めるために温存していた時間魔術を使ったりする必要もなかったのだ。まるで……。


 本末転倒だ。自分の身を守れるように修練をしたはずなのに、逆に守られることで過度の負担をかけてしまっている。そして同時に。


 ――恐ろしくもあった。フィアが、自分の魔力を限界以上に削ってまで俺を助けようとした行為。脳裏に過るのは優しさの齎す最悪の結末。もし、それが現実になってしまっていれば。


「……」


 膝に伝わる振動。微かに、自分の手が震えているのに気付く。……怖いのか?


 俺は――。


「……っ⁉」


 耳に響いたノックの音にビクリとする。――フィアか?


 反射的にそう思ってしまうものの、直ぐにフィアなら今自室で眠っているはずだということに気が付く。扉の叩き方もフィアとは違うものだ。誰が……?


「――黄泉示、いるか?」


 困惑の中で響いてきたのは、リゲルの声。……なんだ。


「ああ。今開ける」


 見知った正体に胸を撫で下ろしながらドアへと向かう。……珍しい。昼間ならともかく、今までこの時間帯にリゲルが部屋を訪ねてくることなど余りなかった。


「――」

「――よ」


 開けたドアの先に立っているのは紛れもないリゲル本人。軽く手を上げるのはいつもと変わらないスーツ姿だが。


「どうした?」

「あー……」


 心なしか、いつもより気後れしているような雰囲気が感じられる。俺の問いに歯切れの悪い、答えになっていない声を上げるリゲル。これも珍しい。いつもならもっとはっきりと、堂々と用件を言いそうなものだが。


「……ちょっと話したいことがあってよ。廊下だとあれなんで、入れてもらっても良いか?」

「ああ、もちろん」


 首肯してリゲルを部屋へと招き入れる。椅子……は一つしかないので、どちらからともなくお互い座り込んだのは床。茶の一つでも出せればいいのかもしれないが、生憎そんなものがあるのかも、淹れ方も分からなかった。


「ふうー……」

「それで、どうしたんだ?」

「いや……」


 尋ねた俺にまだリゲルは曖昧な答えを返す。……本当に珍しい。


「実は……あいつのことでよ」


 ――あいつ?


 そう言われても直ぐには要領を得ない。今日あった出来事から、思い当たる節をピックアップし――。


「……郭のことか?」

「……」


 自分でも半信半疑でそう訊いてみると、当たりを示す反応があった。否定でない沈黙。まあな、と、息を吐きつつリゲルは認めて。


「いや、ほらな? 俺はあいつを完全に野郎だと思ってたわけで、そのつもりで色々言ったりしてたんだけどよ……」


 話しつつどことなく渋い顔をする。意図せずにやらかしてしまっていたこと。


「実際は女だったってことで……なんか、もやもやしちまってな」

「……後悔してるのか?」


 浮かない顔を見てそう言う。自分の行動を顧みて何かしらを思っているなら、それは。


「いや、最初の方の暴言はあいつが女だろうがどうだろうがムカついたし、言ってよかったと思ってるぜ。ただまあ」


 俺の言葉に肩を竦めつつそう言って、リゲルはまた息を吐く。言葉の前に。


「身体つきの事とかについては、ちょいと言い過ぎたかなーと思ってよ。それで、なんつうか……」

「……」


 言葉が見付からないのか、頭の後ろをガリガリと掻く。言葉のない時間が幾許か続き。


「……まあ」


 それまでに聞いた言葉を纏めつつ、考えて言葉を出した。


「正直あのときは、お互いに熱くなってたと思うしな」


 初対面。郭の態度が最悪だったこともあって、リゲルも相当にヒートアップしていた。模擬戦を前にしてということもあるだろうし――。


「冷静になってもう一回話してみればいいんじゃないか? 郭とどこかで会って……」


 ……できるのか?


「……だよな。このまま愚痴零してても仕方がねえ」


 言った端から自分の発言を疑問に思った俺の前で、リゲルは納得したように。


「――当たって砕けてみるとすっか。サンキューな! 黄泉示」

「ああ……」


 砕けては駄目ではないのか? そうも思ったが、リゲルの意気込みに水を差すような気がして言わないでおく。立ち上がり、見送った扉のところで。


「――フィアの事、あんま気にすんなよ」


 言われた言葉に、一瞬、不意を突かれたように固まった。


「あれは誰の所為でもねえ。しょうがないことだって、世の中あるわけだしな」


 強いていやあ郭の所為だし、と続けるリゲル。……それは。


「言いたかったのはそんだけだぜ。――んじゃ、また明日な!」










 ――夢を見ている。


 そのことを直感する。理屈は分からないが、時たま目にする――あの夢を。


 ――暗い部屋の中。冷たく硬い石の感触を膝と脚に感じる。……私の腕は意思と関係なく上げられ、やはり冷たく硬い何かがその手首に填められているのが分かった。


 ――これは――?


 思わず手を動かそうとしたと私の耳に虚しく響く、耳障りな、何かの擦れる音。


 上を見上げた瞬間――私の視線は、その一点で凍り付く。


 天井から伸びているのは、鎖。織り成す一つ一つの輪がどんな猛獣でも引き千切れないと思うほどに太い黒金で、赤黒い何かが染みつき所々が変色したその端には同じ色と質感をした手錠が取り付けられている。……手錠が填められているのは、言うまでもなく私の両手首。獲物を掴む鷲の爪の如く堅牢に、私の手首を捕らえて離さないでいる。


「――ッ!」


 思わず逃げようと視線を戻した私の目に、映るのは黒々とした鉄格子――。唯一の入口らしき部分には錠が掛けられており、一部の隙間も無く閉ざされている。……そう言えば光が射し込んでいる様子も、風が流れている気配もない。ここは出口のない、完全な牢獄――。


「――‼」


 わけも分からず叫んだ――その自分の声が耳に届かないことで、益々事態が飲み込めなくなる。――幾度叫んでも、何度声を出そうとしても。普通なら確かに声が出ているはずなのに、その声がまるで聞こえない。


 ――どうして――?


 パニックになった私が、その思考と動きを停止させたとき――。


「――っ⁉」


 暗がりに響く足音。……鉄格子の先にある階段を下りてくるのは、一組の男女だ。服襟から靴まで整えられた身嗜み。しかしどこか不安を煽るような不気味さを以て、私の方に歩いて来る。


「……」


 男の方が懐から取り出したのは――鍵。鍵を手にした手は金属同士が擦れる特有の音を何回か立てたあと、手応えを感じさせる小気味良い音を合図にして閉ざされていた扉をゆっくりと開け放つ。


 ――これで、助かる――。


 普通ならそう思っても良い場面であるはずなのに、なぜだか不安ばかりが増していく。……私のいる牢屋に入ってきた二人。その視線が、食い入るように二人を見つめている私の方を向いて――。


 嗤うように釣り上げられた口元に、不安が的中していたことを悟る。


 ――……やめて、来ないで――!


 必死で目の前の恐怖から逃げ出そうともがく。そんな私を見て、二人は益々口の端を釣り上げ、ゆっくりと私に近付いてくる。


 ――その二人の手に握られている何かが翳されたのを見た瞬間。夢の中の私の意識は、そこで途切れた。




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