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おしまいの地でまた会おう  作者: 秋月
第二章 刃を握る理由
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第二十四話 約束の地はいずこ

 巨大樹を掻き分けるようにして、湿り気を帯びた重い足音が響いている。アランはそれを立ち尽くしたまま聞いていたが、剣を鞘から抜き放つと、ゆっくりと音の方へ振り返った。


 アラン二人よりも尚大きい。どれだけの大きさなのか彼は咄嗟に判断がつかなかったが、およそ五、六メートルと言ったところか。


 腕も足も丸太のように太く、指は左右それぞれ四本。およそ人間を模した形のそれの頭頂部には、二本の赤熱した角が隆々と立っていた。


 その悪魔の全身いたるところに亀裂のような跡があり、その間からは溶岩のような赤い光がちろちろと出入りを繰り返している。纏った熱は周囲の空気を熱し、光をゆがめていく。


 逃れようも無く異形にて強力たるそれは、高位悪魔(ハイ・デーモン)が一体、『炎宿す指先(イ・ムーア)』と呼ばれる悪魔であった。


 悪魔という種族にしては意外なことに、『炎宿す指先』は言葉を使って人を貶める事は無い。大衆を絶望に(おとしい)れようともせず、絶望を撒き散らす事もしない。


 彼らの根本にあるのは命令と、自らの纏った炎を鍛えようとする意思だけだ。そこに人を痛めつける理由は無い。


 しかし、アランにはどうでもいいことだった。相手がどんな種類の悪魔で、どんな命令を受けていようと、戦うだけだ。そうしている間だけ、彼は自分の中の暗闇に向き合わないで済んだ。


 怪物とアランが対峙する。距離はおよそ六メートルほど。怪物の歩幅を考えればいささか短すぎると言ってもいいが、アランにとっても有利な距離ではあった。


 パキリ、パキリと全身の表皮をゆっくりと剥落させて行きながら、炎の悪魔は腰を落とし、拳を大きく後ろに引いた。


 アランも同時に剣を大上段に構える。剣を頭ほどに高い位置に持ってきてしまうと、防御はほとんど無いにひとしい。足も胴もがら空きで、とても対応しきれないからだ。


 だが、故にこそその構えから繰り出される攻撃は強力無比。もとより生きることに執着の無いアランが使うにはもってこいの構えであり、事実、この構えの時に負けたことは一度も無かった。


 怪物が踏み出す。アランも鋭く踏み込んだ。互いの攻撃が、燃え盛る拳とまこと銀にきらめく刃がぶつかり合う。はげしく金属のぶつかりあう音が鳴り響き、アランの方が吹き飛ばされるようにして後方へと下がった。


 手が熱い。見れば、先ほどの一当てだけで、既に手の皮の一部が焼けてしまっていた。恐るべき火力である。


 しかしアランの攻撃を受けた悪魔とて無事ではない。痛がりこそしないが、四本あったはずの指が先ほどの攻撃で切り飛ばされ、三本へと減っている。断面からは溶岩のように揺らめく赤が見えた。


 再び振るわれる拳、剣。ぶつかり合う音。今度は互いに、よりダメージが少なかった。


 一合。一合。また一合。アランも悪魔も次々に攻撃が加速し、隙がなくなっていく。最終的に、ほぼ腕を動かしていない時間が無くなって行く。


 また一撃、拳と剣がぶつかり合う。火の粉が巻き上がり、高貴な銀の光がきらめく。


 互いに愚直な攻撃手段しか持たないが故に、その戦いは単純明快だ。己の攻撃が相手の攻撃を貫いて殺せば勝ち。貫かれれば負けだ。


 しかしこのままでは埒が明かない。アランは無言のままにそう思った。膂力は向こうの方が上。剣を含めた攻撃力はこちらのほうが上。結果実力は均衡しており、乱打戦は目にも留まらぬ勢いと化す。


 だがアランも悪魔も、永遠に打ち合いを続けるほど馬鹿ではない。ある一撃を境に飛びのくと、また別の技を繰り出した。


 悪魔が離れた位置から大きく腕を振るうと、腕の亀裂から溶岩の粒が無数に飛び出した。たとえ小さい粒だとしても、それは高温の岩が溶けたものなのだ。当たれば無論、只ではすまない。


 しかも近接主体の悪魔の膂力で撒き散らされたそれは高速かつ広範囲だ。並の戦士では到底避けられるものではなかった。


 だが、アランもまた並の戦士など比べ物にならない。たとえまがい物でも、彼は少数精鋭にて、対魔王のためだけに作り出された特務隊たる勇者隊に所属していた男なのだ。


 一つ踏み込み、半身で一つ避ける。続いて飛んできた溶岩粒を首を傾けて避け、さらに踏み込む。胸板目掛けて飛んできた一つを王銀鋼の剣で受け止め、前へ、前へ。


 溶岩粒の大波を、技量一つで掻き分けていくその姿に、怪物はさらに左右の腕を順にふり、更に溶岩(つぶて)を飛ばすが、アランはさらに前へと歩く。


 そこで怪物も、ようやく焦り出した。何故なら、強力無比に思えるその溶岩飛ばしには、多大なリスクがあったからだ。


 一つは、自らの中の溶岩を飛ばすという性質上、使いすぎれば熱量は下がり、それに比例するように怪物の脅威度も下がっていくことだ。いかに恐ろしい膂力を持っていても、アランもまた同等の力を持っているのだ。


 武器の差を考えれば、アランと熱の無くなった悪魔、どちらが勝つかは明白だ。


 二つ目の弱点は、腕を振り回し溶岩を飛ばす間、怪物も動けない事。溶岩を勢い良く飛ばすために、腕を大きく振り回す必要があるのだが、自分自身をも振り回す筋力を制御するには、両足を地面に固定する他無い。


 となると、その場を動く事は出来ない。動くとすれば溶岩飛ばしをとめるしかないが、そうなればアランが一気に駆け出してくるだろう。一振りの元に首を断つ程度、彼にできないはずもない。


 ならばどうするか。一人の戦う者として、悪魔は考えた。この状態を維持し、じわじわと進まれ切り殺されるか。迎え撃つべく溶岩飛ばしをやめて殴り掛かり切り捨てられるか。火を宿す悪魔は第三の選択肢を選んだ。


 一歩、前へと踏み出したのだ。渾身の踏み込みと同時、腕を振るい、アランを牽制しながら。


 予測していた軌道が変わったアランは目を細めたが、しかしそれだけだ。焦りの色は何処にも見えない。溶岩を振り払い、身をかわし、さらに前進する。


 しかし悪魔とてさるもの、自らを振り回す筋力を利用して不規則な前進を行うと、溶岩飛ばしをやめてすぐさま彼へと殴りかかった。互いに前進下が故に、もうさほどの距離はない。


 ぶんと振り切られた拳と、銀に光る剣が交差し、ふたたび甲高い金属音。だが、どちらが勝ったかは明白であった。


 丸太ほどもあった腕がくるりくるりと宙を舞う。悪魔は痛みを感じないその体で、反対の腕を振りまわす。剣を振り終わった後の彼は咄嗟に対応できず、直撃し吹き飛ばされた。


 これ以上の機会はない。そう判断した怪物は強く奮起し、全力を注ぐつもりで飛ばされたアランの後を追った。王銀鋼の剣はその腕から落ちており、防御の手段はない。


 片腕だけとはいえ、悪魔が全力を込めた一撃だ。当たれば、頭が熟れた果実の如く吹き飛ぶのは目に見えている。


 だが彼は諦めなかった。


「お、オ、オオオァァ――ッ!」


 死への恐怖から硬直しそうになる体を、気合の咆哮とともに無理やり動かす。視界の左端に剣が見える。なら左か? いや、右だ。彼の戦闘勘が強く叫ぶ。


 とっさに右手側へと転がったアランは、腰帯に挟み込んでいた折れた剣を引き抜いた。倒れた状態で力は入らなかったが、自分から飛び込んできているのだ。なまくらの刃が悪魔の顔にめり込むのはすぐだった。


「……みご、と……」


 その眉間に折れた刃を突き刺されて、怪物はその一言だけを確かに呟き、ゆっくりと膝を突いて崩れ落ちた。




 彼はしばらくの間呆然としていたが、雨が降り始め、ようやく動き出した。怪物に突き刺さっていたはずの折れた剣は、悪魔を吸収したのか、はたまた悪魔に吸収されたのか、巨大な板のごとき大剣へと変貌していた。


 それが何か、彼には分からなかった。だが、降り始めた雨の中、衝動的にそれを拾い上げると、王銀鋼の剣もまた鞘へと差し込んだ。


 転がった時に土だらけになった体をひきずるように、アランは歩き出した。その果てに、約束の地があることを――自らがたどり着く、終着点があることを祈って。


 誰も彼の名を呼ぶものはいない。雨はしとしとと巨大樹の森へふりかかり、その背中をゆっくりと、薄い霧の中へと飲み込んでいった。

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