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おしまいの地でまた会おう  作者: 秋月
第一章 救われぬ道を行く男
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第七話 全ての偽りをほどきて

「何事だ!」


 がちゃがちゃとやかましく金属鎧の音を立てながら、七名の衛兵が駆けつけた。何十人と束になった野次馬をどうにかこうにか掻き分けて、彼らは自分の仕事を全うする為に騒ぎの中心へと割り込む。


 すると目にしたのは、短い赤髪の女騎士と、頭陀袋をかぶったいかにも物騒な大男が、剣を打ち合わせているところだった。お互いにかなりの剣術を持っているのは目に見えて明らかであり、少なくとも一般人が割り込めるようなものではない。


 あまりにも激しい剣戟は、訓練を受けた衛兵をしてひるませる気迫を持っていた。思わずと言う風に一歩後ずさった一人の衛兵を押しのけるようにして、ひときわ歴戦漂わせる衛兵が前に出てきた。


 衛兵長――名を、ラストルタインと言う。


 光を照り返して輝く金属鎧は、明らかに他の衛兵のそれよりも磨き抜かれている。彼のために作られた魔法の鎧だ。

 掛けられた術により鎧の硬度は増しており、下手な暗器の類ならものともしない生命力を装着者に与えるという術もついている。


 ラストルタインは、三年前の人魔大戦のさなか、この街まで押し寄せた悪魔の軍勢との戦いで多大なる戦果を上げた英雄の一人である。


 ゆえにこそ、彼が一歩前に出てきたというだけで、周囲の市民の安堵は大きい。


「カーラ、今度は何だ!」


 少し憤ったような声色で、ラストルタインは剣を抜き放った。本来は騎乗している時に使用するそれ、ロングソードだ。よく手入れの施された様子のそれは、塗られた油のためか、鞘鳴りの音も小さかった。


「分からない! 朝外に出たら、急に襲い掛かって来たんだ! 私の手には余る、手伝ってくれ!」


 カーラは反対に、余裕のなさそうな声で言う。事実、あまり余裕は無い。根が嘘を吐くのに向いていない彼女のため、アランが比較的本気で攻撃を加えているためだ。


 無論、余裕を持って防御できる程度の攻撃ではあるものの、油断すれば骨の一本や二本、簡単にへし折れるだろう。それほどの力を持って彼は攻撃を加えていた。


 その必死な剣戟の様子に、衛兵長たる彼は納得したように軽く頷いた。というより、納得せざるを得ないのだ。明らかな脅威と打ち合う彼女の支援要請を断ると、周りの野次馬から話が広がり、自分への不信感が増す。


 事実がどうであれ、アランの激しい攻撃はラストルタインに手伝わないという選択肢を失わせていた。


「……良かろう。だが、後でしっかりと話を聞かせてもらうからな。逃げるなよ?」


 衛兵長たる彼は、躊躇いがちに包囲するばかりだった衛兵達の中から一歩踏み出した。いや、駆け出した、と言ったほうが近い。


 一瞬にしてアランとの距離をつめたラストルタインは、右手に握り締めた剣を一振りした。愚直で、単純であり、しかし何処までも研ぎ澄まされている。


 その剣閃をアランは咄嗟に剣を縦に構えて防いだものの、反撃の機会はなかった。ラストルタインが更に踏み込み、柄による殴打を繰り出してきたからだ。


 回避も防御も不可。すぐさま見切ったアランは、その攻撃から逃れるべく強く地面を蹴ってバックステップ。ラストルタインの攻撃圏内から離脱する。


「逃がすかッ!」


 後退したアランに向かって、カーラが鋭く剣を振りかぶる。半ば、ラストルタインのアランの間に体をねじ込むような形だ。彼は難なくそれを防ぐと、それとなく視線を送る。無論、カーラにではない。そんな事をすれば、ラストルタイン――否、ラストルタインを偽る悪魔に気付かれるからだ。


 では誰にか。


 それは三人を取り囲んだ大衆の中に紛れ込んだ、シスターへだ。


 計画はうまく言っている。当初の目的通り、アランとカーラは野次馬を集め、大衆と言う"第三者"を得ている。この状態で正体を露にさえさせれば、勝ったも同然である。


 故にこそ、彼女がしっかりと戦いを見ているか否かが問題であった。万が一、大衆に押し流されて最後列まで移動しているようなことがあれば、ラストルタインを視界内に入れられない。肝心の嘘看破の魔法は、対象が視界内に存在する必要があるのだ。


 彼が頭陀袋に開けた穴から見た限りでも、シスターの顔は確認できた。最前列、戦いを囲む衛兵に守られるような形で、どこか落ち着かない様子でアランとカーラの方を見ている。


 後はアランが合図さえ出せば、シスターは嘘看破を祈る手はずとなっている。


 ――正念場、か。


 無言で両手剣を構え直したアランは、静かに声を発した。語り口は(すべ)る様に(なめ)らかで、初めから話す事は決まっている様子だった。


「ラストルタイン。覚えているか、俺を」

「……なに?」


 ラストルタインの動きが止まる。硬直した、と言ったほうが近い。戦いから意識を背けてこそ居ないものの、予想外の言葉に理解が及ばなかったのだ。


 そんな衛兵長の様子に、大衆も首をかしげた。全ての疑問を置き去りに、アランは尚も語りかける。


「四年……いや、三年前だったか」




 そう、それは人魔大戦真っ最中。人族側連合軍の鉄砲玉となる勇者隊がこの街を訪れた。


 なぜかといえば、この街が攻め込まれていたからだ。ラストルタイン以下、様々な英雄のおかげで瀬戸際で食い止めてはいたものの、余裕はない状況だった。


 ここは人族圏と魔族圏の中間、緩衝地帯の少し手前だ。最前線に物資を送るための重要な拠点であり、失うわけには行かなかった。最前線に多少の余裕が生まれた時を逃がさず、勇者隊が派遣されたのである。


 勇者隊は総勢十二名からなる少数精鋭部隊で、最終的に魔族軍の喉下に食らい付くのもこの部隊となる。十二人それぞれに称号の与えられる部隊で、アランは"狂戦士(バーサーカー)"の名を受けていた。


 勇者が切り込み、アランやその他十名が飛び込んだ戦場。


 荒れ狂う戦いの中で、アランは敵に押し流され部隊員と離れ離れになり、右も左も分からない中で剣を振り回す状況に陥った事がある。そんな時生き残れたのは、背を守ってくれる人物が一人居たからだ。


 その人こそ、まぎれもなくラストルタインだったのである。


 どこから拾ってきたのか大盾を構え、魔族や悪魔の握っていた斧やら鎚やら槍やらを次々と持ち替えて、何処の骨とも分からない若造の背を守り抜いてくれた。


 背中合わせで戦った二人は戦いの後、酒を酌み交わしたが――アランは別の任務で、すぐに他の場所に行かねばならなかった。話す時間は短く、語り合えた事も少なかった。


 だが、生まれた絆は確かだと信じていた。少なくとも、アランは。




「なあ、覚えているか。ともに戦った勇者隊のガキの事を」

「……あ、ああ。覚えているとも。あの激しい戦いの中()()戦っていたよな」


 ラストルタインは困惑したようにしながらも、何とか言葉をつむぎ出した。だが、アランはその返答に、少し悲しげに顔を歪ませる。


「そうか。……そうか」


 かつての戦友が、既に居ないのだと知って。


 ほとんど戦う機械と変わらない彼の、数少ない感情の発露であった。


「……なら、もはやお前にもう語る事はないな。――今ッ!」

「なッ――!?」


 ラストルタインは何か(たばか)られのだと知ってアランに切りかかろうとしたが、カーラが剣を突き出してそれを邪魔した。幼馴染の見せた悲しそうな顔に気付けないほど、鈍感になった覚えもなかったし、彼が"悪魔"と戦うことになるなら、万全の状態で居て欲しかったのだ。


 シスターが声高々に祈りを上げる。誰も邪魔する事は許されず、雑踏の中、気高く意思を持った聖職者の祈祷が聞こえた。


「『神聖なる我らが神よ、どうかその御手の名の下に、穢れし罪をうつしたまえ』!」


 悪魔の偽りを打ち砕かんと、その神の御手が降ろされる。『嘘看破』の奇跡は顕現(けんげん)した。


 奇跡は悪魔の顔、姿、声、人格を、そして全ての偽りを無に返し、その本来の姿を引きずり出す。

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