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おしまいの地でまた会おう  作者: 秋月
第二章 刃を握る理由
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第十九話 新たな剣

 アランは部屋をゆっくり見回しながら、ぼんやりと椅子に座って時が進むのを待っていた。


 奥の部屋は応接室かなにかであったのか、工房とくらべて少し飾り気があり、明らかに見た目を重視したであろう煌びやかな剣が壁に立てかけられていた。


 そういえば、何故金槌の音がするのだろうか。ふと彼は疑問に思った。


 いくら技巧に優れた石人族(ドワーフ)が、施設や道具の準備が万端の状態で挑んでも、鍛冶仕事には何日も掛かるはずだ。まさか、一日で一本の剣を仕上げるなど、数打ち(大量生産品で、低品質の品のこと)でないのならそうは無い。


 そして、求めてこそ居ないが、弁償の品として作る品が数打ちなどありえない。己の仕事に誇りを持つ職人気質な石人族に限ってそんな事をするはずが無いのである。


 なら、何故武器を打つ音がするのか。はたと首をかしげると、丁度茶を淹れ直してくれた弟子が少し笑いながら言った。


「あの音、新しく作ってるんじゃないんですよ。打ち直してるんです」

「打ち、直す?」


 はて、と思った。思いもしない言葉だったからだ。


 打ち直しは、その言葉通り、武器を打って直すことを指す。壊れたり、傷ついたりした武器を直す時に良く使われる言葉であり、少なくとも今使われるような単語ではなかったはずだ。


 熟考するべく俯いて悩みこんだアランだったが、金槌の音が止んだ事で、それはすぐに中断された。


 音が止んで十数秒ほどで、ルイが半ば蹴破るようにして応接室へと飛び込んできた。そして、何も言わぬうちにアランの手を掴んで立たせ、そのまま鍛冶場へと引きずり出す。


 何が何だかも分からない内に引きずられていき、アランは再び工房内へと戻ってきていた。炉の温度が上がっているのか、鍛冶場もまた、熱気がこもっていた。


「出来合い(既製品のこと)の品を軽く打ちなおした。あんたの手に馴染むと思うが、どうだね」


 言われてアランは、目の前においてある剣が自分に手渡される剣なのだとようやく気付いた。


 一目見ただけで分かる。それは見事な剣だった。


 初めからその形であったかのように、欠片の違和感も無い刀身は、どうやら鉄の類ではないようだ。否、おそらくは、普遍的な金属のどれとも違うのだろう。


 手にとって見上げると、純白に近い銀色の刃が、静かにアランの顔を写していた。無精髭の一本まで見える様な、美しく磨き上げられた刀身だ。


 そして、様々な方向から確認した結果、彼は一つの結論にたどり着く。この刀身は、まさか王銀鋼――"ドワーフの鋼"で出来ているのか、と。


 無論、全てではあるまい。むしろ、殆どは他の金属だろう。だが、王銀鋼が多少なりとも含まれている合金など、周辺諸国を見てもそう手に入る物ではない。


 ドワーフの鋼。一般的にそう呼ばれる王銀鋼は、オリハルコンにも匹敵する金属だ。


 魔法的な力ではオリハルコンにこそ及ぶべくもないが、緑銀(ミスリル)などゆうに越える程度の力を秘めている。


 それに、凄まじく頑丈だ。なにせ、伝説と歌われるオリハルコンの数倍の強度を誇る。強靭さもまた凄まじく、全てが王銀鋼で作られた剣はいくら山を切っても刃こぼれ一つ無かったという逸話すらあるほどだ。


 そして、加工の難しさもまた凄まじい。素晴らしい技巧を誇る石人族(ドワーフ)の鍛冶師でも、王銀鋼――合金であるとはいえ――を扱えるものは片手で数えられる程度に収まるだろう。


 だが、ルイは先ほど既製品と言った。つまり、これを打ったのはルイで間違いないだろう。しかも、それを軽々しく打ち直したなどと言った。


 何処から刃を見ても、歪みなど存在しない。元よりその形であったかのように、下手な土地よりも価値のある剣は、アランの手に粛々と納まっていた。


「何かしら使うかと思ったんだが、なにせ使い手がいないからね。倉庫の肥やしになってたのさ」


 それはそうだろう、とアランは無言のまま思った。手にとって持ち上げているだけだというのに、王銀鋼はかなりの重みを彼に伝えていた。


 王銀鋼は、緑銀を超えた魔法的な力とオリハルコンをも凌駕する頑丈さのほかに、もう一つ特徴がある。それは、同じ大きさの金などよりもよっぽど重いという事だ。


 そんな金属の合金で作られた両手剣。そんなもの、並大抵のものでは扱えまい。長耳族(エルフ)では重くてもてあましてしまうのは明らかで、かといって石人族では重心に腕を持っていかれてまともには振れまい。


 おもむろにアランは、その王銀鋼の剣を正眼に構え、小さく横に動かす。ずっしりとした重量感こそあるが、大剣はこのぐらいがちょうど良い。


 両手剣は、ほとんど刃の重みと遠心力で押しつぶすのが定石だ。アランは腕力でどうにかしていたが、安物の剣では大した重量は無い。軽すぎて、逆に彼には扱い辛かった。


 構えを変えてみたりもしたが、剣は彼の手に吸い付くように握られたままで、欠片も滑る気配が無い。


 アランは思わず、一振りだけ全力でやってみたい衝動に駆られるが、下手に物を壊すとルイの機嫌を損ねかねない。良い剣だ、とだけ呟き、また台の上へと戻した。


「しかし、高価なものだろう。数打ちの剣一本折ったぐらいで、大げさな」

「何言ってんだいあんた? アタシは石人族だよ? ……武器の事には、他よかよっぽど敏感さ。事故だろうと何だろうと、剣を殺したことに変わりは無いのさ」


 ふん、と鼻息を漏らしながら、ルイは静かに目を背けた。その様子に、逆に彼は目を細めて彼女のほうを見た。


 ――罪悪感、だろうか。


 どこか、罪の意識を感じているような節がある。たかが剣一本、と彼は考えるが、彼女はそうではないのだろう。


 土の声を聴き、石と対話する。鉄を誰よりも深く知り、鎚で打つこと何万回。石人族の、特に鍛冶師の生き方とはそんな物だ。


 なればこそ彼らは自ら、あるいは他者が生み出した何かをとても尊重する。いわば、生産と言う行為に対して一種の信仰があるのだ。


 作られた物は作られた物。故意であろうと無かろうと、それを壊した事実は、ルイにとってかなり重くのしかかっているのだろう。


 王銀鋼をたやすく加工し、あまつさえ簡単に打ち直してしまうような職人だ。なればこそ、よりその思いも深いことは、彼にも何となく察せられた。


「……そうか……」


 この剣を受け取る事を、彼はしばしの間ためらっていた。


 強い武器はあって損は無い。だが、それを自分が握るのはまた別ではないだろうか。より強く、より高潔で、より正義たる者へと手渡されるべきではないのだろうか。彼は本気でそんなことを考えていた。


 彼の自分に対する卑屈と、ルイの罪悪感の払拭。二つの考えがしばし争った結果、彼は結局、王銀鋼の剣を手にとった。

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