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おしまいの地でまた会おう  作者: 秋月
第一章 救われぬ道を行く男
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第三話 昔と今

 ふとアランは、自分がまだ息をしている事に気付いた。


 不思議に思って、彼はゆっくりと目を開ける。そうすると、木製の古めかしい梁が見えた。


 光が彼の寝ている場所へと差し込んで、彼は少し目を細める。少なくとも、あの世ではない。どうやら、死に損なったらしかった。


 ぐい、と地面を押す様にしてなんとか上半身だけを起こす。ここは、と呟きながら視界をめぐらせても、記憶は無い。彼の記憶は依然として、石畳に顔面を打ちつけた所で停止していた。


 彼が寝ていたのは、見慣れないベッドの上であった。敷布団(ベッドパッド)は相当固く、安物なのだろうと分かる。


 アランの愛用してきた剣は、彼が寝ているベッドの脇に立てかけてあった。ボロボロになって、剣身にはいくつも欠けが見える。無銘の剣だ。数打ちの品で、品質もあまりよくない。だが、彼が持つ、唯一の武器である事に変わりは無かった。


 不意に部屋に気配を感じて、アランは急ぎそちらを向いた。その手には、無意識に剣の柄に掛けられている。


 扉の前には、何時の間にか女が立っていた。背筋がピンと伸びていて、立ち姿には隙が無い。少なくとも、彼のそれよりも洗練された立ち方であろう。


 アランは、その姿に何処か見覚えがあった。ずっと前、まだ子供を卒業したばかりの頃、別れたきりになっていた幼馴染の顔に良く似ていた。


「変わらないな、アランは」


 ふ、と苦笑した彼女は、全身から少しだけ力を抜いた。やや隙のある立ち姿は、ようやくアランの記憶にいる姿と一致した。


「……まさか、カーラ、か?」


 しばらく呆然としていた彼が、ようやく紡ぎだした言葉がそれだった。


 髪は整えるのが手間という風にざっくりと切られた、赤毛のベリーショートだ。穿き物はスカートではなくズボンで、やや目つきの鋭い勝気な彼女に良く似合っている。立ち振舞いが熟達した剣士のそれでも、彼女は変わりないようであった。


「まぁ、なんていえばいいか分からないが。ともかく、久しぶり」


 カーラは、何処か困惑した様子を隠さず、後ろ頭を軽く掻いていた。それを見たアランは、ふと思い出す。ああ、彼女は隠し事が苦手であったな、と。


 昔の暖かな思い出が脳裏に走り、彼の心は少しだけ軽くなった。だが、表情は変わらず、石でも張り付けたかのような無表情のままである。かつての友人と再会しても、彼の心が休まる様子は無いようだった。


「ああ、久しぶりだな。どの位になる? 七年か?」


 八年さ。カーラがそういうと、アランはそうかといってベッドに腰掛けた。古臭い、いかにも安物なベッドがギシリと音を立てて軋んだ。


「ここは?」

「ここは私が受け持っている孤児院さ。とはいっても、経営は別の奴に任せているがな」


 孤児院。その言葉に、アランは今一度ぐるりと部屋を見渡した。孤児院なら、なるほど納得である。質素に過ぎるつくりのベッドや部屋は、宿屋には似つかわしくない。


 カーラがつれてきてくれたのだろうか。アランは彼女を見たが、彼女は窓の外を見ていた。


 そして、静かになる。


 少し戸惑っているような空気が漂っていた。


 懐かしさはあるが、何を喋れば良いのか分からないのだ。互いに変わらないとは言いつつも、彼らの外見はすっかり変わってしまっている。外見に覆われた何かも。


 知っているはずの声。知っているはずの喋り方。しかし、決定的なほどに何かが違う。欠けた歯車が上手く回ってくれないように、彼らの会話は弾みそうにも無かった。


「その……体は大丈夫なのか?」


 しばらくして、カーラが口を開いた。


 顔は外を向いたまま、目だけがアランの方に向けている。遠い過去の彼と照らし合わせているようにも見えた。


 その言葉に、改めて自分の体を確認するアラン。全身に渡って付いていた無数かつ多種多様な傷は包帯が巻かれ、膿んでいたであろう箇所には綺麗に洗い流され、布を当てられたであろう痕がある。


 全身が乾いた血と埃にまみれている以上、洗い流された部分は浮き出ている様に分かりやすい。


 軽く肩を回しても、痛みすらない。軋んでいた間接の痛みも殆ど無い。一般のそれとは少しズレているが、アランにとっては、"快調"と言って差し支えなかった。


「問題ない。むしろ、前より調子がいい」

「そうか。……まったく、驚かせるなよ。傷だらけで倒れているなんて、お前らしくも……いや」


 言葉を途中で切り、カーラは困ったように笑った。


「そういえばお前は、そういう奴だったな」


 本当に、どうしたら良いのか分からない。彼女がそんな顔だった事だけは、彼の頭に強く残っていた。




 とにかく飯だなといわれ、カーラの肩を貸されながら、アランは孤児院を歩く。


 そこまでの広さはない。むしろ、一般的な孤児院よりも少し小さめ、というべきか。アランはゆっくりと周囲を見渡しながら思った。


 目立つのは、修繕の跡だ。どうみても、しっかりとした大工の手によるものではないだろう。


「……経営、うまくいっていないのか」


 思わず、といった風に呟かれた言葉に、カーラはしばらくの間答えなかった。だが、不意に溜息をつくと、ようやく口を開いた


「ああ。私が付いていながら、情け無い事だが……。つい先日、支援も打ち切られてな」


 アランの肩を支える手に、無意識的に力がこもる。声に出してこそいないが、悔しいはずだ。昔から人一倍、責任感は強かった。今もどうやら、変わっていないようだと、アランは場違いにも思った。


「借金こそしていないが……時間の問題、といわざるを得ない。……まぁ、安心しろ。お前一人分ぐらいの飯は賄えるさ」


 そう言って肩をすくめて、カーラがアランを食事場まで案内しようとしたときだった。




 絹を裂くような悲鳴が響く。




 女の声だった。その声に、カーラが猛烈な勢いで駆け出し、アランもそれに習って走り出した。既に傷は癒えている。空腹や疲労からくるけだるさも、先の悲鳴で既にかき消されていた。


「孤児院の中からか?」


 彼がそう呟くと、玄関側に曲がりかけていたカーラは転身して、反対側の扉を蹴り開ける。打ち壊さんばかりに入れられた力によって、扉は開け放たれ、二人は中庭へと飛び出した。


 飛び込んだ中庭には、しりもちをついたシスターらしき女と、それへ向かって爪を振り上げた異形の怪物――悪魔(デーモン)の姿があった。

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