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おしまいの地でまた会おう  作者: 秋月
第二章 刃を握る理由
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第十七話 露と消えた悪魔

「ああ、すいません。赤いマントローブの魔族との事でしたよね?」


 しばらくの後、話しかけてきたユリンに対して、彼は小さく頷いた。時間がかかった為、コップの水はもう殆ど飲み干してしまっていた。


「先日あった報告の内、いくつか気になる物が」


 パサリ、と彼の前に滑ってきた紙束には、確かにそれらしき情報が書かれている。


 それは二週間ほど前からの記録から始まり、一番最近のものは昨日だ。おそらく、今日の報告書はまだ来ていないのだろう。


 ひとまず、一番近場にあるものを手に取り、軽く目を通した。あまり頭がいいほうではないアランではったが、勇者隊に配属された時、最低限の読み書きも教わっている。


 また、様々な伝承を読み解く為、文章の理解であれば長耳語とて多少は習得している。


 ユリンは人間の言葉で話してくれてはいるが、報告書は長耳語で書かれているので、少し解読に時間が掛かった。だが、頭の中で纏めた報告書の内容は、確かに魔族の男のものだろう。


 彼が手に取ったものには、里の北側、少し離れた所で、巨大樹から巨大樹へと飛翔する赤色の影を見たという物だ。一瞬であった為、気のせいかもしれないが、記載しておくと備考の旨に書かれている。


 次の書類も似た様なものではあるが、ボウガンで仕留められた形跡のある動物の屍骸も見つかっている。一度交戦しただけだが、あの魔族が使っていたのもボウガンであった、とアランは記憶している。


「……おそらく、俺の追っていた魔族で間違いないだろう。こいつの消息は分かるか?」

「ええ、今痕跡などから追跡中です。追跡には魔法も織り交ぜているので、すぐ見つかると思います」


 自信ありげに応えたユリンをちらりと一瞥し、彼は再び手元の資料に目をやった。新しく手に取った書類には、いくらか分からない単語も混じっていた物の、おそらく赤い魔族の行動についてだろうと推測できた。


 人、鶏の血で描かれた魔法陣。魔法を行使した痕跡。そして生贄と思われる人間、人間近類種(長耳(エルフ)石人族(ドワーフ)などの総称)の死体。


 見る限りは間違いなく、悪魔召還の儀式である。いかに契約で縛ろうと、悪魔には悪魔の法がある。出てくる為には、魔法陣と魔力、そして生贄が必要なのである。


 しかしながら、その目的が分からない。いくらかの資料を参考に考えれば、赤いマントローブの魔族が召還した悪魔は優に三十を超えている。


 だというのに、召還した悪魔の痕跡は何処にもない。渡された資料の全てに軽く目を通したが、悪魔の目撃情報などは無かった。被害報告もだ。


「気に食わんな」


 悪魔は強い手駒だ。死んでも代わりを召還すればいいし、たとえどんな命令を下そうと逆らうことは無い。そして、一体一体が並の人間よりも強い。


 こちら――人間側のこと――が血を流せば流すほど、魔族の手駒は増えていく。こちらの殲滅速度が悪魔の召還速度に追いつきさえしなければ――すなわち、勇者さえ居なければ、悪魔を送り込まない理由は無い。


「悪魔の方も探してはいるのですが……成果は、ありません」


 彼が何気なく呟いた一言に、ユリンは小さく頭を下げて申し訳なさげにうつむいた。


 それを横目に、アランはもう一度報告書を読み込んだ。どこか見逃している点はないだろうか、と目を皿にしてゆっくりと目を通してゆく。


 ぺら、ぺら、と黙り込んだまま報告書を読んでいたアランは、ふと顔を上げてユリンの方をみた。


「……今更だが、部外者の俺に見せて良かったのか、報告書」


 首をふ、と傾けてから、ユリンは柔らかに苦笑した。


「ああ……大丈夫です。長老会は、冤罪をかけた謝罪も含めて容認させました」


 微笑んだその顔は、しかし目だけは笑っていない。アランもそれをチラと見て、何となく事情を察した。


 自分を牢屋へ入れる判断をしたのは、長老会。おそらく、ユリンはその判決に抗議したが、反対され、結果彼は幽閉される事になったと思われた。


 不機嫌さが今まで顔に出ていなかったのは、アランへの申し訳なさか、あるいは時間が僅かでも和らげてくれたのか。


 どちらにせよ、どう反応して良いかもわからず、アランはそうかとばかり呟いて報告書から目を離した。


 どうにも落ち着かないのは、何故だろう。牢獄の中で見た夢のせいだろうか。それとも、こうしてもてなされる事に慣れていないからなのか。あるいは、石人族の女の視線のためか。


「……それで、何かお役に立てたでしょうか?」

「ああ。追うには充分だ」


 アランはそう言って立ち上がり、剣を掴もうとして、動きを止めた。そういえば、剣は預けられているのだったか、と思い出す。


「剣は、返してもらえるのか?」


 振り返りながら問い掛けたアランに、しかし石人族の女は黙っていて答えなかった。ユリンはそれを見て、む、と眉を顰める。


 小柄なほうの女は、半目気味に彼のことを見ている。どこか恨みがこもっているようにすら感じる視線である。


「返さないって言ったらどうするんだい」

「ルイ!」


 あまりに不適当な言葉に耐えかねたのか、ユリンが強めに呼びかけた。ルイと呼ばれた石人族の女は、チ、と舌打ちをもらしながらアランの方を見た。


 彼はルイのことを適当に見ていた。大して強い感情を持っている様子はなく、ただ見ている、というのが正しい目である。


 もう一度舌打ちを放つと、ルイは踵を返して面倒そうに手招きした。


「来な。……あんなに雑な扱いをする奴に、剣を触らせたか無いけどね」

「ルイ! いい加減にして!」


 机を叩きながらユリンが立ち上がった。そのままいくらでも罵詈雑言を浴びせそうな勢いから逃げる為か、ルイはアランの手首を掴んで歩き出した。


 その小柄な体躯に見合わない筋力は、彼の体を引くのには充分で、アランもそれに逆らう気もなく、ただ手を引かれるのに任せて歩いた。


 長耳の里は、自然と調和を果たした結果の形相を表していた。いや、現在進行形で、果たして"いる"のかも知れない。


 森の中に取り込まれるように、しかし何処か直結しているように、建築物と木の、境目と言う物が殆ど無い。中には、完全に樹木にしか見えない家もある様であった。


 ユリンから逃げる様に手を引かれていった先に、ルイの火事場が見えてきた。


 樹木との融合を果たした長耳の里の中では、幾分か違和感を持ったそれは、明らかに石人族の工房である。


「ここがあたしん家さ。……さっさと入んな。あいにく茶は出ないけどね」


 適当に促して、ルイはさっさと中へ入ってしまった。アランもまた、促されたとおり、彼には少し小さい扉を潜って中へと入って行った。

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