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おしまいの地でまた会おう  作者: 秋月
第一章 救われぬ道を行く男
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第九話 三人の戦い

 最初に踏み込んだのはアランだった。迷いの無い剣がぶんと振りぬかれ、悪魔の胴を断ちに行く。


 彼の壊れ掛けの剣、そして剣の腕では、普通に攻撃しても悪魔の体に傷をつける事は容易ではない。だが、既に傷ついている部分ならば通るだろう。


 幸いと言うべきか、カーラのつけた胴体への傷は深く残っており、再生も中途半端なところで止まっていた。やってやれ無い事は無い。


 しかし、悪魔も通すわけには行かない。アランの一撃を地を這うように姿勢を低くしてかいくぐると、そのまま踏み込み、体を捻って無理やりにアランの顎を狙って爪を振り上げた。


 いうなればアッパーのような姿勢だが、あまりにも姿勢が歪なそれ。打撃といえるようなものではないが、鈍い刃を突きたてるには充分な力がこもっていた。


 反射的に頭を後ろに倒して避けたアラン。その顎先を爪が切り裂いた。この崩れた体勢で追撃を受ければ危ない。自然に起き上がろうとする体を押さえつけ、アランは思い切って後ろに倒れた。


 瞬間、アランの僅か上の位置に向かって、爪が振り切られた。そこは明らかに、反射的に起き上がっていれば、命を失っていたであろう位置だ。


 その一撃を避けた代償に倒れたアランを、カーラがすかさず援護する。


 横合いから剣を突き出されたことで追撃を遮られた悪魔は、そのまま振り切られんとした刃から身をかわして飛びのいた。


 そこへ間を開けず、カーラが飛び掛る。震えは止まらずとも、覚悟は既に出来ていた。大上段からまっすぐ振り下ろされた剣は、悪魔の腕を少し切り裂いたが、完全に捉えることは出来なかった。


 だが、そこで止まる彼女ではない。体が覚えた剣の扱いは、彼女の足を自然と踏み出させた。


 少し地面から浮いたままの刃を、跳ね上げるようにして身窶しの悪魔を追撃する。ひょうと唸る剣は僅かな燐光を纏っているのが見て取れ、明らかに魔法の類による強化が施されているのが分かる。


 鮮やかに剣閃が宙を舞い、防ぐために咄嗟に上げられた悪魔の前腕部を捉えた。力と技量に物を言わせて、思い切り叩き付けられた剣が、勢いのままに悪魔の右前腕を切り飛ばした。


 悪魔は激痛にもだえながらも、しかし闘志は消えていないようだった。カーラが後退するよりも先に、悪魔は残った左腕の爪を突き出す。


 それはカーラの胴を突き貫くかと思われたが、直前で硬い感触とともに弾き返されることとなる。


「『神聖なる我らが神よ、どうかその御手により、か弱き我らをお守りください』」


 『聖壁(ウォール)』の奇跡だ。超常の力を秘めし祈祷が、カーラと悪魔の間に強固な魔法の壁を呼び出して防いだのである。


 爪を弾かれた悪魔は、自分が二人だけを相手にしていた訳ではないのをようやく思い出したようだった。


 だが、今更止まるわけには行かない。身窶しの悪魔にも、アラン達の様に、引けない理由があるのだ。


 殆ど例外なく悪魔は人よりも強い。また、悪巧みが極めて得意な種族である。しかしながら、たった一つだけ、他の種族が持たない弱点を持っているのだ。


 契約に縛られるという弱点を。


 遥か昔、悪魔の王はこちらの世界を我が物にしようとたくらみ、下界へと降りてきた。そこで、鉢合わせした魔族の王、即ち魔王と一騎打ちすることになったのだと言う。


 両者ともに凄まじい力を秘めていたが、僅かな小細工の差で、魔族の王が勝利した。その時に交わした契約の一つに、魔族への絶対服従があったのである。


 悪魔王はその契約を守る為、自らの配下という配下を全て邪法を用いて従わせたのだという。以来、魔族は契約と魔法を以ってして悪魔をこの世へと呼び寄せ、戦わせる奴隷として扱っているのだ。


 悪魔王の使う邪法とは、つまり"悪魔の契約"の事である。世界の理を捻じ曲げて存在する魔法という力の応用であり、契約内容を絶対のものとする術だ。


 それがある為に、全ての悪魔は魔族たちの絶対の服従を誓わねばならず、よって、たとえ勝ち目の無い戦闘であろうとも撤退する事は許されない。


 身窶しの悪魔にも、もはや退路はないのだ。


 身が凍るような絶叫とともに、悪魔は大きく跳躍した。凄まじい跳躍力だ。魔法によって顕現した、強固な不可視の壁すらも飛び越え、悪魔は再びカーラの目の前へと着地する。


 驚きに硬直したカーラを、今度はアランが援護する。悪魔の爪が振り切られるよりも早く、アランの両手剣がそれを制した。


 金属が打ち合う鈍い音がして、悪魔の爪とアランの剣による鍔迫り合いになる。人並み外れた膂力のアランと、仮にも悪魔。真正面からなら、力は互角だった。


 ふとアランが悪魔を突き放すと、すかさず右から爪が襲い掛かる。アランはそれを剣で叩き落し、弾かれた反動を利用して放たれた第二撃、左からの爪を迎え撃つ。


 三撃目は両手をあわせた上からの振り下ろした。攻撃範囲は広く、剣では受けきれまい。すぐに考えをまとめて、アランは横っ飛びに転がった。彼が居なくなった空間を、悪魔の爪が薙ぐ。


 転がった勢いのままに起き上がったアランが、慌てて爪を戻そうとしている悪魔へ向かって切りかかる。斜め袈裟懸け、欠片ほどの迷いも無い太刀筋だった。


 避けられず、防ぐ事も出来なかった悪魔の顔面に、慈悲もなく鈍った刃の両手剣が叩き込まれる。刃欠けて尚、両手剣としての重量は、強靭な悪魔の皮を貫通して、その身に確かな痛みを刻み込んでいた。


 強撃に怯んだ身窶しの悪魔に、今度はカーラが切りかかった。続けて放たれたアランの蹴りを受け止めていた悪魔は、何とか身を捻る以上の事が出来なかった。残っていた左腕が肩から切り飛ばされる。


 両腕を失った悪魔は、苦しみに喘ぎながらも、全力でその場を脱すべく飛びのいた。それと同時に、アランが素早く飛び掛る。


 風を伴って突き出された刃が、悪魔の脇腹を貫通する。人間なら既に死んでいるだろう怪我を受けても尚、悪魔はまだ生きていた。


 アランは更に一歩、大きく踏み出すと同時に、突き刺した刃をそのまま斜め上へと切り上げた。がりがりと心地悪い感触を覚えながらも、アランは最後まで剣を振り切る。

 あまりの勢いのためか、刃が突き抜けると同時にアランの体は半回転した。


 背を向ける形となった悪魔は、その一撃で、上半身と下半身が両断されていた。どう見てもそれは致命的なダメージであり、もはや、再生の力を使っても間に合いはしないだろう。


 どちらが勝ったかは明白だった。

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