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※旧版につき閲覧非推奨 彼方を見るものたちへ  作者: 二立三析
第四章 魔術協会での生活
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第十五節 賢者見習い

 

「――」


 どれくらい、こんな毎日を繰り返したのか。


 ルーティーン化された時間が経つのは早いもので、ここで生活するようになってから既に一月が経過しようとしていた。起きて、食べて、訓練をして、食べて、休んで、そしてまた訓練をして、食べて、寝る。そんな規則正しい生活の繰り返し。


「……」


 修行の成果はそれなりに出ている……とは思う。最近では修業後にできる痣の数も当初より数が減って来たし、それに伴ってフィアに掛ける負担も少なくなってきた。フィア自身の治癒魔術の腕も上達し、初めの頃より傷が癒えているという感覚をはっきり感じるようになってきている。


 同じ立慧さんに指導を受けているジェインについても同様。自分で学べると言うことが分かって以来、自主訓練が主体となっているジェインは、定期的に立慧さんに成果を確認されることになっている。立慧さんが出しておいた課題を解くという形式で、当然それは俺も見ることになるのだが。


「……」


 これまでに失敗したのを一度も見たことがない。学んでいるのは魔術全般に対する理解と技術の習得らしいが、恐らくはその習得速度が段違いに早いのだ。ジェインができることを意識した立慧さんが、毎回舌を巻くほどに。そしてリゲルも――。


「……はぁ~……」


 ――思考を遮るように聞こえてきた声。……当のリゲルが、覇気のない様子でテーブルに突っ伏している。どことなく遠い目……。


「……どうした?」

「いやな? ――俺ら、いつになったら外に出られんだと思ってよ」


 ――その話か。


「もう一か月近く外に出てねえんだぜ? 外の空気を吸わなきゃ、身体が腐っちまうっての」


 ここ最近になって、リゲルは同様の不満を何度か零すようになってきていた。その度に俺やフィア、ジェイン、先輩たちなど周りの人間が宥めてきたのだが……。


「仕方ないだろう。外に出たとして、それで殺されでもしたらどうする?」


 いつもの如く、声を発したのはジェイン。


「愚痴を零す暇があるなら、まずは命を狙われても大丈夫と言えるだけの実力を付けることだな」

「……でもよ~」


 ジェインに言い返す言葉にもやはり覇気がない。


「見通しがまるで立たねえじゃねえか。あとどれだけこんな生活をしてりゃあいいんだよ」

「きっと大丈夫ですよ。先輩たちも、その件については話してくれているって言っていましたし……」

「そう言ってもう何日目だよ~。いつになったら返事が来るんだよ~」

「それは……」


 フォローしようとしたフィアだったが、中途で逆に言葉を失ってしまったことで場の空気が微妙なものになる。……俺としても、返せる言葉がない。


 影響の顕著なリゲルほどではないとはいえ、外出できないという制限は思いのほか俺たちに影響を与えていた。……全体的に空気が淀んできているように思える。外に出られない、同じ場所に居続けなければならないという閉塞感。


 最初の頃こそ本山内を巡ることで気を紛らわせられたが、それも近頃になっては余り意味のあるものではなくなっていた。単純に見飽きたということもあるが、変化がない。


 庭に出たところで整えられた景観は自分が建物の中にいるのだとの実感を強くするだけだし、窓から眺める外も同様。自分が籠の鳥になったかのような気分になってくる。山奥の音のする絵を見つめていると、酷く虚しい。


「……ふぅ」


 一つ溜め息を吐く。……リゲルの愚痴ではないが、いつになったらこの状況が変えられるのか、見通しのついていないことが状況を悪くしている気がする。少しでも状況をマシなものにするために修行という選択をしたはずだが、それが果たして現実に意味を持ったものだったのだろうかと、そんな疑問さえ浮かんできてしまう……。


「……いずれにしろ、僕たちはできることをやるだけだ」


 ジェインが空になったコーヒーのカップを置く。


「力も情報も何もかも、圧倒的に不利な状況だからな。今は――」

「――待たせたわね、あんたたち」

「――立慧さん」


 フィアが反応したのは、会話の途中で現われた人影。……珍しい。


 先輩たちもいつもなら俺たちと同じ時間に食べ始めるのだが。今日は野暮用があるとかで席を外していた。この時間、俺たちの食事が終わって少し経つ、今頃になって現れるとは……。


「悪かったな。予想以上に時間が掛かった」

「……何かあったんですか?」

「一応ね。――あんたたち、今日の訓練は無くなったから」

「え?」


 立慧さんが口にしたのは意外な一言。


「急用でもできたんですか? なにか――」

「そうだけど、できたのは私らじゃなくて、あんたたちの方」


 指差される。……俺たちの?


「あんたたち最近ごねてたでしょ、外に出たいって。少し前から秋光様に打診してたんだけど、ついさっき返事が来たのよ」

「え――」

「マジか!」

「詳しいことはこれから話すわ。……一時間くらいしたら決闘場に移動するから。それまでに準備しときなさい」


 ……決闘場に? 歓喜と言った表情のリゲルを差し置いて、何やら嫌な予感が胸中を走る俺の前で。ジェインが、眼鏡を上げるのが見えた。


 ――


「さて――喜びなさい、あんたたち」


 一時間後。各々用意を整えて集合した俺たちに、立慧さんの声が響く。


「外出の件についてOKが出たわ。但し、条件付きでね」

「おお、話が分かるぜあの爺さん! やるじゃねえか!」


 ――(しお)れた草木が水を与えられたかの如く、一気に息を吹き返している。現金と言えばそうだが、その気持ちも分かる気がした。


「それで、条件とは?」

「ん、一つは外出のとき、私ら三人も同行すること」


 ――それは、当然だろう。幾ら俺たちが成長したと言っても実力は立慧さんたちの方が遥かに上。それに俺たちの指導役を任されているのなら、その他も役目に入っているのかもしれない。……外出に付いてくることは、割合自然な話であると思えた。耳を傾ける中――。


「もう一つは――」

「――模擬戦で、ある奴から合格を捥ぎ取ることだ」


 割って入った田中さんが、最後まで言い切ってしまう。……合格?


「……ちょっと。それ私の台詞なんだけど」

「どうどう。落ち着け立慧」


 軽く不機嫌そうな立慧さんと、それを宥めに回っている先輩。……二人はこの際置いておくとして。


 試験があるということか? ある奴というワードも気になるが、それにしても合格を捥ぎ取るとは……?


「……模擬戦――」


 考え始めた最中、フィアがポツリと漏らした声が俺の耳に入った。


「……私が説明する」


 何やら背後で言い争いを始めた二人を余所に、先輩が俺たちに詳しい内容を解説してくれる。


「お前たちはこの一か月で確かに成長した。……が、あくまでそれは訓練で見る限りでの話。危険を冒す上で必要な能力……実戦での力とは必ずしも一致しない」

「上の考えとしちゃあ、お前さんらが戦わざるを得なくなったとき、実際どこまでやれんのかってことを見ておきてえんだろうよ」

「あ、ちょっと田中! まだ話は終わってないわよ!」


 ……なるほど。理屈としては充分に理解ができる。確かにここ一月の間俺たちがしていたのはあくまでも個人としての訓練で、以前戦闘になったときのように、四人で戦ったりだとかいうことはしていない。確認がなければ信用できないというのは頷ける話だ。気になるのは――。


「どんな方が相手なんですか?」

「相手は一人。あんたたちは初めて会う人間だし、あっちもあんたたちのことは良く知らないわ」


 ――一人か。ならばいけるかもしれない。初めて此処に来たときは、立慧さん一人に呆気なく全滅させられたものだが。


「……まあただ」

「私たちが相手するよりも、見方によってはもっと厄介な奴かもしれないけどね」

「え……?」


 俺たちとてあのときとは違うと。そう意気込んだところで飛び込んでくる台詞。……立慧さんたちより厄介な相手?


「――要はそいつをぶっ倒しゃいいってことだろ? 分かり易くて良いじゃねえか」

「馬鹿言え。お前ら如きひよっこが、間違っても勝てるような相手じゃねえよ」

「倒す必要はない。相手から合格という判断を引き出せればそれで良いんだ。つまりはやりようだな」


 あくまで軽い口調で言った立慧さんだったが、告げられた内容は決して安心できるようなものではない。威勢良く言ったリゲルに対し即座に二人から飛んでくる、釘を刺すような台詞もその印象に拍車をかける。……余り嫌な想像はしたくないが、先輩たちがここまで言うとは。


「相手というのは具体的に誰なのか、訊いても良いですか?」

「勿論今から話すわ。それは――」


 一体どんな人物が相手なのか。ジェインの問いに肩を竦めつつ言った立慧さんに、俺たちが意識を集中したとき――。


「――良かった。部屋を間違えてはいなかったみたいですね」


 入口の方から、声と共に近付いてくる人影。その姿には俺も――……俺だけでなく、フィアとリゲルも心当たりがあったはずだ。


「三千風――」

「おう、賢者見習いのご登場か」

「おはよう、三千風」


 立慧さんたち三人が三者三様と言った反応を示す。


「はい。おはようございます千景さん」

「……なんか久々に見た気がすんな。いつ振りだったっけな?」

「六年振りくらいですかね。田中さんも、お変わりのないようで安心しました」

「はっはっは。お前も少しは俺を見習えよ? 最近伸び悩んでるって聞いてるからな。たまにはパーッと、羽でも伸ばせや」

「――あんたは年中羽伸ばししかしてないでしょうが!」


 突っ込みのあとで三千風さんの視線に気付いたのか、コホン、と。


「――話は変わるけど、どうしてあんたがここに? 上からは……」

「ああいえ。――僕もまだよく事情は飲み込めていないんですが、先ほど先生から連絡がありまして。立会人としてここに来るように言われたんです」


 咳払いをして言う立慧さんの問いに答えたあと、俺たちの方を見て笑顔を見せる三千風さん。


「また会いましたね皆さん。前に見なかった方もいらっしゃるようですが」

「……蔭水、知り合いか?」


 ジェインが尋ねてくる。そう言えば、ジェインはあのときいなかったのだった。


「初めの休憩時間にサロンで会ったんだ。フィアと、リゲルも知っている」

「賢者見習いの三千風と言います。お見知りおきを」

「これは丁寧に。ジェイン・レトビックと言います。よろしく」


 礼儀正しく挨拶を交わす二人。真面目そう、知的そうなところも相俟って、この二人は馬が合いそうだ。


「では……もしかして皆さんが模擬戦をなさるんですか? 特別措置で入山した方たちの、いよいよ腕試しということなんですかね」

「まあ、大体んな感じだな」

「そうよ。試験管は私らじゃないんだけど。相手についてはあんたの方が詳しい――」

「――ああ。全員、既に集まっていましたか」


 響く声。通るその声と気配に、後ろを振り向かされる。


「一応は時間通りですかね。待たせてしまって申し訳ありません」


 言いつつ決闘場に続く階段を下りてくるのは、端正な面立ちの――少年。とはいっても俺たちより少し下程度の年齢に見える。……細い線。


 顔立ちも相俟って、服がもう少しらしければ女性と見間違えたかもしれないと思うほど中性的な容姿。この場にいる全員の注目を浴びながら慌てるでもなく、落ち着いた足取りでこちらに向かって来る。……その齢不相応に落ち着き払った態度は、まるで最初に会った秋光さんたちの雰囲気を彷彿とさせるようで――。


「――初めまして」


 俺たちの傍まで来たところで、改めて少年が口を開く。


「賢者見習いの郭と申します。本日は、よろしく」


 品のある笑みと共に自己紹介。声もどちらかと言えばハスキーで、益々中性的な印象を与えてくるものだ。賢者見習いと言えば、三千風さんと同じ――。


「――郭」

「久しぶりだね、三千風」


 俺たちの目の前で言葉を交わす二人。やはり知り合いらしい。三千風さんが少し驚いた顔をしているのは気にはなったが。


「――」


 今の俺としては安堵感の方が勝っていた。……全くの初対面ということに加え、力量についてやたらと脅かしてくる先輩たち。どんな人物が来るのか不安だったが、実際に目にしてみれば礼儀正しい好少年だ。


「ああ。よろしく――」


 これならばどうにかやれそうだと。――そう思って挨拶を返したところで、違和感に気付く。


「……」


 今正に話し掛けている相手。……こちらに向き直った郭の目が、俺を見ていない。いや、よく見れば俺だけではなく、フィアもまた、微笑みを浮かべるその視線からは外れていた。


「あ、あの……」

「……」


 その先にいるのはリゲルとジェイン。フィアの掛けた声を無視したことで、その推測が確信に変わる。郭はあの二人にだけ、この笑顔と視線とを向けているのだ。俺とフィアがまるで、眼に入らないかのように。


「……何のつもりだ?」


 核心について尋ねたのは、無視されている俺やフィアでなく、ジェイン。


「何の、とは、何のことでしょうか?」

「二人が挨拶しようとしているのが、目に入らないのか?」

「――ああ。これは失礼」


 そこで漸く俺とフィアに視線を向けた、郭の眼差しに映る笑み。


「生憎、取るに足らない人間には目を向けないことにしているので。模擬戦ではきちんとお相手させていただきますから、心配しないで下さい」

「……あん?」


 リゲルが剣呑な眼光を向ける。それを受け止めたはずの郭は、涼しげに流し。


「挨拶はお望みでないようなので――早速試験に入りましょうか。僕も、余り時間を無駄にしたくはないですからね」



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