第十五.五節 支部長たちの懸念
「――本当にやらせるのか?」
黄泉示たちと郭が距離を取って対峙する中――千景は、そう立慧に尋ねる。
「本人たちの希望の結果なんだから仕方ないじゃない。それに、力試しをしなきゃいけないってのはまあ当然。流石に何もなしで本山の外に出すわけにはいかないわ」
「……幾ら護衛を付けたところで、相手はあの永仙と凶王派だ」
立慧に続き、田中が口にする。
「取り乱されても邪魔なだけだし、不測の事態が起こったとき、ある程度動けてくれるに越したことはねえからな」
「そうね。リア様や葵、私たちが警護に就くっていったって、その辺りは本人たちの問題だもの。最悪の場合、逃げられる程度の力量が無くちゃ話にならないわ」
「それは分かってるが……」
不安そうな千景の目が捉えているのは、黄泉示たちではない。彼らと対峙する相手――郭の方だ。
「あいつがレイガス様の弟子か。色々と、良くない噂のある」
「……まあ、そうね」
四賢者の一人、レイガスは厳格冷厳な上に弟子の育成に関して秘密主義であることで知られている。賢者見習いを取っていることは周知の事実だが、その当人を目にするのは立慧たちと雖もこれが初めてだった。
「レイガス様と言えば伝統派の中心人物としても名高い。今の秋光様の方針を快く思っていないとも聞いてる」
「それもそうね」
「模擬戦とはいえそんな相手と一戦交えて、あいつらに何かあったら……」
「……」
千景の懸念に対し立慧は何も言わない。いや、言えないのだ。語られる不安に打消しの言葉を紡ぎ出せないことこそが、彼女も同様の懸念を抱えていることを暗に示しているとも言える。――最中。
「なぁに通夜みたいなムードになってんだよ、お二人さんは」
いつも通りの声音で割り込んだのは田中。最早声高に言い返すこともせず。
「……仮にも指導した人間がヤバい目に遭うかもしれないってのに、あんたは暢気ね。心配じゃないの?」
「信頼してるからな。この一か月であいつはかなり変わった。俺が出した課題をクリアできるのも、そう遠くはねえかもな」
呆れたような口調に返された言の葉に、立慧は眉を顰める。確かにリゲル・G・ガウス当人も、動けるようになったとは言っていたが。
「訓練って……あんたはただ追いかけっこしてただけじゃない。体力は付くかもしれないけど、そんな適当な訓練で何が量れるのよ」
「その適当な訓練をやってた奴より、お前が指導した奴らは伸びなかったのか?」
「……っ」
「んなことねえだろ」
言葉を飲み込む立慧。自分で出した問いに自分で答えつつ、田中は話を続けていく。
「どの道手は離れちまったんだ。俺たちにできんのはこうして、見守ることくらいしかだな」
「……そうじゃないだろ」
ないと言いたげな田中の言葉に、ここまで黙って聞いていた千景が苦言を呈す。
「確かにあいつらは強くなった。……度合いに差はあるとはいえ、近くで見てきた私たちはよく分かってる」
少し誇らしげに。それでも眼の険は緩めずに、言葉を続ける千景。
「ただ、相手は賢者見習いだ。具体的にどんな技法を扱うのかは知らないが、力に関して三千風に見劣りしないのは確かで、それでいて気性は三千風以上に荒い」
「良いんじゃねえの? 俺たちじゃ逆に本気で当たるなんて厳しい話だし。これからどうしたって敵と当たるリスクを背負うってんなら――」
千景の言葉の指し示すところをまるで汲み取らず、あくまで楽天的に田中は答えを返した。
「いっそ少しくらいヤバ目くらいの奴と当たっといた方が良いと思うがね、俺は」
「……」
田中の言葉を聞いても、千景の表情は晴れないままだ。そんな千景を見て何を思ったのか、やれやれと言った素振りで田中が言葉を繋げる。
「ま、そう不安がんなよ。――あいつらは仮にも本山預かりの身だ。レイガスの爺っさんやあの弟子が腹ん中で一物抱えてたところで、おいそれとは出せないだろうぜ」
「……そうね。ここは見守りましょ。千景」
「……そうだな」
二人の言に千景は頷く。……分かっているのだ。
この試験は自分たちだけでなく上が判断して決めたこと。何か起こり得る危険性など、本当ならあるはずもない。
「……」
――だがそれでも。千景は自身の中の胸騒ぎを、完全に消し去ることができなかった。




