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おしまいの地でまた会おう  作者: 秋月
第二章 刃を握る理由
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第二十二話 襲撃の時

「おい」


 ハッとして、アランは口元を拭いながら顔を上げた。ツンと立ち込めた異臭のなか、顔一つゆがめる事なく、ルイが目の前に立っていた。


 姿が見えないところを見るに、どうやってかは知らないが、ユリンは撒いて来たらしいかった。


「ほら、水飲みな。喉、痛めちまうぞ」


 差し出された水筒は、長耳族(エルフ)独特の、木から削りだした独特の形をした容器だ。そろそろとそれを受け取ったアランを見ると、ルイはふん、と小さく鼻を鳴らした。


「何があったかなんぞ聞く気は無いがね。隠したいんだったら、ユリンに吐いてるような所、見せるんじゃないよ」


 あのお節介は、余計な事にまで口出すからねぇ。


 その口調は、そのお節介を咎めるものなのか、それとも何年となく付き合ってきた友人に対する心配なのか。アランには分からなかったが、少なくとも似た様なものなのだろうとは思った。


 なにせ、アランとレイルの関係がそんなものだったのだ。多少、似通っている程度のことは分かった。


「……分かった。……聞きたいんだが」

「なんだい?」

「俺はもうこの里を出られるのか?」


 彼の問いに、ふむ、とルイが小さく俯いた。だが、すぐにその顔を上げると、答えを放つ。


「多分、まだ無理なんじゃないかい? 長老どもはユリンと違って疑い深いからね」


 そうか。小さく呟く。


 できれば早く出て行きたかった。静かな場所、暖かな場所。人情や友情の類は、今の彼にとって天敵以外の何者でもなかった。


 自分の中の()を突きつけられているような気分になるのだ。その度にアランの胸は激しく締め付けられ、この穴を埋めなければという衝動に駆られる。


 だが、そんなことが出来るはずもない。アランの今までは、全てレイルと居ることで満たされていたのだ。それが全て抜け落ちた彼に残ったのは、命を削る事に躊躇しない、人間ですら無い何か。


 そうして穴は肥大化する。何時かそれが、自分を全て食らいつくしてしまうような、漠然とした不安が残っていた。どうなってしまうのか分からず、それが只ひたすらに怖かった。


「まぁ、一週間もあれば――」


 不意に、ルイが言葉を切って、アランから視線を外した。急に険しくなった彼女の目に、ただならぬ気配を感じた彼もまた耳を済ました。


 何かが聞こえる。何かを打つ音だ。だが、金属を打つ音にしては低すぎる。では鍛冶の仕事による物ではない。となると、可能性はほとんど限られてくる。


「……聞こえたかい」

「ああ。北東側、打撃音……石の悪魔(ストーン・デーモン)か、あるいは石棍の悪魔(ブロウ・デーモン)だろう」


 アランが上げた名前はどちらも中位悪魔だ。それは少なくとも、一般人が対抗できる階位に無い事を表している。


 ルイはそれを聞いて、少し青ざめた顔で、腰に下げた短剣に手を掛けた。見事な意匠が施された銀の鞘は、入っているものも相当な品である事を暗示している。


 だが、彼はそれに手を伸ばし、押し留めた。ルイが怪訝そうにアランの方を見上げる。


「戦い慣れていないなら、行かない方が良い。かえって邪魔だ」


 剣が良くても、使い手がどう使うかで、その価値は大きく変わる。立ち振る舞いからして、ルイも一般人よりは戦えるのだろうが、少なくとも中位悪魔と戦って勝てるものとは到底思えなかった。


 彼の言葉に、渋々とルイが剣から手を放す。そして、次にまたアランの顔を見上げて問い掛けた。


「あんたはどうするんだい。……っても、愚問かね?」

「無論、行く。悪魔が居るなら、殺さねば。魔族の行方が分かるやも知れん」


 それは、ただの名目だ。アランの脳裏に、そんな言葉が走った。


 本当は、忘れたいだけなんだろう。戦いたいだけなんだろう。ぐわんぐわんと頭の中で響くその言葉に、彼は小さく頭を振った。


 事実、血を流し剣を振り回している間は、自分の空虚さを忘れられた。だからこそ、彼は無謀にも怪物を追い回し、狩るのだ。戦いを求めて。


 ただ依存した戦いの先に何も無いとしても。


 アランは新たな剣を担ぎ直すと、音の方へと向かって走り出した。かちり、かちりと不思議な足音が響いて、しだいにその姿ごと、長耳の里北東部へ向かって消えていった。




 金属がこすれあう、不快な音が響く。


 緑銀(ミスリル)の刃先が何度も舞い、血しぶきが舞い、同時に長耳族の里が次々に破壊されていく。


「くそ、何体いるんだ、こいつら!」

「何十と居る、それが分かればいいでしょう! 口じゃなくて手を動かしなさい!」


 最前線に立って味方を鼓舞しながら戦うのはユリンだ。必死の形相で槍を突いては戻し、果敢に戦っている。


 相対しているのは、長耳の長身と比べてもまだ巨体で、はらが大きく膨らんだ異形の怪物である。名を石の悪魔(ストーン・デーモン)といい、名の通り石のようになった肌と巨体が特徴的な中位悪魔である。


 手にこそ何も持っていないが、圧倒的質量と膂力をもって振り回されるそれは、紛れも無く暴虐と破壊そのものだ。緑銀の金属鎧を装備しているとはいえ、長耳族の軽装では耐えられるはずも無い。


 もとより、彼らの基本は回避だ。一撃も受けることが無いように戦うのが基本であり、その一撃に万が一当たった時のための鎧だ。そう頑強に作られている訳でもなかった。


 数の優位さは大きなアドバンテージ足りえない。魔法を使える者達は真っ先に吹き飛ばされ、多くは倒壊した家屋の中に居る。現状、まともに相手できているのはユリン以外に居なかった。


 突き、引く。突き、引く。ユリンの高い技量で扱えば、一流の武器は一流の活躍をする。長耳族らしからぬ鍛えられた筋肉のおかげか、硬い筈の石の表皮はやすやすと貫かれて行く。


 石が激しくこすれる、奇怪で不快な悲鳴が響く。小さく顔をしかめながらも、ユリンは攻撃を止めることなく繰り返した。


 一撃、二撃、三撃、四撃。銀閃が次々と舞って、怪物の体へ確かな傷を加えてゆく。五撃、六撃、七撃目。間髪入れない猛攻に、石の悪魔の体が揺らいだ。


「しィッ」


 絶好のチャンスだ、と槍が深く深く引かれる。膝を曲げ、姿勢を低くし、跳躍への姿勢だ。石の悪魔は体制をたてなおそうとするものの、巨体ゆえの鈍重さが仇となり、ユリンの攻撃に間に合わない。


「ね――ェ!」


 ガン、と石畳を蹴る音がして、ユリンが槍を構えたまま勢い良く飛び出した。風の魔法を込められた矢もかくやという速度のまま突き出された槍は、最も硬いといわれる石の悪魔の胸部を刺し貫き、そのまま背中まで貫通した。


 怪物は突き刺さった槍を抜こうともがき、しかしそのうちにがくりと命を失った。


 素早く槍を引き抜いて、彼女は次の戦いへ備えた。まだ何匹も居る。自分だけが休めるはずも無い。


 しかし、その足は一瞬止まった。凄まじい轟音とともに、一体の悪魔が斜めに両断されたのだ。


 訳もわからないという顔のまま崩れ落ちた悪魔の先に、傷だらけの、襤褸を着た、アランの姿があった。


「……助太刀する」

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