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おしまいの地でまた会おう  作者: 秋月
第二章 刃を握る理由
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第二十話 からっぽアラン

 王銀鋼の刃を納める為、アランはルイから鞘を受け取った。その鞘は、一見すると、凄まじく高価な剣を収めるにはいささか質素にも感じる代物だ。


 しかし、仕立ては驚くほどしっかりとしている。魔獣か何かの皮を丁寧になめして鋲で打ち、芯となる木材もそれなりのものを使っているのが見て取れる。これもまた、アランが持っていた剣より価値のあるものだろう。


 だがそこで問題が発生した。鞘を受け取ったはいいものの、それを吊るす場所が無いのだ。


 アランは一応、ズボンに革帯(ベルト)こそつけている物の、どちらも大していいものではない。王銀鋼の重量を耐えるには、いささかやわに過ぎる。


 ルイも同意見で、適当に吊るしてしまえば最後、革帯かズボンかを引き裂いて地面に落下するのが席の山だろうといった。


 まさかズボンまで新調するのか、と顔をしかめた彼だったが、ルイは心配するなと言って人差し指を振った。


「こういう時は、魔法の力に頼るもんだ。石人族が情けないたぁ思うけどね。……お、ちょうど来たよ」


 彼女がそう言って入り口を見ると、ちょうどバン! と大きく音を立てながら扉が開け放たれた。アランも彼女に習って目を向けると、そこには息を荒くしたユリンが立っていた。


「ルイ! あなた、いい加減にしないと怒るわよ! 仮にも耳長族(エルフ)の客人に暴言を吐いた挙句、突然拉致して連れて行くなんて――」

「ほら、ユリン。これにちょいと魔法を刻んでくんな」


 ルイは自然な手つきで彼の持つ剣から鞘だけを抜き取ると、それをひょいっとユリンへ向かって投げた。


 慌ててそれを受け取ったユリンは一瞬首をかしげたが、すぐに怒りが再燃したらしい。ごまかせなかったか、とルイは顔をしかめた。


「ルーイーッ! あなたは何時もそう! 下手なごまかしはもう効かないわよ、今日と言う今日は貴方に客人の扱いの何たるかを教え込んであげるわ!」

「わぁかった、わかった! 分かったから、四の五の言わずにさっさと魔法掛けとくんな。『軽量化(コントロールへヴィ)』だ」


 ルイはこれっぽっちと反省していない口調のまま注文を告げる。ユリンは、納得していないように二、三何かを長耳語で――恐らく、本当にしかたないんだから、と言ったところだろう――ぶつぶつと呟くと、そのまま魔法を詠唱した。


 それは、驚くほどに早い詠唱だった。


 アランは眉を上げ、少しばかり興味深げにそれを見た。攻撃用の魔法を唱えている時は、少なくともこれほどに早くは無かった筈だ。


 魔法の力を持った言葉を、一つ紡ぐ、二つ紡ぐ。まさしくあっと言う間というのが正しいだろう。


 魔法化(エンチャント)を行う際、魔法使いには正確な詠唱が求められる。失敗するならまだいいが、下手をして中途半端に出来てしまったとき、剣が折れる程度で済めばまだましだ。


 最悪、工房一つ吹き飛ばす可能性もある。魔法の文字が刻まれた物が有する魔力にもよるが、少なくとも人一人は簡単に吹き飛ばせる威力が出るはずだ。


 それをいとも簡単に。それも、早く唱えなければならない攻撃魔法よりずっと早く築き上げて行く。魔法を扱えない彼ですら、めまぐるしく回る魔力の渦が見えた。


干渉(ノレフ)――重力(ノルニ)――変化(ハムト)――付与(オスト)。『軽量化(コントロールへヴィ)』『付与(エンチャント)』」


 ふわり。


 魔法の光が彼女の指を伝って、質素な装いの鞘へと流れ込む。それは僅かな燐光を伴いながら、確かな文字の形へと変わっていった。


 超常の力、その一端。真なる言葉を刻み込む事で、恒久的に魔法を発動させる魔法化(エンチャント)である。


 光を失い、文字が虚空へと溶けて行く。だが、魔法の力を持った言葉は、鞘に刻まれたのだろう。見た目からでは分からないが、渡された鞘は、羽毛ほどの重さしかないものだった。


「ほら、終わったわよ、ルイ。こっちに来なさい」


 ユリンは、彼へ鞘を手渡した直後、ルイへと向かって言った。


 それは慈母のような表情でこそあったが、声は極寒に澄む悪鬼の類のそれに良く似ている。一瞬、疑問に思ったであろうルイが、次にしたのは納得、そして逃走だった。


「あ? ……くそ、ごまかせなかったか!」

「待ちなさいルイ! 今日と言う今日はもう許さないわ!」

「待てといって待つ馬鹿がいるかァ!」


 ドタドタと短い足で、しかし驚くほど俊敏に走り出したルイに、足音もなく走り出したユリンが追従する。


 つむじ風のごとき勢いで二人が外へ駆け出して行くと、後に残ったのはルイの弟子と、どこか呆然とした風なアランばかりだった。くつくつ、と弟子の笑い声が漏れる。


「あの二人、何時もああなんですよ。この里で、伝説的な地位に居るのに、いつまでも子供みたいな感じで」

「……そうなのか」


 ええ、と笑って、弟子は二人が荒らしていった工房の中を軽く整頓して行く。落ちた槌を戻し、蹴散らされたいくつかの道具を収納する。


 あの二人が凄まじい勢いで走っていったので、工房はかなり荒れていた。


 アランはしばらくの間そこに立っていたが、ふとした様子で歩き出した。少し早足だ。代わりの剣と鞘は受け取った。ルイ達が出て行ってしまった以上、その場にとどまる必要も無い。


 だが、それだけが理由ではなかった。


 アランは逃げたかったのだ。魔族からでも、悪魔からでもない。ただ、人の厚意から――温かさから逃げたかった。




 古傷が雨を先んじて知ってうずくように。彼の中の傷もまた、温かさに触れてうずき始めていた。それは、激痛をともなう()()()である。


 つとめて忘れるようにしていた。はじめ、故郷へと戻ろうとしていた時は。だが、そんなもので忘れられるものではなかった。


 もとより、彼はからっぽなのだ。幼くして両親を失った悲しみが、彼の心へ入るべき何かに蓋をした。ただ、唯一彼――レイルだけが。同じく、母を失っていた彼だけが、その悲しみの一端に触れ、共鳴できた。


 アランの拠り所だったのだ。今は勇者と呼ばれる、心優しき彼だけが。


 勇者隊から除隊され、(すが)る対象を失ったアランは、そこで初めて、自分の道の空白さに気付いたのだ。


 剣を振り、ただがむしゃらに生きてきた。そうして走り終わった後の道に残っていたのは、ぽっかりと開いた穴ばかりだ。


 何も無いのだ。その穴を埋めるものも、埋められるものも。彼は、自分の中に何も残っていない事が苦しかった。それを思うたびに心は重くなり、胸がぎゅうと締め付けられる。だから、務めて忘れようとしていたのだ。


 誰も居ない路地の影で、アランは胃の中のものを吐き出した。


 全てを吐き出した後、そのまま嗚咽(おえつ)しはじめた彼の背を、ユリンに追いかけられていたはずのルイが、何も言わず見ていた。

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