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おしまいの地でまた会おう  作者: 秋月
第二章 刃を握る理由
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第十八話 ドワーフ工房

 ルイの工房は、彼女の言動からは到底考えられないほど綺麗に整理されていた。理路整然と壁に立てかけられた剣や鎚が静かに存在を主張し、そこは既に職人の場所である事を知らしめていた。


 圧倒的な静寂の中で、しかし石作りの炉からは微かに火が見えた。先ほど彼の牢屋に来る時も、炉の火を落とさずにきたのだろう。見れば、必死に燃料をくべふいごで空気を送り込んでいる鍛冶見習いの長耳が居た。


「あ、(あね)さん! おかえりなさいっす!」


 律儀にも一度立ち上がって頭を下げ、そしてまたふいごを吹かし始めた彼を見ないまま、ルイは火を吹く炉の前に立った。


「……炉の火は衰えてないようだね。上出来だ、行きな」


 ぶっきらぼうにそう言い放つと、彼女はくいと顎で工房の奥を促した。少年はそれを見て、もう一度ルイに頭を下げると、小走りに工房の奥へと向かった。


「あんたの剣はこっちさ、来な」


 言うが早いか、つかつかと歩き出したルイの後ろを、アランは比較的ゆっくりと歩き出した。


 なにせ、石人族は背が低い。それは足が短いという事を示しており、つまるところ足が遅いのである。現に、アランが一歩歩く間にルイは二歩半歩いているが、一向に差が開くような様子はない。


 先を越してしまうと案内を受けられないし、あまり褒められた事でもない。


 そんな彼なりの配慮は、ルイに届いたのか届いていないのか、彼女はさも面倒くさそうに舌打ちをもらした。


「あんたの剣はね。どんな使い方したか知んないけど、刃はぼろぼろ軸はガタガタ、おまけに柄まで磨り減ってるときてら。鍛冶師としてはとても見られたもんじゃないよ」


 何処か怒りを覚えているような口調に、アランは口を閉ざした。


 反論できるほど丁寧に扱ったつもりはないし、そもそも彼には、腕利きの鍛冶師や石人族(ドワーフ)たちの言う"武器の心"と言う物が理解できない。


 アランにとって武器は、どれだけ綺麗ごとで飾っても、敵を殺す為の道具に過ぎない。穢れた人殺しの斧だろうと、清き心を持ちし勇者の剣であろうと、である。


 武器に心があって、どうするというのか。敵を打ち倒す事に対して、人の様に苦悩しろというのか。否定するつもりこそなかったが、しかし、彼はそう思わないではいられなかった。


 ゆえに、そうか、とだけ小さく返答する。その態度に、ルイは更にいらだったように鼻息をふんと鳴らした。


「あの剣は、もう寿()()だよ。あたいらがいくら打ち直したところで、すぐに折れちまうだろうさ」


 そう言って立ち止まったルイの前には、アランの剣が安置してあった。何日かぶりの再会であったが、彼には、特にこれと言った感情は浮かばなかった。


「むしろ、数打ちの剣で良く付いて来れたもんだよ。健気なことさ」


 傷だらけで、へこみ、曲がり、歪んだ剣身。間違いなく、彼の剣だろう。


 だが、積もり積もってどす黒い染みと化していた血の塊は綺麗にふき取られ、軸は修復され、刃こぼれも大分癒されていた。


 しかし、武器にを振るう事以外は素人でしかないアランにも、たった一つだけ。いや、誰にでも一目見れば分かる、大きな欠陥があった。


 ――剣は、刃の半ばから、ぽっきりとへし折れてしまっていたのだ。


 彼が最後に握った時には、まだかろうじて形は保っていた。だが、目の前にあるアランの両手剣は、しかし、完全にその役目を終えていた。


 棺桶に入れられた死体のように、綺麗に並べられた剣を前に、ルイはつとめて無感動な様子で語る。


「あんたから受け取って、工房に置いてどうするかと悩んでた時に、いきなりぽっきりへし折れたのさ」


 まるで、老齢の人間が、突然に死を迎えるように不意なものだったという。


 アランの中に驚きはなかった。もとから数打ちの、安い剣だったのだ。それこそ戦士として駆け出しの者が買うようなものだった。長い間使われる事を想定していないのだ。


 それに、彼の扱いも悪かった。


 乱雑に叩き付け、突き刺し、投げ、攻撃の防御も剣一本でやって来たのだ。しかも、ろくに修理の一つもしなかった。壊れもするというものだ。


 なるほど確かに、よく此処まで持ったと言ってしかるべきだろう。


 静かに歩み寄ったアランは、自分の剣だったものを無言のうちに手にとった。右手で剣の持ち手を、左手で残った刃を持ち上げる。


 灰色に鈍った折れた刃は、もはや――買ったときからそうであったが――彼の顔を明確に写すことなどない。ただ(くも)った、ぼんやりとした影を彼に見せるばかりである。


「それで、代わりの剣はどうするんだい。そいつを打ちなおすのか、それと新しい品を用立てるかい?」

「……いや……」


 折れ剣の刃をおき、アランは剣の柄と、それに僅かに残った鈍い刃を見た。


 用立てる金などない。今まで狩り、殺してきた怪物の皮も肉も、金に変わる素材も何もかもを捨ててきた。時折、賞金首などを見かければ首だけは街に届けていたが、一つとして報酬を受け取ったこともない。


 もとより、ほとんどズボンと穴だらけの外套(がいとう)ばかりの姿だ。金を持っていたとして入れる場所もない。


 しかしながら、もはやこの剣で戦うことも出来ないだろう。折れて極端に短くなった剣でも戦えないとは言わないが、こんな有様の武器を使うぐらいなら、素手で殴りかかったほうが幾分かましと言うものである。


 ただ、剣を手放す気にはなれなかった。その剣に大した思い入れがある訳ではなかったがしかし、長年付き添ってきた相棒でもあるのだ。


 ただ捨てる、ただ金属にする。それは、どうにも、ひどく寂しい事に思えてしまったのである。


 まだ原型をとどめているベルトに折れ剣を挟むと、アランはようやく口を開いた。


「金を持っていない。だから、新たな品はいい」


 そう言って立ち去ろうとした彼の手首を、ルイが凄まじい力でもって引きとめた。振り向けば、怒りを貼り付けた、およそ筆舌に尽くしがたい表情のルイがそこに居た。


「鍛冶師が人様の武器ぶっ壊しといて、ただで返すわけ無いだろうが、この馬鹿が!」


 怒り心頭と言った様子でアランを引きずって奥の部屋へ放り込んだ彼女は、そこから出るんじゃないよ、と半ば怒鳴るように言い、そのまま工房の方へと戻って言った。


 呆けていたアランは、工房から聞こえ始めた金槌の音と、弟子から差し出された茶でようやく気を取り直すと、小さく、本当に小さく笑ってから適当な椅子に座った。

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