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おしまいの地でまた会おう  作者: 秋月
第三章 おしまいの地で――
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第二十六話 腐乱巨人

 ひゅう、と乾いた風が吹いた。砂塵が巻き上げられ、アランは無言で目を細め、砂から目を守る。


 ユーベルハイド古戦場――人魔ともに大きな被害を出し、その果てに休戦という結果になった、稀有な戦場の一つ。彼はその中をゆっくりと歩き出した。


 足元には壊れた武具の類が散乱している。それらを避け、時には靴よりも硬くなってしまった足裏で踏み砕きながら、アランは戦いのことを思い出していた。


 ここで一人しに、ここで二人殺し、ここで一撃食らった。一歩歩く度に、戦場での記憶が思い起こされる。それはあたかも、幽霊にでもなって、かつての戦いを見ているかのようでもあった。


 彼自身自覚していないが、その記憶力こそが彼の持つ力の中でも最もたるものであった。


 覚えたと自身で感じとったものは全て、必要になれば引き出せる。人の記憶が戸棚だというのなら、彼の戸棚は全て几帳面に整えられ、帳簿が付けられているといえば分かるだろうか。


 その能力は賢者(セージ)にこそ最も必要とされるもの。本の無い寒村で生まれたのが、彼の人生の分岐点だったといっても過言ではない。


 アランは剣を肩に担ぎながら、全てを鮮明に思い出していく。


 ――そう、たしか此処にきたところで――


 振り返りぎわ、アランは肩に担いでいた(くすぶ)る大剣を振り抜いた。もはや刃が分厚すぎて長方形の板に――つまり鈍器に近い形状のそれが、彼の背後に立っていた何かを吹き飛ばす。


 それは、あたかも人骨が立って動いているかのように見えた。だが、もはや鈍器たるその特大剣を受け、動く骨は剣を振り下ろす時間すらなく粉々に砕かれる。


 動人骨(スケルトン)――不死なる者(アンデッド)の名かでは最も一般的かつ、最も数の多い類の怪物だ。名の通り、人の骨が動き出し、人に害をなすようになったものをさす。


 頭部に存在する核を砕かなければ、ゆっくりと接合し、回復してしまう。ろくに生死確認の出来ない戦場では致命的なほどの特徴だが、しかし全身の骨と言う骨を砕かれ、さすがに復活できなかったらしく、動く気配は無い。


 そして再び振り向いたディロックは、極物静かな顔と声色のまま言葉を吐いた。


「出てこい、魔族。居るのは分かっている」


 いかに謎の多い不死なる者といえど、分かっている事はある。例えば、人の屍骸がある場所にしか出現しないことや、ある程度時間がたたなければ出ないこと、そしてしっかりと埋葬された死体からは出ないこと。


 たしかに此処は古戦場だ。埋葬されていない死体など山とある。そして長らく放置された死体も、また同じくある。


 しかしながら、彼が通り過ぎた瞬間、突如としてただの骨が不死なる者(アンデッド)となるなど都合が良すぎる。少なくとも彼は、その様な事例を耳にしたことがなかった。


 なら、信じられないことだが、それを引き起こした何者かがいるのだろう。あるいは突如として不死なる者になる稀有な例だったとしても、彼には関係なかった。


 何も無かったように見えた死体の山の上に、突然、その姿は現れた。


 血のように真紅のマントローブ。今は隠していないそれは、こうもりやドラゴンのものにも似た、魔族の翼である。


「……またあった、というのも少し不思議な表現になるか、哀れな男よ」


 積み重なり、折れ重なった死体の上に立った魔族の男は、どこか他人事のようにうそぶいた。無表情なままのアランとは正反対に、男はしかめっ面をしていた。


 比較的――人の基準で言えば――年若い顔をした魔族は、アランが剣を構えないのを見て、また口を開く。


「何故私の邪魔をする? お前にとって、もはや人を守る理由もあるまいに」


 それに対しアランは、さてな、と呟いた。何日かぶりに初めて発した言葉だった。


 何がしたいのか。その問いに対して、彼は明確な答えを持っていない。あてどもなくさまよい、衝動的に悪魔を殺し、酷使によって人よりも早く死に行くであろう体を引きずって、ただ惰性で剣を振るっていただけだ。


 曖昧な返答に、魔族は顔をしかめて溜息をついた。だが、まだ戦うという気はないのか、いまだ死体の山の上で彼を睥睨(へいげい)していた。


「まぁ、いい。お前の行動原理など……お前は敵。それだけ分かれば良い」


 自分に言い聞かせるように呟いて、魔族はアランから視線を外した。と同時に、魔力のうねりを感じて、アランは燻る大剣を構えた。


 ズグ、という異音。


 死体の山が(うごめ)いている。元の人の形を忘れて、液体のように変化し始めたそれは、ゆっくりと山の中央に集まりだす。


 死体の山だけではない。周りにあった腐乱死体、白骨死体、全てが吸い寄せられるように液体と化して、屍の山に過ぎなかったはずのそれは、見る間に腐臭を放つ巨大な怪物へと変貌した。


 大きさはおよそ、十メートルほどになるだろうか。以前ユーベルハイド古戦場に現れた動巨人骨ジャイアントスケルトンがおよそ八メートルほどだったことを考えれば、彼が見た中では最大の不死なる者となるだろう。


 巨大な腕。巨大な足。それに比例して桁違いに大きな胴体と頭。全てが人間を何倍にも大きくしたかのようなどこか滑稽な姿で、顔のあったはずの頭部には、真っ黒なばかりの穴が四つ開いているだけだ。


 身じろぎする度に体を構成している腐肉が落下して、異臭を辺りに撒き散らす。(はえ)が凄まじい勢いでたかっているが、怪物の体に触れた瞬間、全ては腐り落ちて死んだらしい。あっという間に蝿の一匹も居なくなった。


 ――腐乱巨人ロトンジャイアント。彼の覚えている中で同様の怪物は居なかったが、この怪物に名をつけるとするならば、それが最も正しい表現だろう。


 腐り落ちる巨人は、比較すればアリのような大きさに過ぎないアランを、威嚇するように吼えた。


「ヴォオオヴァアアアア――ッ!」


 空気がゆれ、轟音が彼の耳を強かに打ちつける。思わず顔をしかめながらも、しかし彼は、燃え燻る大剣を両手でもち、大上段に構えた。


 どう考えどう見ても、無謀な戦いだった。魔族はそれをあざ笑う事もなく、中空に己が翼で浮かび上がりながら、彼に向かって冷ややかに死を告げた。


「元"狂戦士"アラン。誇りもなき惰性(だせい)の戦士よ、ここで死ね」

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