第十八節 外出試験 中編
「――っ……と!」
幾度なく降り注ぐ雷撃を【時の加速】の後押しを受けて躱しつつ、俺たちは一纏まりになって決闘場を駆け走る。
幸い雷撃は放電による攻撃の予兆が分かり易いため、対外速度が倍となった今の俺たちなら注意さえしていればその攻撃を躱すことはそれほど難しいことではなかった。――解決の糸口が見付からずとも、取り乱さず冷静に行動する。立慧さんから教わったことの一つだ。
とはいえ、一歩間違えば洒落にならない重傷を負うことは確か。踏み外せば奈落に落ちる吊り橋の上を歩いているかのような、そんなひり付く緊張感が今の俺たちにはあった。――確かにこれは訓練とは大違いだ。ここまでやることを想定していたのかという、一抹と呼ぶには大きすぎる不安も多分にはあったが。
「――っリゲルさん、大丈夫ですか?」
早足で動きながらのフィアの声掛け。先ほどの電流のことを言っているのだろう。
「ああ。んなもん、何でもねえよ」
そう答えるリゲル。だが、言いつつも時折手足を摩るような挙動が見受けられることに俺は気付いていた。二人も気付いていることだろう。……重傷には至らなかったといえ電撃を受けたわけだから、痺れのような感覚が残っているのかもしれない。
「……少し待って下さい――」
そう言ってフィアが呪文を唱え始める。その間に俺は躱さなければならないような攻撃が来ないかどうか気を配っておく――が、今のところそういった攻撃の予兆はない。高速で走り回る俺たちに、郭と雖も正確な狙いを付けるのは難しいのかもしれない。……それもやはり、時間の問題ではあるが。
「――〝癒せよ〟【治癒】」
詠唱の完了と共にリゲルの手足を淡い光が包み込み、一瞬光を放ったかと思うと直ぐに消える。
「……おお? 何だか良くなったぜ!」
驚くような声を上げて手足を動かして見せるリゲル。俺を相手に何度も練習したフィアの魔術は、初の実践となるこの場面でも忌憚なくその効力を発揮したようだった。
「練習しましたから……」
「すげえじゃねえか! サンキューな!」
「お前があんな馬鹿な行動に出なければ、今治癒を行う必要も無かったわけだがな」
「ぐっ……」
「まあ、電流が張られていることが分かったんだから、良いんじゃないか結果的には」
幸いこうして何事も無く戻って来られたわけだし。……あれが勇敢と言うよりは無謀な行動であったことは、俺としても認めざるを得なかったが。
「しっかしホント、見分けがつかねえな……」
リゲルが愚痴にも似た台詞を零す。先ほどから、俺たちもただ逃げ回っているだけではない。
魔術で自身の虚像を生み出しているのであれば、何かしら本体と虚像の間に齟齬があるかもしれない。二十を超える幻影を様々な方向から見ることで、その綻びを見出そうとしてはいる。……いるのだが。
結果の方は目下のところ芳しくないというのが現状だ。どうやら視覚的に見分けがつくほど生易しい物でもないらしい。流石は賢者見習いと言うべきなのか、作り出された幻影は取り敢えず完璧なものであるよう。たまに挑発するように手を振ったり、欠伸をしていたりする分身がいるのには色々な意味でイラッとさせられる。
「……駄目だな。このままでは埒が明かない」
「ジェイン。【時の加速】の限界は――?」
「このままいけばあと十分と言ったところだな。余力のある内に仕掛けたいが」
「第一、その前によ――」
リゲルが目を遣るのは、フィアとジェインの二人。
「体力が持たねえよな? お前ら」
「……このペースで行けば、恐らくな」
「済みません……」
……そうだ。二人は修行内容もほぼ全て魔術的なものに偏っていた。以前にはそういった訓練もしていたとはいえ、このまま走り続けていれば俺たちより先に限界が来ることは目に見えていて――。
「どちらにせよ相手もこのままで済ませてくれるとは思えない。次の手を考える必要が――」
「――さて。このままそこの彼の魔力切れを待っていても良いんですが……」
ジェインの発言を遮り。辺りに響き渡る郭の声は、こちらの状況を完全に把握している。
「僕もそんな暇ではないですからね。テンポを上げるとしましょう」
――上げる?
その言葉に愕然としたのも束の間。頭上で閃く光の数が、これまでより一層。
「――ッ!」
「黄泉示さんッ!」
数を増し。直後に降り注いだ雷の軌跡が、身を躱した俺の数センチ脇を通り過ぎた。
「蔭水! 大丈夫か?」
「……ああ」
……だが危なかった。今までの雷撃に目が慣れ切っていたこともあり、突然速度を増した攻撃に意表を突かれた。しかも狙いが正確になっている。先ほどまでは、ただ駆け回っているだけでも俺たちを捉えるのは難しいのかと勝手に思っていたが……。
これまでは敢えて手を緩めていたということか? それか、相手も俺たちの速度に目が慣れてきたのかもしれない。どちらにせよこれで、今まで以上に回避に意識を割かなければならなくなった。
「――チッ! なんだよこれは!」
中でも執拗に狙われているリゲル。にも拘らず躱し続けているのは流石。だが。
「――カタストさん。一度に出せる障壁の数は、何枚になる?」
最早猶予がない。同じ焦りを抱いたのか、それまでよりやや早口で訊いたジェイン。
「……二枚です。大きさも、一枚で人一人覆えるかどうか……」
――二枚、か。だとすれば、一度には俺たちのうち半分しか守れない。そのときが来たとして、果たして誰を。
「その障壁で、あの雷撃や先ほどの電流を防ぐことは出来るか?」
「……」
続けて訊く。一瞬の思案顔のあとに、口を開いたフィア。
「……全力でやれば、できると思います」
瞳に映るのは不安と緊張の色。しかしそれ以上に、強い確信がその目には宿っているように思えた。
「なら、そのときは目一杯の力で張って欲しい」
「はい。ただそうすると、維持できる時間の方が短く――」
「――どれくらいになるんだ?」
「……三秒です」
割り込んだ俺の問いに、フィアは申し訳なさそうな表情で答える。……三秒。となれば常に展開しているというわけにはとてもいかない。ここぞと言う場面、その少し前から備えとして使うことになるだろう。
「分かった。――蔭水」
ジェインが今度は俺の方に顔を向ける。
「例の奥の手――【魔力解放】は、どのくらいの練度になった?」
「……」
はっきり言って、誇らしげに答えられるようなものではとてもない。
組手の合間に立慧さんから指導を受けていたが、組手と同様、若しくはそれ以上にそちらの方は進歩が悪いという有りさま。幾つかのアドバイスを受けたことで持続時間と効率は若干マシにはなったものの、根本的な問題が解決していないせいかそこから先が伸び悩んでいる。……要約すれば、アドバイスを貰った初期から今に至るまで殆んど目立つ上達がない。
「効力は少し上がった。発動した状態でも恐らく二回までなら全力で動ける。……ただ、それ以外は相変わらずだ」
それは当然、効果が切れた際に動けなくなる点もということになる。
「防御はどうだ? 身に纏う魔力の方に変化は?」
「……それも大してない。あれはあくまで、【魔力解放】の二次作用のようなものだから……」
体内の魔力を解放する【魔力解放】において、得られる防御能力は解放した魔力の総量に比例する。そして人が持つ魔力保有量というものは基本的には鍛えることができない能力値の一つだ。以前のようにただ魔力を放出しているのではなく、なるべく自分の周りに留めるよう意識して努めるようになったことで、多少は変わった部分があるかもしれない。
しかし、そう楽観視できるようなものでない事は確かだった。
「……あの電流をどれくらい軽減できるかは分からない。とにかく、完全に防ぐことだけは無理だろう」
「そうか……」
それくらいのことは俺にも分かっている。この課題に於いて、俺たちにとって最も障害となっている要素。
――あの電流による障壁。幸か不幸かで言えば間違いなく後者だろうが、俺たち四人の中にはあいにく遠隔攻撃の手段を持っている人間が一人もいない。リゲルやジェインの魔術は際立っているものの、あくまで補助に特化した能力。動きを鈍らせることは出来ても、相手を仕留めるのには使えない。
有効な攻撃手段を持っているのは俺とリゲルの二人だが、そのどちらもが接近しなければ相手に影響を与えられない近接タイプだ。先のリゲルのように相打ち覚悟でいけば幻影の一体くらいは仕留められるかもしれないとはいえ、十を超える幻影を相手にそれをやっていたのでは幾らなんでも博打が過ぎる。
フィアの障壁を頼りに特攻を仕掛けるとしても、やはり幻影の数がネックとなる。幻影とてただやられているだけではない。回避もすれば反撃もしてくる。そんな相手に対し、障壁の三秒という時間制限は圧倒的に心許ない。全員を仕留める前に障壁が切れれば、俺たちは今度こそ電流への対抗手段を失ってしまうからだ。
やはり、この試験をクリアするには本体を見極める必要がある。――だが、どうやって?
「――どんどん上げていきますよ」
降り落ちる雷撃が激しさを増す。このまま密度が上げられていけば。
「――ちっ! これでは――!」
「――おい。ちょっと耳かせ」
やがては雨と変わらなくなる。その予感に寒気を覚えた直後、逃げ回っていたリゲルが俺たちの傍までやってきた。
「分かるかもしれねえ。本体の場所」
「――!」
……なに?
「本当ですか⁉」
「多分な。正直言って、半分は勘だけどよ」
「何を言っている! こんなときに勘など――!」
「でも、このままだと……」
フィアの不安。……そうだ。このままでは。
「……どっちにしろ、このままじゃ打てる手がない」
終わる。その暗雲のような予感を動機に言い出す。
「掛けてみよう。その一手に」
「……全く、君たちは……」
「はっは! 二人もこう言ってることだし、覚悟決めちまえよジェイン!」
半分は虚勢のようなリゲルの威勢。フィアの頷き。それらを一手に受けて。
「……どうせ賭けるなら、確実に決められる一手で行く」
押されたようなジェインが、とうとう眼鏡を押し上げた。
「――いいな!」
「おう!」
「よし!」
「は、はい!」




