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おしまいの地でまた会おう  作者: 秋月
第二章 刃を握る理由
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第二十一話 狂戦士の死んだ日

 勇者。今はその名で呼ばれる青年レイルは、アランの唯一と言っていい親友である。


 彼がどんな人物かを一言で表すとするならば、勇者と言う言葉がやはりふさわしいだろうか。類稀(たぐいまれ)な剣の腕を持ち、聖剣に認められ、人類側の希望として最前線に何時も立っている。


 そんな運命がどれだけ重いものなのか、アランには想像もつかない。だが、その負担を少しでも減らしてやる事が出来ればと、アランもまた最前線に立つことを選んだ。


 幸か不幸か、剣の腕はそれなりにあった。凡なるを過ぎないものとは言え、少なくとも一兵卒より頭一つぬきんでていた事は確かだ。


 ただ、尋常の戦いでは、それ以上にはなれなかった。優秀な兵士(ソルジャー)ではあったが、英雄(チャンピオン)には到底なれない腕前でしかなかったのである。


 その差は、酷く遠い。いわば、神と人の差だ。天地がひっくり返ってようやく、塵ほどの勝ち目が見えてくるほどの差なのである。


 勇者たる彼の背を支えてやるには、自分があまりにも及ばない事を知ったアランは、自らの身を削り始めた。


 時には敵大将を討ち取るべく、剣を使い、徒手空拳を使い、歯を使い、挙句の果てには折れて突き出した自らの骨すらも武器として戦った。


 人の(てい)すらかなぐり捨て、ただ勝ちを取りに行く。泥と血で汚れたその戦いは、とうとう彼の手を、"英雄"へ届かせたのである。


 そうして"狂戦士(バーサーカー)"の名を与えられ、勇者隊配属となったアランは、勇者となったレイルと共に戦った。長い間、戦い続けた。


 そうして――限界は訪れた。


 路地の壁に背を押し付けながらでも、その光景は生生しく思い出せた。思い出したくなど無くても、記憶は残酷にも、無理やりに彼の脳裏に浮かび上がった。




「……除隊?」


 今よりかは傷の少ないアランは、呆然としたように呟いた。


「ああ、今日付けでな。アラン、お前の除隊届けを国に出してくる」


 金に光る髪を揺らして、青年が言った。それはまるで、苦虫を噛み潰したような顔にも見えた。


 除隊。無論、勇者隊を、である。


 少数精鋭にして、王直属軍。最終的に、魔王の喉元へと食らい付き、喉笛を噛み切るべくして組まれた種族混合の小隊である。


 その任務の都合上、左遷はあれど途中除隊、および離隊は原則的に許可される事は無い。たとえ左遷となれど、貴重な戦力なのだ。失うわけには行かないのだろう。


 だが、唯一それを認められる人間が居る。それこそが、"勇者(ブレイブ)"の名と、世界の命運を担った者だ。アランが居た代で言うのなら、彼の友人であるレイルがそれにあたる。


「……すまない。だが、君がこれ以上無茶をするのを、見ていたくないんだ」


 何もかもが空虚に聞こえて、アランは言葉を飲み込むのにしばらくの時間を要した。


 幼い頃から、友人だった。ともに遊んだし、話したし、考えた。互いのことを理解しているつもりだった。


 裏切られた気分――には、ならなかった。それは、やはりレイルの事を理解していたからだ。勇者と祭り上げられ、聖剣を握り、人類としては二つとない強大な力を持っても、彼は彼のままだった。


 純粋なやさしさだ。それがアランを傷付けることになったとしても、レイルは幼い頃から分かり合ってきた友人を失いたくはなかったのだ。


 レイルの心は分かっていた。しかし、納得できるものではない。


 アランは大きく溜息をついて、鞘ごと背負っていた大剣を投げ捨てた。ずしゃり、と鈍い音が響く。


 青い刀身を持ったそれは、"狂戦士(バーサーカー)"の名と共に送られた国宝級の魔法剣である。使用者に強い精神負担こそ強いるものの、いかなる状況であっても冷静さを忘れさせない力を持つ。


 荒れ狂う風のような戦い方のアランには良くあった剣だった。混乱のさなか、ただ戦うばかりのアランの思考が冴えていたのは、半分以上がその剣のおかげだった。


 それを捨てた。つまりそれは、"狂戦士"としてではなく、アランとして立っているという意思表明だ。


 そして、ぐ、と拳を握ると、アランに向かって粛々と言い放った。


「勝負だ、レイル。俺が勝ったら除隊は取り消せ。お前が勝ったら……おとなしく消えよう」


 こんな馬鹿な戦い、やるべきではない。アランは理性がそう叫ぶのを聞いた。到底勝てるはずはない。


 大体、この戦いを受けるメリットがレイルに無い。勝っても、元々自分が提示した条件が受け入れられるだけで、それは今ここで決闘を拒否して強制除隊としても結果は同じだ。万が一負けた場合、デメリットしか発生しない。


 だが、アランにはレイルが、この決闘を受けるだろうと半ば確信していた。レイルはそういう男だという、長年の付き合いからくる確信であった。


「……分かった、アラン。だが……結果に、文句はつけるなよ」

「こちらの台詞(せりふ)だ、レイル」


 レイルもまた、聖剣を鞘から抜き放つと、地面へとつきたてた。真白(ましろ)の刃が大地へと刺しこまれ、その聖気が地面へと流れ込み、周囲一体が浄化される。


 それを横目に、レイルは聖剣から手を放つと、ゆるく拳を構えた。


 それは、油断しているわけではない。むしろ、最大限にアランのことを警戒しているが故の構えだ。しっかりと型を決めてしまえば、アランに付け入られる隙も多くなるという事になる。


 そして、アランがそういった隙を全く見逃さない男である事を、レイルもまた良く知っていた。だからこそ、ある程度柔軟に対処できるように、余裕を持って構えているのだ。


 対するアランは、強く拳を握り締めると、右腕を引き絞るように後ろへ、逆に左手は盾を掲げるかのごとく前へと動かした。


 たった一撃、全身全霊。正しく一撃必殺の構え。一歩踏み込むと同時に、魔法などの補助を抜きとして、最も強力なる一撃が放てる構えであった。


 徒手空拳であろうとも、勇者たるだけの力を持ったレイルの技には届かない。技の競り合いになれば、そう時間も掛からないうちに負ける。それだけは確かだった。ならばこそ、たった一撃、それに掛ける。


 無謀な事だった。所詮、英雄の端っこにしがみ付いただけの凡夫でしかないアランと、英傑の中の英傑たるレイル。力の差は歴然としており、とうてい、適うわけが無い。


 どれだけの小細工を施しても、レイルに勝てる未来は見えてこなかった。だが、諦めなどつくはずもない。


 せめて、たった一撃で――終わらせてくれ。


 全力の"戦い"ではなく、全身全霊の一撃を選択したのは、そういった理由があってのことだった。


 バンッ! と強く鈍い音とともに、アランが踏み込む。と同時、レイルも滑らかに足を踏み出した。


 振りかぶられたアランの、全身全霊の拳が唸る。最小限の動き、最大限の効果を求めたレイルの一撃が宙を舞う。二人の拳は互いに交差し、そして――

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