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おしまいの地でまた会おう  作者: 秋月
第二章 刃を握る理由
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第二十三話 そして一人の道へ去る

「助かるわ! 数が多すぎて大本どころじゃない、どうにか数を減らして!」


 ユリンがすぐさまそう叫ぶ。周りの長耳族の者達がぎょっとした様子で彼女のことをみたが、彼女はまったくきにすることなく戦闘を再会した。


 長耳族は偏屈で頑固な物が多いことで有名だ。中には我らこそが至高の種族と言ってはばからない物もいるほどだ。種族柄、他種族の干渉を嫌う物の方が多いのである。ユリンの行動は異常とさえいえた。


 しかし彼女に言わせれば、そんな彼ら長耳族の常識こそ異常である。必要ないちっぽけなプライドで、たった一つしかない長い生を投げ打つというのはただ愚かなだけだ。


 賢い頭で考えればすぐに分かることだ。彼女は他種族からの救援を拒むことなど無い。


 アランはそんなユリンのことを見ながら、ひょいと大剣を肩に担ぎ直す。王銀鋼の名剣は、以前使っていた数打ちよりもよっぽど重く、鋭い。下手に力を抜こうものなら、肩ごと切り裂いてしまいそうに思えた。


 そして背後より襲い掛かって来た悪魔を袈裟懸けに切り捨て、彼はぼそりと一言、分かった、とだけ呟いて剣を握る手に力を入れた。




 前方に捉えた石の悪魔(ストーン・デーモン)の胸板へ向かって剣を突き刺し、蹴りつけて刃を引き抜き、その勢いのままに横の悪魔も切り払う。


 叩き切る、叩き切る、叩き切る。長耳の里を襲った悪魔の数は膨大であり、一瞬たりとも止まれば四方八方からたこ殴りにされるのは目に見えている。うろたえ、逃げ惑う長耳族の中で、ディロックは戦士たちとともに戦っていた。


 その動きが止まることは無い。もとより勇者にこそ劣っていても、何十何百と死闘を潜り抜けてきたのだ。その身のこなしがそんじょそこらの悪魔に負けよう筈も無い。


 一撃、一撃、また一撃! 拳を振り上げ、自分を襲おうとしてたはずの悪魔を切り裂く王銀鋼の刃に、長耳族の男は一瞬呆然とした。


「おい。さっさと行け、邪魔だ」

「あ、ああっ!」


 また一人後方へ逃がしながら、アランは無心に剣を振り回した。幸いにも、この名剣はたやすく石の悪魔の皮膚を裂いていくことが出来る。一撃で屠れるからこそ、彼は止まることなく戦えていた。


 今の所襲撃の動揺も収まりつつあり、徐々に長耳の兵達が石の悪魔を倒し始めている。いかに相性が悪いとはいえ、魔法も含めて戦えば彼らとて負けてはいない。


 ひとまずは落ち着いたのか、と剣を地面へ降ろしたアランは、しかしまだ考えを続けていた。


 ――石の悪魔だけで襲撃など不可能だ。そもそも長耳族の作った結界を越えられない。だとすれば、犯行は内部で起こったという事だ。


 しかし、かなり多くの生贄を代価として払って、呼び出すのが石の悪魔何百対か? 割りに合わない。魔族は常に計算高くずる賢い、きっと何か裏がある。これだけ派手に襲撃を行った裏。


「……隠れ(みの)か」


 彼がぼそりと呟いた瞬間、ちょうど石の悪魔最後の一体がユリンの槍に刺し貫かれる所だった。怪物を苦悶の声とともに、手を何度か天へ向かって動かしたが、しかしそのまま死んだ。もう、ただの石くれだ。


 ユリンはアランを見つけて歩いてくると、槍を手に持ったまま小さく頭を下げた。


「ありがとう、助かったわ。あ、いえ、助かりました」

「改めなくていい。俺はそんな凄い人間じゃない」


 言葉を丁寧に言い換えようとした彼女にそれだけ告げて、アランは自分の本題に入った。


「陽動? この作戦が?」

「この作戦が本気で里を落としに来ていたのなら、石棍の悪魔(ブロウ・デーモン)が一匹もいないはずが無い」


 それに、結界を越える術があるなら、そもそもより高位の悪魔を召喚していただろう。個の力より群の力と言うものの、こと上位悪魔にいたってその言葉は適応されない。


 一匹で万軍に勝るといわれた悪魔もいる。五十の頭に百の腕、そして山のごとき巨体を持った百の手の悪魔(へカトンケイル)などが代表格である。


 里を落とすことが目的の作戦であるなら、それらが一体もいないのはおかしい。資料を見る限り、強さは下から数えた方が早いが、それでも上位悪魔が呼び出せる程度の(にえ)はそろっているはずだ。


「……分かったわ、私のほうから父さんたちをなんとか説得して防衛をもっと強化させておく。アランは……」


 ユリンはそこまで言って、ふと黙り込んだ。アランの姿を見ているらしい。剣の柄を握り締めたままの手は、彼がまだ臨戦態勢である事を明確に示唆していた。


「客人だから守られてて欲しいのだけど……。一応、戦いの準備はしておいて。用があったら後で兵を使いに出すわ」

「了解した」


 剣を鞘にしまいこみ、アランは死体の片付けを手伝い始めた。それ以外にすることも無かったからだ。襲撃の警戒はそれを得意とするものが既にやっている。


 なら、今自分がやるべきことは他にある。アランはそう考えて、死体を片付けていく。


 とはいっても、適当に引きずって、一箇所に纏めていくだけだ。たしかに重たいは重たいが、引っ張っていくだけならアランの筋力でも問題は無い。重ねると、むしろ崩れた時危ない。適当にまとめておくだけでよかった。


 時折生きている悪魔もいたが、近くの長耳兵か、アランがその胸板を叩き割って改めて殺す。慈悲など無い。悪魔は人を殺し、人も悪魔を殺す。それが世の常であり、躊躇した方が死ぬのである。

 そして、悪魔(デーモン)は躊躇しない。


 そうして石の悪魔の死体を適当に集積すると、長耳兵のように休憩するでもなく、アランは身を翻した。ちょうど近づいてくる気配を感じたからだ。


 近寄ってきたのは、無論長耳の兵であり、他の兵よりも身軽そうな装備を身に纏っていた。ユリンからの使いだ。


「失礼、あなたがアラン殿ですね? ユリン様より使いできました、警備強化の話は通ったそうです。」

「そうか。分かった」


 伝令はアランの一言に綺麗な一礼を見せた後、素早くその場を後にした。戦闘の跡が著しい街をゆっくりと一瞥して、ようやく彼は剣から手を放す。


 そして、誰に止められることもなく、不安気な人々の間をすり抜けて、ふらふらと幽鬼のごとき足取りでアランは里を出て行った。門番に止められなかったのは、ユリンのはからいだったのだろう。

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