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おしまいの地でまた会おう  作者: 秋月
第三章 おしまいの地で――
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第三十二話 竜討つ異形

 アランは左足の欠損を無視しながら、後どのくらい持つか、と思った。きっと、そう長らくは持つまい。身を苛む炎の勢いは、竜の息吹を取り込んだ事でより強くなっている。彼を塵に帰すまでそう時間は掛からない。


 恐らく、後二分か、三分か――そのぐらいだろう。


 数撃、それで仕留めきる。相手は竜で、それが困難なことは分かりきっていた。だが、時間的猶予を考えても、それしか方法はない。


 たった何撃か、それに全力を注ぎこみ、勝つ。


 アランはふと笑った。なんにせよ、これから起こる戦いの勝ち負けに、もう意味などないのだ。そしてこれまでも、意味などなかった。だが、彼は今、勝ちたいと思っていた。


 どうせ死ぬなら、勝って死にたい――。戦士になってから初めて、誇りだとか、矜持だとか、そういうものを彼は持ったのだ。それがなんだか馬鹿らしくて、笑った。


 一歩、前へ。そして、引き絞った矢を解き放つように、駆け出した。


 アランの命の灯火が消えかかっていることが、ヴィンツにも分かったのだろう。竜もまた、全力で吼えた。古戦場全体に響き渡るほどの大音響だ。


 勝って死にたい、互いにその思いは同じ。ならば、強かった方が勝つ。


 竜はその身ごと尾を振り回した。しなりによって加速し、凶悪な鞭に等しいそれを、アランはスライディングですり抜ける。


 そのまま起き上がり際に剣を地面へと叩き込み、ふわりと自分の身を浮かした。瞬間、その場所を竜の前足が掠めていく。


 剣をたたきつけた反動で大きく飛んだアランは、そのまま落下して竜の前足へ着地。その身をけりつけて跳躍、翼にしがみ付いた。


 瞬間、ヴィンツがその羽を強くはためかせた。凄まじい速度で上下し、アランを振り落とそうとするその動きに、彼は逆らわなかった。


 吹き飛ばされるその体を、再び爪が捉える。今度は、しかと彼の身を抉った。その鋭い刃が、彼の剣ごと右腕を吹き飛ばしていき、凄まじい速度で大地にぶち当たる。


 千切れかけていた左足首が、こんどこそ完全に断裂したのを感じた。だが、痛みはない。苦しくもない。まだ動ける。


 まだ動けるなら、戦える。


 地面を掴んで体を止め、吹き飛びかけた剣を握る。片腕片足、猶予はあと一分。だからといって諦める理由にはならない。


 右足で思い切り地面を蹴る。急角度で打ち出された体が、低空で宙を舞った。


 竜も身を低く構える。もはや死に掛けのその身と相対しても、しかし油断をすれば負ける、と確信しているようだ。確実に仕留める気なのだろう。


 負ける気はない。欠けた左足で着地、万全な右足で踏み込む。左腕だけで剣を持ち上げ、背をしならせ、全体重を剣に掛ける。


 叩き込むのは一撃。交差する爪と剣。


 快音。




 ――砕けたのは、爪のほうだった。


 ガラスの如く粉砕された爪をすり抜けて、さらに一歩。欠損をものともせず、強く踏み出した左足。鋭い足捌きでもって更なる接近を遂げると、竜の腹目掛けて大剣を打ち上げる。


 無論それだけで浮くほど竜の体躯は軽くない。それだけで穿てるほど、竜の体は脆くない。だが、動きを鈍らせるには充分なダメージ足りえる。


 そのまま足と足の間をぬけ、竜の向こう側へ。壊れた足で、何度もつまづきそうになりながらも、前へ、前へと走った。


 長い長い、竜の尾がしなる。鞭のように振り回されるそれを、アランはあえて避けなかった。その代わり、左手でしかと握り締めた特大剣を、何も考えず、力の限りたたきつける。


 金属が打ち合う轟音の後、砕けたのは炎纏う大剣の方。燻る金属片が辺りにばら撒かれた。その衝撃に耐えられず、アランの体は再び宙を舞う。


 だが、竜の尾の直撃を受けることはなかった。吹き飛ばされたのはわざとだ。竜の目には、不敵に笑うアランの顔が見えたに違いないかった。


 古戦場を飛んだアランは、空中で手足を振り回して着地できる態勢まで立て直した。空中で踏ん張りは利かないが、だからこそそんなことが出来る。幾度となく吹き飛ばされてきたアランだからこその芸当であった。


 勢いのまま地面に足をつける。速度を完全に殺しきるまで数メートルもの間地面を抉ったが、そのかいあって、調()()には成功したようだった。


 ようやく静止した彼の傍らには、まこと銀に輝く剣があった。石人族(ドワーフ)の女鍛冶師より貰い受けた、王銀鋼の大剣である。


 左腕しかなかったが、それでも人ならざる身の膂力で扱うには充分。がしりと掴んだその剣を、一挙動で肩の上まで掴みあげた。


 アランが振り返ると、竜まではおよそ、二十メートルほどか。竜もまた旋回を終え、彼のほうを向いていた。


 正真正銘、成功しても失敗しても、最期の一撃になるだろう。アランは乾ききった炭の腕に、ぐ、と全力を込めた。


 駆け出す。後一撃、後一撃で良い。欠損部から、段々と崩れだす体を叱咤して、アランは走った。


 竜もまた走る。その力強い四肢で持って地をけり、背の翼をはためかせて加速する。その速さは空を飛ぶ鳥よりもずっと早かった。


 勝負は一瞬。瞬き一つほどの時間で射程距離へと迫った両者は、それぞれ正反対の行動をとった。


 すなわち、回避か、攻撃か。アランが取ったのは、回避の方だった。


 今まで前進へと向けていた力を、無理やりに左へと向ける。竜の体躯では、いきなりの方向転換は難しい。


 虚を突いて竜の進行方向から脱したアランは、転がった体を剣で地を打って無理に起こした。勝負は一瞬、されど、その一瞬を見極めそこなったほうが負けるのだ。態々、相手の最強の攻撃にあわせてやる理由などどこにもない。


 そして、刹那の戦い、その経験なら――アランの方が上だ。


 竜はアランの姿を捉えるべく、首を回した。そう、まわしてしまった。普通なら、誰であろうとそうする。敵の姿を捉えていなければ戦えないのが当たり前だからだ。


 だが、アランはほかならぬ、その行動を待っていたのだ。回避も防御もできない、確認という一手を。


 形の残った右足で、地を割らんばかりに踏み込む。腕のしなり、腰のひねり、体重操作、その全てを山よりも硬き剣に乗せた。


 一投。


 人ならざる膂力と体重を、余すところなく注ぎ込まれた剣が、風よりも早く飛ぶ。崩れかけた体で全力を込めた反動で、アランの四肢が、脆くも灰となって砕け散った。


 もはや目も見えなかったが、竜の額を叩き割る確かな音に、きっと勝ったのだろう、とアランは満足した。


 そうして、目を閉じて、全身から力を抜く。


 その(まぶた)の向こう側に、真っ暗な視界の中に、懐かしき父と母の顔を見た気がして。


 ――ああ、父よ、母よ。ここが俺の、おしまいの地なのか。


 彼は優しく笑った。それが最期だった。

次回、最終話です。

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