三択の解答
「厄介なことになったわね」
引き続きオカルト部部室。机を挟んで対面に座る恋実が、ぽつりと漏らした。
神が去ってから数分後。私は、意識を取り戻した恋実に神が言っていたことを話した。
神が答えを教えてくれなかったこと。答えは私が書いた小説の中に隠されていること。そして、答えを導く鍵がメモ用紙に書かれた一文字、「6」であること。その一文字と読点に挟まれた文は全て真実であること。
話を聞いた恋実は、この事件を「厄介」と評した。
私も同感だ。
「そうなのよ恋実。神様が「6と読点に挟まれた文は全て真実」って言うから、該当する箇所をいくつか抜き出してみたんだけど…」
私は、恋実が気を失っている間に書いたノートを、机の上に広げた。
以下が、犯人当てに関係しそうな「6と読点に挟まれた文章」である。
・今年で76「、祖父が私のケーキを食べた」。(祖父の証言)
・僕今年で16「、僕がねーちゃんのケーキ食った」。(弟の証言)
・6「時からずっと家にいたけど、母さんがケーキを盗み食いした」。(母の証言)
・その5,6「分で父さんが一子のケーキを食べた…」。(父の証言)
・2ー6「では、私自身がケーキを食べた」。(私の証言)
不要に思える箇所を省くと、これらの文章は、以下のように書き直せる。
・祖父がケーキを食べた。
・僕(弟)がケーキを食った。
・母さんがケーキを食べた。
・父さんがケーキを食べた。
・私自身がケーキを食べた。
代名詞が曖昧なところもあるが、素直に解釈して構わないだろう。
神の言う「6と読点に挟まれた箇所は全て真実」に従うと、以上のような結果となるが…これではおかしい。
神の言葉に従えば「祖父が犯人」「弟が犯人」「母が犯人」「父が犯人」「私が犯人」というそれぞれ矛盾した結論が、全て真実となってしまう。
「神様、間違えたのかな?これじゃあ、誰が犯人か分からないよ。
だって、祖父が犯人、弟が犯人、母さんが犯人、父さんが犯人、私が犯人。これらが全て正しいってことになっちゃう。絶対おかしいよ」
「まあ、この結果が必ずしも間違っているとは言い切れないけどね」
「どういうこと?」
恋実は挑発するように笑った。
「祖父が犯人、弟が犯人、母が犯人、父が犯人、一子が犯人。これらが全て正しいって事は要するに、祖父と弟と母と父と一子が犯人ってことでしょ?つまり、全員が犯人と考えれば、この結論に矛盾は生じないわ」
私は呆気にとられた。
「あっありえないわよ恋実っ。まず私は絶対に犯人じゃないし、それに、ケーキはあくまで一人分よ。どうやって全員で食べるのよっ」
私の反論を予想していたように、恋実は溜め息を吐く。
「冗談よ。もし全員が犯人なら、共犯である一子に対してそれぞれ自分は犯人じゃないって嘘を吐く理由もないし、何より共犯者の一子が今こうやって犯人探しをする意味もないしね。
ただ、一子の家族の証言ってバラバラだったでしょ?つまり、一子の家族は忘れっぽい人たち。ならば、みんなでちょっとずつ一子のケーキを食べて誰も覚えていないって可能性も…ないこともないかもしれない。
だからこの可能性は保留で」
確かに私たち家族は忘れっぽい。それぞれ矛盾する証言を読んでみても、それは明らかだ。ただいくらなんでも、全員が犯人だったとは、ちょっと、不本意な結末である。
私の不満そうな雰囲気を察してか、対面に座る恋実が私の肩をぽんと叩いた。
「でも私なら、犯人を一人に特定できるわ」
そう言うと、机の上に置かれていたメモ用紙―神が使ったメモ用紙―を手に取り…上下を引っ繰り返した。
先程まで、私から見て、そのメモ用紙に書かれた文字は「6」だった。
しかし上下を逆さにすると、当然ながらその文字が逆転する。
―9
「ベルゼブブ…一子の言い方に合わせて以下「神」とするけど。
神が私の手を使ってこのメモ用紙に文字を書いているとき、一子から、その手元は見えていなかった。その時点で、このメモ用紙に何が書かれているかは、一子には分からなかった」
「……それから、神様はメモ用紙を丸めて私に放り投げ、私はそれを広げてメモ用紙の中身を確認した。そこには、6と書かれていた…いや、書かれていたように見えた」
「書いている最中、一子にはその文字が見えなかったから、神が本当に「6」と書いていたかどうかは分からない。また神はメモ用紙を丸めて一子のほうに投げてしまったから、一子がメモ用紙を開いて中の文字を見たとき、その向きが正しかったかどうかは分からない。
ついでに、このメモ用紙は正方形。真四角だから、上下、どの向きが正しいか、誰にも判断できない」
「そしてこの文字を6と解釈した時、『全員が犯人』という矛盾した答えが導かれた。
答えが矛盾しているのだから、過程が間違っていると考えるのは自然。
でも、神様の言葉に間違いはない。だとしたら間違っているのはこちらの解釈。つまり、6」
「6を上下逆さまにすると、9になる。幼稚園児でも知っているわ。
神が書いていた文字は6ではなく9。ならば」
「「6と読点に挟まれた文が正しい」のではなく。「9と読点に挟まれた文が正しい」…これが、真相を導くための本当の鍵!」
私は、神が話していた言葉を思い出した。そういえば、神は一度も「6と読点に挟まれた文」とは言っていない。神は「『その文字』と読点に挟まれた文」としか言っていない。
メモ用紙を開いた時…私には、メモ用紙に6と書かれていたように見えたから、勝手に「6と読点に挟まれた文」と解釈してしまっていたけれど…そうか、6の反対、9こそが、この事件を解く鍵だったのか…。
たぶん、神は私を騙すために、あえて『その文字』という言葉を使ったり、わざわざメモ用紙を丸めて私に投げたりしたのだろう。神は全知全能だから、私が丸めたメモ用紙を開くとき、向きが「6」になるように投げることも可能だったに違いない。
…神に苛立っても仕方ないか。とにかく、新たな条件が設けられたのだ。
9と読点に挟まれた文は全て正しい。
私と恋実はさっそく、プリントアウトした私の小説の、該当箇所を探した。
数分後。私たちは、条件に当てはまり、かつ犯人当てに使えそうな文章を、複数発見した。
・ああそう9「、とにかく、運動系の部活動をしておるような子は、一子ちゃんのケーキを食べておらん」。(祖父の証言)
・299「だから、犯人は大金を持っていない奴だ」。 (弟の証言)
・99「%、犯人は仕事をしていないわね」。(母の証言)
・夜9「時に寝る、70歳以上なら犯人じゃない」。(父の証言)
・ルール9 「被害者は犯人ではない」。(私の証言)
意味のありそうな文章を抜き出し、さらに読みやすく書き直すと。
・犯人は運動系の部活に所属していない。
・犯人は大金を持っていない。
・犯人は仕事をしていない。
・犯人は70歳以上ではない。
・被害者は犯人ではない。
先程の6の場合とは違い、一つ一つ検討する必要がある。
「まず一つ目ね。一子の祖父が言った条件。運動系の部活をしている者は犯人ではない」
祖父はドラマに影響されてテキトーに言っただけだが、神のルールにより、この条件は絶対の真実となる。
「母さん、父さん、祖父は、当然ながら部活をしていないから、この条件に当てはまらないわ」
「逆に、サッカー部所属の弟くんはこの条件に合致する。
一子は駄目ね。オカルト部はどう転んでも運動系の部活ではないから」
つまりこの条件から、以下のことが分かる。
弟は犯人ではない。
「二つ目。今度は弟くんの示した条件ね。犯人は大金を持っていない」
「……でも、我が家はみんなお小遣いを貰ってるから、一銭も持っていないって人はいないよ」
恋実は顎に手を添えた。
「そうね。ただ一子の家は、母親がお金を管理しているんでしょう?」
我が家では、母が家計の管理を担当している。私や弟は勿論、祖父や父さんもお小遣い制に甘んじているのだ。
「うん。確実に大金を持っていると断言できるのは、母さんだけ」
「決定ね。一子のお母さんは犯人ではない」
弟に続いて、母さんの可能性も消えた。
私はちょっとずつ嫌な予感がしてきた。
「続いて三つ目。犯人は仕事をしていない。
一子と弟くんは除外。逆に父は当てはまるわね」
「…母さんは専業主婦だから、仕事をしていない。おじいちゃんも、もう高齢だから、当然仕事をしていないよ」
この条件も、犯人候補を一人消去した。
父さんは、犯人ではない。
「次は簡単ね。70歳以上なら犯人ではない。一子の父は働いているし、当然ながら70歳以上じゃないわよね?そして証言によると、一子の祖父は76歳。この条件に合致」
つまり祖父は犯人ではない…。
「ちょ、ちょっと待ってよ。
弟が消えて、母さんが消えて、父さんが消えて、祖父が消えた。じゃあ残ってるのは、私だけじゃない!」
私は運動系の部活に所属していないし、大金を持っていないし、仕事をしていないし、70歳以上じゃない。そして家族の中で、これらの条件に一つも当てはまらないのは私だけ。つまり、私が犯人…。
そこまで考えて、最後の条件を検討していないことに気付いた。
私自身の証言による、最後の条件。
被害者は犯人ではない
被害者は、犯人ではない。つまり
「この事件の被害者は私。そして被害者は犯人ではない…なら、私も犯人候補から消える…の?」
「ええ。これで一子も犯人候補から外れた。
どうやら、全ての条件を一つずつ考えると、一子を含む一子の家族全員が消えてしまうようね」
先程、「6と読点に挟まれた文を全て真実とする」と考えた場合、家族全員が犯人となってしまった。
今、6を上下反転させて「9」と解釈した。「9と読点に挟まれた文を全て真実とする」。しかしこの場合、家族の全員が犯人ではなくなってしまう。6の反対が9であるように、結果まで真反対となってしまった。
「じゃあ、この前提もやっぱり間違ってたってこと?6ではなく9の後に続く文が全て真だと仮定しても、真相は分からなかった…」
恋実は、首を左右に振った。
「いいえ。この可能性も、完全に消し去ることはできないわ」
「…なんで?だって犯人が誰もいなくなってしまったじゃない」
「一見矛盾してるように見えるけど。ただし、全ての条件の中で、疑うべき条件が一つだけある」
疑うべき条件?しかし、神の言葉は絶対。神のルールは絶対ではなかったのか。
「一つ目の条件、犯人は運動系の部活動に所属していないから弟は犯人ではない。弟くんはサッカー部に所属しているのだから、これは覆しようがない。
二つ目の条件、犯人は大金を持っていないから、一子の母は犯人ではない。家計は一子の母が管理しているのだから、これも覆しようがない。
三つ目の条件、犯人は仕事をしていないから、一子の父は犯人ではない。一子の父が仕事をしていることは明らかだから、これも覆しようがない。
四つ目の条件、犯人は70歳以上ではないから、一子の祖父は犯人ではない。一子の祖父は76歳だから、これも覆しようがない。
五つ目の条件、犯人は被害者ではないから、一子は犯人ではない。一子は被害者だから、犯人ではない…さて、この条件はどうかしら?」
「どうかしらって、何の疑問があるのよ?」
「だって、この事件の被害者は弟くんでしょ?ケーキを食べた容疑を掛けられて一子にたくさんビンタされた彼こそが、この事件の被害者なんじゃないの?」
私は、頬が真っ赤にはれた弟を思い出した。
「確かに、弟には悪いことをしたよ。結果的に、被害を受けてしまったかもしれないわ。
でもこの事件は、私がケーキを何者かに食べられた事件なのだから、少なくとも私『も』被害者。これで、何の問題もないじゃない」
「いいえ、一子が被害者と言えない可能性が、たった一つだけある」
「…なによ、可能性って」
「一子自身が犯人である可能性よ。
試しに、一子が犯人だと仮定してみましょう。すると、一子はケーキを自分で食べたんだけど、食べたことを忘れている、と考えられる。
さてこの場合、誰が被害者になるのかしら?一子は自分のケーキを自分で食べただけなのだから、誰からも被害を受けていない。だから、一子は被害者とは言えない。だから「被害者は犯人ではない」という文の「被害者」に該当しない。よって一子が犯人。こう言えるでしょう?」
「で、でもそれは、あくまで私を犯人と仮定した話で…」
恋実は人差し指を立てて、ちっちっちっと言いながら左右に振った。古臭い。
「今示した通り、「被害者は犯人ではない」という条件は、『一子が犯人である』という仮定で無効化できる。
ここで他の条件を考えてみてよ。「犯人は運動系部活動に所属していない」「犯人は大金を持っていない」「犯人は仕事をしていない」「犯人は70歳より下である」。これら四つの条件の中で、一つでも真実を捻じ曲げない形で無効化できる条件がある?一つでも、仮定を設ければ突破できる条件がある?
いいえ、そんなものは一つもない。
無効化できる条件は「被害者は犯人ではない」のみ。そして、この条件を無効化するための仮定は『一子が犯人だから被害者ではない』とする場合のみ。
全ての条件の中で無効化できる条件はたった一つであり、そしてそれを無効化できるパターンがたった一つしかないならば、それはすなわち真実に他ならない。
よって犯人は一子。これ以外の可能性は考えられない」
…何だか、頭がこんがらがってきた。
確かに、私が犯人なら私が被害者とは言い切れないかもしれない。私が被害者ではないなら、『被害者は犯人ではない』に当てはまらないので、私が犯人だとしても問題はない。
でも、でも、インチキ臭い!結果から過程が作られたみたいな、座りの悪さがある。
まず、結局被害者の私が犯人でしたって結論が気に入らないし。それに、恋実は「この可能性以外絶対ありえない」と断言したけど、「私が犯人」なんて突拍子もない仮定を用いていいなら、例えば「実はお父さんは失業してました」とか「実は祖父の年齢は60歳でした」とか、そういう仮定だってありではないのだろうか?
いや、確かに筋が通っている気もするし、私が犯人なら「9と読点の間の文が真実」ってルールにも矛盾しないことは分かるんだけど。
でも何だか「6」の時と同じだ。可能性はないこともないけれど、なんか納得出来ない…。
私のもやもやした気持ちを悟ったのか、まるでここまでの進行を予想していたように、恋実は話を再開した。
「納得できないようね。
まあ無理もないわ。『家族全員が犯人だった』とか『一子自身が犯人だった』とか、ありえないこともないけど、なんだか真相としては説得力が無いわね」
「…もうっ何よ恋実っ。その二つは、どっちも恋実自身が出した結論じゃない!」
「ふふっごめんごめん。
でもその二つの可能性も、ないことはないとは思うわよ。結局、鍵は「6」か「9」か、どっちが正しいかなんて、誰にも分からないんだから」
何だか含みのある言い回しだ。
「恋実、まさか、まだ何か考えてることがあるの?この二つ以外にもまだ真実が存在するの?」
「ええ。私は、これが答えじゃないかなって思ってるわ」
恋実は、机の上においてあるメモ用紙に手を伸ばした。私が最初「6」と書いてあると確信していたメモ用紙。今は私から見て「9」に見えるように置いてある。
彼女はそのメモ用紙の端を摘んで、「9」の時と同じように、またメモ用紙の向きを変えた。
「6」から「9」にしたときは、180度向きを変えたのだが。
今回は、90度向きを変えた。…「9」が、横向きになる…
「6を逆さまにすると9になる。じゃあ、9を横に倒すと?」
私の目の前には、また別の一文字が現れた。
―「の」
6→9→の
「6」を時計回りにに90度回転、あるいは、「9」を反時計回りに90度回転させると。
「の」になる。平仮名の「の」だ。
6でもなければ、それを逆さまにした9でもない。それらを横に倒した「の」が鍵だった…のか?
神の書いた一文字。それが「の」だったと考えると、神が与えたヒントは以下のようになる。
「『の』と読点に挟まれた文は全て真実」
これこそが真のヒントなのか?
私は咄嗟にプリントを手に取り、思わず平仮名の「の」に注目しようとするが…これは、多すぎる!
「ねえ恋実、もし、6でも9でもなく「の」が鍵だったら。「の」と読点に挟まれた全ての文が真実だとしたら」
「そうね一子。大量よ、大量」
日本語で「の」はたくさん使われる。そりゃあたくさん使われる。私の書いた小説にも「の」が大量に散りばめられていた。その数、10、50、いや、100以上ある。「6」や「9」の比ではない。
ただ、拾い切れないほど多くもない。私はプリントを手に取り、素早く『の』の付く文を拾っていった。
……駄目だ。「の」と読点に挟まれた文はたくさんあるが、どれも役に立たない。意味が不明瞭だったり、主語が曖昧だったり、「~と思う」「~なはず」とぼかした表現が使ってあるため、確実に真であると確定できるものがほとんどない。
これも、犯人へと繋がる鍵ではなかったのだろうか。
私が疑問を抱き始めた時、恋実が私とはまったく逆の感想を言った。
「これほど単純とは。分かってしまえば、灯台下暗しね」
…単純?しかし、「の」と読点に挟まれた文を精査するのはまだまだ時間が掛かるし、何より、パッと見たところでは犯人当てに使える文章など、見当たらなかった。
「どこが単純なのよ。どの文に、答えが書いてあるの?」
恋実は私の言葉に驚いた様子で、目を見開いた。
「どの文も何も、「の」と読点に挟まれた文を拾えばいいだけじゃない」
「だから、どの文を拾えばいいのか具体的に訊いてるのっ」
「一子、私に訊かなくても分かるでしょ。一番目立ってる文よ。ほら、これ」
恋実は、プリントに書かれた一文を指差した。
そのプリントには私の小説が書かれている。しかし恋実が指差した一文は、小説の本文ではなかった。
彼女が示したのは、小説の題名だった。
その犯人は悪魔。
ケーキを食べた犯人にむかつくあまりつけた題名。しかしこの題名にも、「の」と読点に挟まれた文章が存在した。
その「犯人は悪魔」。
↓
犯人は悪魔
犯人は、悪魔?これが、この事件の解答?
「恋実…この一文「犯人は悪魔」が真相ってわけ?」
彼女はあっさり首肯した。
「…何よ、犯人は悪魔って。私のケーキを食べたのは悪魔ってこと?悪魔なんてどこにもいないじゃないの」
「いないどころか、ついさっき会ったばかりでしょう?」
「さっきって…放課後はずっと恋実と事件の検討を…あっまさか!」
「あなたは「神様」って呼んでたけど。言ったでしょ?あいつは神様じゃないって。
奴の名前はベルゼブブ。ベルゼブブは、七つの大罪の一つを象徴するほど強力な悪魔よ。蝿の王って聞いたことない?」
そんな…ケーキを食べたのは…さっきまでそこにいた…。
「神様が、犯人?恋実が自分の体に入れることができる、全知全能の神様が、犯人なの?さっきまで恋実の体に憑いて、私に事件のヒントを教えてくれた、あの神様が、ケーキを食べた犯人?」
「だから神様じゃないって。あいつはベルゼブブ。悪魔なんだから」
神が…いや、正式名称ベルゼブブは『「の」と読点に挟まれた文は全て真実』というヒントをくれた。そのヒントに従うと、「犯人は悪魔」が答えになる。そして、私の周りにいる者の中で、悪魔と呼べるのは、神、いや、ベルゼブブしか存在しない。
だから、ベルゼブブが犯人。悪魔が、犯人。
「でも、どうやってケーキを食べたのよ!だって神は実体を持たないでしょ?
もしかして、恋実の体に入った神が、私の家に忍び込んで、ケーキを食べていたってこと?」
恋実は口元を抑えて笑いを堪えた。
「ふふっその可能性もなくはないけど。でも、私に乗り移ってからわざわざ一子の家にこっそり忍び込んでケーキを食べたなんて、ちょっと不自然よね?ケーキを食べたいなら私の財布でケーキを買うとか、私の体を使ってお菓子屋さんに泥棒に入るとか、いくらでも方法はある。わざわざ一子の家の冷蔵庫に入っているケーキを狙って行動を起こすなんて、合理的じゃないわ。
でも、こう考えれば自然よ。神は一子の家の中で降臨した。だから、近くにあるケーキを食べた。これでどう?」
ベルゼブブは、七つの大罪の一つ、暴食を象徴する悪魔と聞いたことがある。ならば、「近くにケーキがあったから食べた」と考えるのは自然だ。
「でも、私の家の中で降臨したってどういうことよ?恋実がこっそり私の家に侵入して、それから、さっきみたいな儀式をやって自分の体に神を憑かせたってこと?そっちの方がよほど不自然よ!」
「忘れたの?さっき神を降ろす前、私は一子に言った。一子も神を降ろすことができるんじゃないかって」
「……まさか、私が神を降ろしたってこと?」
神を降ろす前に恋実が言っていた言葉を思い出す。曰く、『こういう能力』は周りに影響を受けやすいから、一子にもそろそろ使えるのではないか。
しかし、ありえない。まず、私は神を降臨させる儀式を行っていない…はずだ。私の記憶が間違っていなければ、私は神など降臨させていない。
加えて、時間的にも矛盾する。一昨日の朝、登校する直前に冷蔵庫をチェックした時、ケーキは確かに存在した。帰って来たらなくなっていた。ケーキは、私が登校してから帰ってくるまでの間になくなっていたのだ。にも関わらず、私が自宅で神を降臨させて神に操られてケーキを食べたなんて、ありえないではないか。
「ところで一子。その親指、どうしたの?」
不意の質問に、私は反射的に答えた。
「これは、一昨日の朝、登校する前にマークに引っかかれて」
……嘘でしょ、この傷が!
「気付いたわね。
神を降ろすためには、目覚めたものの血が必要。もし一子がすでにこの『力』に目覚めているのなら、一子の血は神を降ろす道具となる」
「で、でもったとえ親指から流れた血が私の肌についたとしても。私は、神様を降ろしてなんかないわ!
だって、マークにこの傷を付けられたのは、登校直前よ。傷を付けられ、神に体を乗っ取られ、ケーキを食べ、それから登校したとしたら。皿洗いをしていた母や弟、朝食を一番最後に食べ終わった祖父に、私がケーキを食べるところを目撃されているはずだわ!神に体を乗っ取られた私が、冷蔵庫からケーキを出して食べているところを、家族の誰かが目撃しているはずよ!でも、そんな証言はなかった。だから、私は犯人なんかじゃない!」
「落ち着いて。私は、一子が犯人だって言いたいわけじゃないのよ」
「…だって、私が神を降ろしたって」
「それはそれ。一子は自宅で神を降ろした。猫のマークに親指を引っかかれ、そのとき出た血が、神を呼び寄せた。
でも、思い出して一子。神は、血を流した人に憑くわけじゃない」
……恋実は、神を降ろす前、こう言っていた。私の血をつければあなたに神を憑かせることができる。
つまり、神は血の所有者の体に入るのではない。血をつけられた者の体に入るのだ。
私は、マークに親指を引っ掛かれて血を流した。親指から流れ出た血は、誰についたのか。
私じゃないとしたら、その場に確実にいた者は…
「マーク。猫のマークに神が宿ったとでも…そんな馬鹿な!」
思わず叫んだ私の声は夕焼けの映える教室に響き、すぐに消えていく。
「マークは一子の親指を傷つけた。傷口から滴る血が、マークにかかった。目覚めた者の血を浴びたマークの体に、悪魔が降臨した。暴食の悪魔、ベルゼブブは、一子の残したケーキを食べた。
よって、実行犯は猫のマーク。そして、その犯人は悪魔。これが、最後の答えよ」
恋実の結論を聞きながら、私は頭の中で、この可能性が正しいかどうかを検討していた。
冷蔵庫は壊れかけていて、猫のマークでも開けられるようになっていた。父の証言だ。
祖父と母は一日中家にいたが、常に食卓にいたわけではなく、盗み食いする隙はあった。
マークはケーキを食べられない。生クリームにトラウマがあるからだ。生クリームの臭いをかいだだけで不機嫌になるほどだが。
しかし、もし中身が違っていたら。マークの中身が、暴食の悪魔、ベルゼブブだったら話は変わる。猫の味覚でケーキの甘みを感じられたかどうかは疑問だが。とにかく体がマークでも中身がマークでないなら、「嫌いだから食べない」理屈は無視できる。
可能性としては否定できない。そして、神の示したヒント。「『の』と読点に挟まれた文は全て正しい」が事実ならば、犯人は悪魔となる。周りにいる者の中で悪魔と呼べる者はベルゼブブを除いて他におらず、また、猫のマークに乗り移ればケーキを食べることが可能だったとするなら。
犯人はマーク。犯人は悪魔(マークも悪魔も人じゃないけど)。これが、この事件の答えなのかもしれない。
……今、気付いたのだが。
犯人は悪魔。悪魔=あくま。そして、猫の名前はマーク。
マーク→マアク→まあく→まあくまあくまあくまあくま…→あくま。
ダブルミーニング…というか、駄洒落?
つまらない発見に脱力しかけたところで、恋実が口を開いた。
「でも、今言った三つの可能性は、どれも否定はできないわ。
だって、神はあくまで「その一文字と読点に挟まれた文は全て正しい」としか言っていない。あなたが受け取ったメモ用紙は、一見「6」にも見えるけど、引っ繰り返せば「9」になり倒すと「の」に見える。「6」「9」「の」のどれが正しいかは、結局のところ分からない。
仮に「6」が正しい鍵ならば、さっきの推理通り、『犯人は家族全員』になる。
同様に、「9」が正しい鍵ならば、『犯人は一子だけ』となるし、「の」が正しいならば、『犯人はマーク』となる。一つには絞れないわね」
蓋然性の高低はあるけれど、恋実の言う通り、どの結論も、完全に否定できなければ、完全に肯定もできなかった。
『犯人は家族全員』『犯人は私だけ』『犯人はマーク』。一つも共通項の無い結論が、三つ導かれてしまった。どれか一つだけが正しく、他は全て間違いなはずだが、その一つは、絞りきれない。
……ま、いっか。ここまで一生懸命考えて、正直ちょっと楽しかったし、最近だらけているオカルト部の活動と考えれば、有意義な時間を過ごせたとも評価できる。
諦めたというか、気持ちに整理がついた私を確認して、恋実は机の上のプリントをまとめ始めた。
「帰りに、ケーキでも奢ろうか?」
恋実は言いながら、まとめたプリントを差し出す。私はそれを受け取った。
「い、いいの!?普段は何も奢ってくれないくせに」
「一子だってなにも奢ってくれないのに、よく言うわ。
今日は、いい頭の体操になった気がするから。ちょっと甘い物が欲しいのよ。
それに、おいしいケーキを出してくれる喫茶店を見つけたから、紹介したいなって」
「ふーん。ねえねえそのケーキってどんなケーキ?」
「有名なのは、チョコレートケーキと、チーズケーキと、モンブランの三つね」
「全部食べたいけど、ダイエット中だからどれか一つにしないとなあ」
「……一子はどれを食べたい?」
恋実は微笑んだ。いつになくさわやかな表情に戸惑いながら、私は彼女の質問に答えた。
「そうね…チョコレートかな」
私の答えに満足したように、恋実は「やっぱりね」と言った。
「?なによ恋実。何が「やっぱり」なの?」
「いえ、たいしたことではないけど。ああやっぱり、その答えが正解だったのかって思ったのよ」
恋実の返答はよく分からなかった。私がチョコレートケーキを選ぶと、予想できたのだろうか?でも、私が一番好きなケーキはモンブランで、たまたま今日の気分はモンブランよりチョコレートだっただけなのだが。
まあ、奢ってくれるのなら何でもいい。お小遣いの支給はまだまだ先だから助かる。それに、ケーキを何者かに盗み食いされたところだから余計に嬉しい。
ああ早く、チョコレートケーキを食べたい!
人じゃないけど。




