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五人の証言

 祖父の証言


「ケーキを食べたのは誰かって?そんなこと知らないよ一子(いちこ)ちゃん。自分で食べて忘れてるだけじゃろ?」

 私はぶんぶんとかぶりをふった。

「違うって?そうかいそうかい。じゃあほら、お母さんからお小遣い貰って、買ってらっしゃいよ」

 私は祖父の言葉に強く抗議した。

「そういう問題ではない?はあ、ケーキを食べたやつを絶対許さないって?まあそう怒らないで」

 そこで祖父は目を閉じて考え始めた。

「うーんしかしそんなこと言われてもなあ。ケーキは昨日まであったのかい。ああ、今日学校に行く直前まではあって、学校から帰ってきて今冷蔵庫を見たら、なくなってたと」

 私は祖父が犯人ではないのかと強く抗議した。

「わしが犯人だって?一子ちゃん、おじいちゃんを信頼できないのかい。わしは食べてないよ」

 しかし祖父はもう高齢者だ。年齢は今年で76、祖父が私のケーキを食べた。そしてそれを忘れている。これが真相ではないのか。

「馬鹿言っちゃいけない。わしは確かに物忘れが激しくなってきたが、今日一日のことは覚えているよ。

 よし、そんなにわしを疑うなら、本腰を入れて考えてみよう」

 祖父はうーんうーんとうなりながら左右に頭を動かした。

「まず、7時に家族揃って朝食を食べた、それは一子ちゃんも覚えておるじゃろ?

 ただなあ、朝食を食べた後、わしは自室に戻って、一日中テレビを見とったからなあ。昼食時には食卓についたが、食事の用意は全部、専業主婦の緑さんがやってくれたから、冷蔵庫も開けておらんし」

 祖父はそこで閃いたように、目をぱちっと開いた。

「あっそうじゃ。朝食時、わしは一番初めに食卓につき、一番最後に食べ終わったから、これだけは確実にいえるぞい。

 朝食が始まってから終わるまで、ケーキを食べた者は誰一人としておらんかった。なに?時間に直せ?細かい子じゃのう。

 朝7時から、みんな食べ終えて緑さんが食器を洗って片付けた8時まで、誰一人としてケーキを食べたものはおらんかった。これだけは、確実にいえるわい」

 他になにか有力な情報はないだろうか。

「そうじゃなあ。

 わしは今、テレビでスポコンドラマにはまっておるんじゃが、ああいうスポコンドラマに出てくるようなやつはそんな意地汚いことはせんのう。何チャンネルかって?何番じゃっけ?ああそう9、とにかく、運動系部活動をしておるような子は、一子ちゃんのケーキを食べておらん。わしはそう思うのう…おお、一子ちゃん、なんじゃそんな怖そうな目をして。あっ一子ちゃんは運動系の部活に入っとらんかったな。いやいや、だからといってわしは一子ちゃん自身が怪しいと言いたいわけではなくてのう」

 私は馬鹿らしくなってきた。祖父がスポコンドラマに感銘を受けたとかどうでもいい。スポーツマンが全て善人とは限らないだろう。もうちょっと真剣に考えて欲しい。

「でも一子ちゃん。あと数日経てばわしもお小遣いを貰えるから、わしが一子ちゃんにケーキを買ってきてあげよう。一子ちゃんはチョコレートケーキが好きじゃったろう?じゃあそのチョコレートケーキを一子ちゃんは数日後に食べる。これで満足してくれんか」

 チョコもいいけどモンブランも…って、だから、それでは私の憤怒が収まらないって、さっきから言ってるでしょうが!




 弟の証言


「ねーちゃんただいまー。今日は早いねって、そいういえばケーキ楽しみにしてたもんな。夜食べたら太るとか言って一人だけ残しちゃって。夕方も夜も同じじゃない?

 え?ケーキを誰かに食べられた?あっそう。どうせ母さんかおじいちゃんが食べちゃったんでしょ。また父さんに頼めばいいじゃない」

 私は弟をビンタした。

「っ痛いな。なんだよ、僕は食べてないよ。昔プリンを勝手に食べただろって?馬鹿言うなよねーちゃん。僕今年で16、僕がねーちゃんのケーキを食った。そんなことあるわけないでしょうが。大体、ケーキなんか楽しみにするのはこの家でねーちゃんぐらいだよ」

 私は弟をビンタした。

「だから痛いって!ああ分かった、食べてないって証明すればいいんでしょ。

 僕は今日一日学校にいて、今帰ってきた。つまり、ねーちゃんが家に帰ってきて冷蔵庫を開けるまでの間、僕はずっと学校にいた。これで証明になってない?

 なになに、朝家を出たのはねーちゃんより僕の方が後だった、だからその間に食べたかもしれないって?ちっ細かい女は嫌われるぜ」

 私は弟をビンタした。

「痛い痛い!左の頬ばっか張るなよ!顔がはれるだろ!

 でもさ、そんな細かいこと言い出したらキリがないよ。例えば、僕は確かに今日一日学校に行ってたけど、途中で早退してこっそりケーキを食べて、今帰ってきたフリをしているだけかもしれないでしょ。あっ家には母さんとおじいちゃんがいたからそれはないか…。

 朝何時に家を出たのかって?えーっと。ねーちゃんが家を出たのが7時30分ぐらいだったよな?僕はその後。皿洗いをしてから学校に行ったから、45分には家を出たかな?」

 私は弟をビンタした。

「なんだよっ真面目にやってるだろ?えっおじいちゃんによると、今日の朝食の皿洗いは母さんがやったはずだって?あれ、そうだっけ?うーん言われてみればそんな気もするけど、だって一々覚えてないよ。朝食の後片付けは僕と母さんで気が付いた方がやることになってるから。

 つーかさ、ねーちゃん、皿洗いぐらいやれよ。肌が荒れるって言うけど、ねーちゃんの肌質なんて誰も見てねえっつうの」

 私は弟をビンタした。

「だから、お願いだから、ビンタは止めてくれよ…ただでさえサッカー部で疲れてるのに…

 他に何か分からないことはないかって?うーん。やっぱり父さんあたりが怪しいかもな。結構甘いもの好きだから。ぱくっと食べちゃったかも。今日は、僕より後に家を出たはずだから、わざと出勤を遅らせてケーキを食ってやろうと狙ってたのかもしれないよ。

 ああ、後、犯人はお金がないやつなのは間違いないだろうな。金があったら自分でケーキを買えばいいんだから。あそこのケーキって確か300円…。正確には299だから、犯人は大金を持っていないやつだ。

 あっこれだとねーちゃんも当てはまるな。高校アルバイト禁止だし、我が家の小遣いは雀の涙だからな。やっぱねーちゃんが食ったんだろ」

 私は弟をビンタした。

「…だから…痛いって…分かったよ。今度、家庭科で簡単なチーズケーキ作るらしいから、僕の分をあげるよ。だから、99、いや100%、ねーちゃんは数日以内にチーズケーキを食べる。…いらない?それでは怒りが収まらないって?わがままだなあ」

 私は弟をビンタした。




 母の証言


「ケーキを食べられた?あらそれは残念ね。でもあなた忘れっぽいから、食べて忘れてるだけじゃない?」

 いくら私が忘れっぽい性格でも、そんな重要なことを忘れるはずがない。

「言われてみればそうよね。自分でケーキを食べて忘れてぷりぷり怒ってるなんて、さすがのあんたでもありえないわよね。

 えっ母さんを疑ってるの?ちょっとよしてよ。母さんダイエット中よ。ケーキなんて食べないわよ」

 しかし昨日の夕飯では、あんなにおいしそうに食べていたではないか。

「だから、自分の分は食べるけど。他の人の分まで食べるほど食い意地はってないって言ってんの!

 もうっ大体、何よケーキくらいで。あんたたちにはお小遣い渡してるんだから、買えばいいでしょう?」

 もう今月のお小遣いは八割使ってしまったから、これ以上使ったら昼食を食べられなくなってしまう。

「あら、もうそんなに使ったの?暇ねえ。ちゃんと勉強してるの?参考書代とか文房具代とかに使ったならいいけど、どうせ服とかおやつとかに使ったんでしょう?」

 ぎくり。

「そりゃあ高校生だから遊びたいだろうけど、もっと自分に投資しないと駄目よ。ちゃんと考えて使いなさい」

 しかし、我が家の財布を握っている母さんは気ままかもしれないが、私や弟、祖父、それに父さんは、なけなしのお小遣いで頑張るしかない。もう少しお小遣いをくれてもいいではないか。というか専業主婦なんだから、昼食のお弁当ぐらい作ってくれてもいいではないか。

 と言おうとしたが黙っていた。

「しかしケーキの盗み食いねえ。誰でしょうね、そんないやしい人は。人様の食べ物を勝手に食べるなんて。きっと80%、いや99、犯人は仕事をしていないわね。間違いない」

 母さんも仕事してないじゃん。

「あっ母さんを疑う?確かに私は昨日、朝起きて6時からずっと家にいたけど、母さんがケーキを盗み食いした。ってことにはならないでしょう?」

 しかし、ケーキを食べる機会はあったはずだ。

「それは否定しようがないわね…ただ、私の勘では、そうねえ。仁郎あたりが怪しいと思うわ」

 仁郎とは私の弟である。

「今朝、まずあんたが家を出たでしょ、次にお父さん、次に仁郎だから、ずっと家にいた私とおじいちゃんを除けば、最後に家を出た仁郎が怪しいわ」

 また矛盾が出てきた。弟の証言では、弟が家を出たとき、まだ父さんは家にいたはずだ。

「あらそう?うーんそうだったかしら、言われてみればそんな気も。

 でも仁郎、今日は皿洗いをやってくれたから、そんなに早く家を出られないと思うんだけど」

 弟の証言では…今朝、皿洗いをしたのは弟だったはずだ。しかし祖父の証言では、皿洗いをしたのは…。母さんだったはずだ。

「えっそうだっけ?私が皿洗い…した、かしら?言われてみれば皿洗いをした気もするけど、でもしなかった気も」

 頼りないなあ。

「仕方ないわよ。我が家はみんな忘れっぽいからね」



 父の証言


「おかえりー今日も仕事頑張ったぞーってなんだ一子、目をぎらぎら血走らせて。言っておくが、今日は何もお土産ないからな。また来月、一子の誕生日が来たらぬいぐるみでも買ってやるから、楽しみにしてろよ」

 私は高校生だ。高校生の誕生日プレゼントがぬいぐるみというのもどうなのだろう。そりゃかわいいけど。でも、かわいさなら我が家の愛猫、マークに敵うぬいぐるみなどない。

「なんだ、じゃあいらないのか?」

 欲しいかいらないかでいったら欲しい。しかし今はそれどころではないのだ。

「ケーキを食われた?あっそう。一子、自分で食って忘れてるんじゃないのか?えっ他の人にも同じように言われたって?はっはっはっすまんすまん」

 快活に笑う父さんの足元に、一匹の黒猫、マークが寄ってきた。ああやっぱりマークはかわいいなあ…待てよ。

「なに?マークがケーキを食べたかもしれないって?はっはっはっ面白いことを言うな一子は。確かに、我が家の冷蔵庫は壊れかけだから、マークでも開けられたかもしれないが。でも、マークは生クリームが嫌いだから、ケーキは食べないよ」

 生クリームが嫌い?猫は生クリームが駄目なのだろうか。

「食べられないわけじゃないけど、猫の体には良くないんだよ。最近では猫用のケーキが売ってるけど、少なくとも人間が食べるのと同じ生クリームをあげるのは駄目だね。一子も覚えておいてくれよ。

 それに、マークは何年か前、間違えて生クリームを食べて下痢になった経験があってなあ。今では、生クリームの臭いを嗅ぐだけで逃げるようになってしまったんだ」

 そういえば昨日、父さんがケーキを買ってきた日の夜、マークはとても不機嫌だった。今日の朝も気が立っていたようで私の指を引っかいてきたのだが、なるほど、ここに原因があったわけだ。

 とすると、生クリーム嫌いなマークがケーキを食べるはずがない。ならばやはり怪しいのは家族。家族の誰かが犯人である可能性が高い。

「おっと、少なくとも父さんは食べてないぞ。だって、一子は学校を出る直前に、冷蔵庫にあるケーキを確認したんだろう?父さんが家を出たのはお前の5,6分後だった。わずか5,6分で、父さんが一子のケーキを食べた…。そう思うか?仕事に行く直前に大急ぎで残り物のケーキを食べると思うか?」

 思わない。

 というか結局、私の後に家を出たのは父さんなのだろうか?母さんの発言では、家を出た順番は①私②父さん③弟、となっていたが、弟の証言では①私②弟③父さん、となっていた。もし父さんが「弟より自分が先に家を出たはずだ」と主張するなら、母さんの証言と合う。こうなるといよいよ弟が嘘を吐いていることとなるが。

「まず一子が家を出ただろ?で、次が父さん。確か仁郎は学校を休んだらしいから…」

 初耳だ。しかし母さんや弟の証言では、弟は確かに学校に行ったはずだが。さっきも、学校から帰ってきたところをビンタ…いや、インタビューしたのだし。

「あれ?仁郎が休んだのは一昨日だっけ?ほら、高熱とかで」

 弟は一ヶ月ほど前、高熱で学校を休んだ。

「一ヶ月前?あれ?そうだっけ。

 ああ思い出した。そうそう、一ヶ月前だったな。今日は朝練があるとかで学校に行ってた。だから、まず仁郎が家を出て、次に一子が」

 いや、私の記憶が確かなら…。私が家を出たとき、まだ仁郎は家にいたはずだ。

「うん?そうだっけ…あっそうそう、今日は母さんが婦人会か同窓会か何かで、朝ごはんも作らずさっさと出かけちゃったんだよな」

 いや、私の記憶が確かなら…。母さんは今日朝食を作っていたし、外出する予定なども聞いていない。

「あれ、そうだっけ?うーんなんだかよく分からなくなってきたぞ。いかんな、最近物忘れが激しくなって」

 駄目だ。父さんはあてにならない。仕事を頑張ってくれる一家の大黒柱には感謝しているが、家のことは母さんにまかせっきりなのだ。

「ただ、ケーキは相当甘かったからなあ。夜9時に寝る、70歳以上なら犯人じゃない。と言えるんじゃないか」

 ……うーん。正しい意見な気もするし、正しくない気もするし…。

「まっそう怒るな。一子の誕生日は今月6日だったな。今度は一子が好きなモンブランケーキを買ってくるから、それでいいじゃないか。今月6、つまり数日後、一子はモンブランケーキを食べる。だから、盗み食いなんて許してやれって」

 いいや許せない。勿論モンブランケーキはありがたくいただくけれど(でも父さん忘れっぽいからちゃんと買ってきてくれるかな?)、それとこれとは無関係。食べ物の恨みは恐ろしいのだ。



 私の証言


 結局犯人は分からず、その日は苛立ちながら夕食を食べた。

 翌日、学校に行き、クラスの友人に相談したら面白がって広められて、もうすっかり私のクラスでは私が自分でケーキを食べて忘れたことにされてしまっている。

 だが、そんなはずはないと、ここで断言しておこう。我がクラス、2ー6では、私自身がケーキを食べた。ことになっているが、いくら私でも、昨日今日の出来事ぐらいは覚えている。うっかり忘れるなど、ありえない。

 それに、私はミステリが好きだから。

 私はミステリが好きで、独自にミステリのルールを20個ほど作ったのだが、その内の一つ、9番目のルールに、以下のようなものがある。

 ルール9 被害者は犯人ではない。

 私はミステリファンとして、自分の作ったルールを決して破らない。

 しかし困った。これでは、誰が犯人か分からない。クラスメイトは頼りにならないし、肝心の家族も、言ってることは支離滅裂で、誰の証言のどこまでが真実なのか、判断できない。

 と、悪口を言う私だって、犯人のしっぽすらつかめていない。

 一ついえるのは、おそらく家族の中に犯人がいること。当日、家にはずっと母さんと祖父がいたのだから、おそらく泥棒や不審者など外部犯の可能性はかなり低いだろう。もっとも、二人とも常に居間や食卓にいたわけではないらしいが…泥棒が家に侵入してまずケーキを食べると言うのも考えにくいから、おそらく内部犯。

 ただそれ以上は分からない。

 ……仕方ない。

 秘密兵器を使うときが来たようだ。

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