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※旧版につき閲覧非推奨 彼方を見るものたちへ  作者: 二立三析
第四章 魔術協会での生活
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第二十.五節 外でのやり取り

 

「……おや」


 ――決闘場の外。広めのホールで待つ立慧たちの耳に、届く声。


「こんなところで試験が終わるのを待っていたんですか。過保護と言うか、何と言うか……」

「――郭」


 遣れやれとでも言いたげな口調。姿を見せた郭に、千景が反応する。


「終わったのか? 試験は」

「ええ。滞りなく済みましたよ。首尾も上々です」

「――っ」

「んで、結果はどうなった?」


 笑顔で答えた郭に歯噛みする立慧。それをまるで意に介さないようにして、田中からの問いが飛ばされる。


「分かり切ってるんじゃありませんか?」

「そうね。きっと――」

「合格ですよ」

「え?」


 立慧の口から上げられた間抜けな音は、返すはずだった皮肉を先取りされたが故。


「彼らに続いて貴方たちにまでそんな反応をされると、なんだか僕が悪者みたいですね」


 みたいも何も、悪者でしょ――。喉元まで出掛かったそんな言葉を、立慧は辛うじて押し留める。危うく郭の言葉と表情に騙されるところだった。


「ま、僕から伝えることは以上です。あとは自分たちの目で存分に確かめて下さい」


 気のせいか。どこか疲れたようにそう言い、立ち去ろうとする郭の前に――。


「……」


 その行く手を塞ぐように、立ちはだかった田中。


「ちょっと、田中?」

「……何ですか? まだ何か僕に用事でも?」

「……ふっ」


 郭を一瞥し、どうだと言わんばかりにドヤ顔を決める。それを見た郭は、一瞬不機嫌そうに眉根を寄せたが。


「……下らない。子どもですか。貴方は」


 一言を言い残してその脇を擦り抜けようとする。その背中に。


「――一応、訊いときたいんだけど」


 掛けられる声。その内に潜む不信と警戒を、立慧は最早隠そうともしなかった。


「あいつらに何かしてないでしょうね」

「……やれやれ。煩い人たちだ」


 足を止めた郭が振り返る。


「三千風までいる前で、僕が彼らに何かするとでも?」

「あんた、やっぱり――」

「……さあ、どうでしょう」


 肩を竦めて言葉を濁す。どちらともつかない態度。


「とにかく、彼らは僕から合格を得た。今回はそれでいいでしょう」

「――ちょっと、待ちなさ――」

「――ああ。そう言えば思い出しました」


 話は終わりだと言うように有無を言わせない体で歩き去っていく郭。再度呼び止めようとした立慧の言葉に対し、ふと思い出したかのような、しかし大仰に芝居がかった口調で台詞を紡ぐ。


「行くなら僕の相手などしていないで、早く行ってあげた方が良いんじゃないですか? 二匹の羊の内、片方は限界が近いでしょうから。……そろそろですかね」

「――何ですって?」

「――立慧」


 制止の声。怒りも露わに郭を睨み付けた立慧だったが、千景のその言葉に冷静さを取り戻したのか。鋭い視線は一瞬郭を射抜くに留まり、直ぐに千景たちの方へと戻される。


「行こう。今は優先する事柄が違う」

「……ええ。そうね」

「ではお忙しいようですので、僕はこれで」

「おう、教えてくれてありがとうよ!」


 田中のその言葉を最後に、決闘場に急ぐ立慧たちの姿は郭の視界から消える。立慧たちが消え去ったあとの空隙を、郭は暫しその場で眺めていたが。


「……ふん」


 一つ鼻を鳴らし、再び歩き始める。


「――過分なことだ」


 やがて誰も居なくなったホールの中で――最後に吐き捨てられたその言葉の残響が、微かな振動と共に吸い込まれていった。






「――何?」


 協会員より報告を受けたレイガスの声が室内に響く。決して大声ではなかったものの、そこに含まれた硬さだけはどうしようもなく、聞く者に伝わる響きとなって空間に放たれてしまっている。


「いやはや素晴らしい! まさか、あのレイガス殿の弟子を頷かせるだけの力量を備えているとは!」


 対照的にはしゃいだ姿勢を見せているのは――バーティン。稀に見る愉快な出来事に遭遇した子どものようなはしゃぎよう。


「このバーティンをしても意外! 実に有望ですな。今後の成長にも――」

「……騒ぐな。耳障りだ」

「おっと、これは失礼」


 仮にも年長の四賢者であるレイガスに対し街角で肩がぶつかったかのような軽い反応で済ませると、バーティンは直ぐにその視線を秋光へと移す。


「ところで話は変わりますが、秋光殿もどうですかな? この娘の肩もみは、書類仕事で凝った両肩に良く効きますぞ」

「……いや、結構だ」


 先ほどからメイド姿の少女に肩を揉ませているバーティンからの申し出を断る。蔭水黄泉示たちが合格を得たこと自体は秋光にとっても喜ばしいとはいえ、ここで賛同の意を見せるわけにはいかない。


「まあ、少し煩いのは確かだね。弁えなアル」

「おっと、了解致しましたリア殿」


 打って変わった丁重な声色で答え、続いて小さく指を鳴らしたバーティン。それが合図だったのか、それまで黙々とバーティンの肩を揉んでいた少女は即座に動きを止め。


「……」


 部屋の隅へと移動し、手を膝前で重ね合せるようにして佇む姿勢を取る。バーティン自身も口を噤んだことで漸く、再び本題について話せる雰囲気が戻ってきた。


「――しかし、そうか」


 合格だとの報告を今一度噛み締め、秋光は内心で安堵の息を吐く。……郭詠愛。


 レイガスの弟子として遜色ない力量を持つ彼女から認定を得たことは大きい。外出に際しての条件はクリアしたと見て良いだろう。無論、このことが彼らの安全を保証するものではないが。


 賢者の弟子に力量を認めさせるとはそういうことだ。――それならば、自分としても憂いなく彼らの外出を許可することができる。実際の外出に際しては更に細部を詰めなければならないとはいえ。


「これで確認はできたわけだ。彼らの外出を、いつにするかだが――」

「護衛はどうするんだい?」

「それはこれから決める。決まり次第追って連絡しよう」

「……ではでは」


 議題のひと段落を以て、バーティンが鼻息を吐く。


「話もひと段落つきましたところで、不肖バーティンは下がらせていただきたく。――これ以上、吾輩がこの場にいる必要もないようですからな」


 置き土産とばかりにチラリとレイガスの方に目を遣り、メイド姿の少女を伴って去って行くバーティン。颯爽としたその後ろ姿を見つつ……。


「……相変わらず自由だね、あいつは」


 呟いたリア。改めて秋光の方へと振り向くと、歳に反してシャンとしたその腰に手を当てて。


「けどまあ確かに、今日はもう話すようなこともないみたいだし、一足先に私も戻らせてもらうとするかね」

「ああ。構わない」

「よし、決まりだ」


 頷き、次の瞬間には掻き消える姿。去り際に秋光へと残されたのは、ウィンクにも似た一つの目配せ。


「……ああ」


 リアが消えたあとを見つめながら、自分にしか聞こえないような声で呟く。――数瞬の後にレイガスへと向けられているその視線。


「……まさか、郭から合格を捥ぎ取るとな」

「――レイガス」


 苦々しげな呟きを漏らしたレイガスに、秋光は声を掛ける。可能な限りの静かさで以て。


「立場の違いは分かっているつもりだ。だが、それでも私は、自分の選択が間違いとならないよう、常に注意を払っている」

「……」

「今回の件に関してもそうだ。彼らは努力と共に自らの力を示して見せた。ならばその意志を支え、守り通すことこそが――」


 決意を以て。穏やかな中にも、真剣さを忘れずに。


「我々の、役目なのではないか?」


 その言葉を言い放つ。自らの信じるところがレイガスにも伝わるよう。そのことを信じて――。


「……この結果について、私がごねるとでも思ったのか?」


 返すレイガスの反応は端的。視線の先の秋光に対し、冷たく一度だけ鼻を鳴らす。


「一度弟子に任せると言った以上、結果がどうなろうとそれは私の意向だ。今更異を唱えたりはせん」


 そう言いながら、先ほどバーティンが姿を消した扉の方へと向かっていく。その様子を見つめる秋光は、無言。


「餌を食われずに、上手く釣れればいいがな」 

「……彼らを餌として使うつもりはない」


 飛ばされた台詞。扉に手を掛けた背に、満を持してそのことを告げた。


「彼らは現時点では、あくまで凶王派に狙われた被害者だ。協会の理念に従い、可能な限り彼らの希望を通せるよう尽力する」

「――相変わらずの甘さだな」


 吐き捨てるような怒気を声に滲ませた、レイガスがノブから手を離して振り返る。


「奴らを情報源として扱わないどころか、餌にもしないだと? ――それでよく四賢者筆頭などと言えたものだ」


 秋光を見据える瞳に宿されたのは苛立ちと――僅かな失望の色。


「協会に必要なのは理念に殉じる甘さではなく、現実の大局を見極める冷徹さだ。先の裏切りを経てなお、それが分からない頭でもないはずだがな」

「……レイガス」

「……精々、優秀な護衛を付けることだ」


 最早話すことはないと。その言葉を最後にレイガスは扉に手を掛ける。完全に背を向けて。


「手掛かりを掴むための鍵を壊されてはたまらん。――今日はもう行く。雑事を勤め上げた弟子に、労いの言葉の一つでも掛けてやらなければならんのでな」



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