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おしまいの地でまた会おう  作者: 秋月
第二章 刃を握る理由
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第十五話 牢獄の中で

 時は少し経ち二日後のこと。


 アランは暗い獄中にて、時が過ぎるのをただ待っていた。


 何故こうなったのかといえば、少し細やかに経緯を説明しなければならない。


 彼は長耳の巡回兵達に連れられて、里まで行くことになった。完全に魔族を見失ってしまったアランにとって、情報収集の場まで行けることはありがたい限りであったので、素直にそれに従った。


 しかし、つれてこられた長耳(エルフ)の里の門で止められ、そこで捕まってしまったのである。


 長耳の巡回兵が申し訳なさそうに言った事をまとめれば、彼には容疑が掛かっているのだという。すなわち、怪物を故意に呼び寄せたのではないか、という容疑である。


 無論、そんな事は断じてない。そもそもアランには魔法の才が無い為、そういった術が存在したとしても扱えない。


 しかしながら、彼が出てきた場所が場所なので、疑われても仕方の無い状況であるといえた。


 何せ巨大樹の森の中には、常に感覚を惑わせる迷いの霧を出している木も存在する。霧は広範囲に分布しており、それらを突破できるのは、魔力の流れが"目視"できる長耳族やその近類種、そして魔族だけとされる。


 無論、感覚が狂った結果()()()()()来る事はある。


 しかし、アランの感覚は狂っていない。平衡感覚すら怪しくなる魔法の霧の中で立っていられた時点でそれは証明されている。


 だが、アランは長耳族ではない。耳は丸く、普通の人間のそれだ。小人族(ノーム)の背たけでもない。同じ理由で、石人族(ドワーフ)とも考えずらい。


 他の魔力を見られる種族にも該当しないとなれば、残る可能性は、アランが魔族という可能性だ。魔族のみが使える術の中に、『偽身(インコグニート)』という姿を偽る魔法がある事もその可能性を示唆していた。


 結果、調査が澄むまで彼は虜囚の身となる事に相成ったのだ。


 彼はしばらく考え込んでいたが、結局待つ以上の選択肢が思い付くことはなかった。


 人ならざる者であることを証明する手段は、世界にごまんとあるが、逆に人間である証明をすることは難しい。素性も分からず、突如として現れた怪しい男をそう簡単に通すわけにも行かないのだろう。


 長耳の者達がそれで安心できるのならと、アランはおとなしく牢に繋がれていた。


 先ほど魔法による検査を行った長耳族がいたため、そう経たない内にアランは解放される事だろう。彼もそれが分かっていて、ただ壁にもたれかかり、じっと時間が過ぎるのを待っていた。


 大して寒い季節と言う訳でもない為、寒さに震えるという事も無い。直に夜が来て、明かりの無い牢の中は、真っ暗になった。


 アランはふっと目を閉じて、少し眠ろう、と思った。思えばここ最近、身を休めるという事を全くしては居なかった。三日か、四日ほど歩き詰めである。


 そうして疲弊した体でも、彼の頭の中に休むという選択肢は存在していなかったのだが、しかし牢獄の中ではやる事もない。


 剣を取り上げられている以上鍛錬もできなければ、したところで大した意味は無い。筋肉を鍛えるにも、彼の体は当に限界を迎えている。下手にやろうとすれば、今度こそ使い物にならなくなるだけだ。


 金も、道具も、手段も、場所もない。時間だけはあった。


 目を閉じると、ただ静かな暗闇が彼を迎えた。何もかもを拒絶する事なく受け入れる闇の中で、アランはただ、眠った。何も考えたくは無かったのだろう。睡魔はすぐに彼の祈りを聞き届け、その意識を刈り取った。


 壁にもたれかかった姿勢で、剣の無い片手を所在無げに膝に乗せ、アランは眠った。約。六日ぶりの眠りであった。






「おおい、アラン!」


 無愛想な少年はその声に振り返ると、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。視界の先に、快活に笑う彼の友人が走っているのが見えたからだ。


 背を伸ばしながら立ち上がり、少年アランは手を振って返した。彼の友人は、すぐにアランに気付いたらしく、方向を変えて走ってきた。


 名をレイルという少年で、近くの森に住む薬師の息子だ。他の子供たちとも仲が良かったが、特にアランと良く話していた。対してアランは、レイル以外とはあまり話してはいない。


 アランには、冒険者の両親が居たのだが、ある日二人とも亡くなって天涯孤独の身となった。


 何故死んだのかは分からなかった。怪物に負けたのか、あるいは他の冒険者に襲われたのか。もしくは、魔族やらと遭遇してしまったのかもしれない。


 近所の子供たちは、両親が亡くなったアランに対してどう接すれば良いのか分からなかった。ただ一日中、地面にもう居ない両親の絵を描き続ける彼に。


 それに、アランが荒っぽい性格だったのも災いした。何せ、多対一で喧嘩を売られてもすぐに買う様な、無鉄砲な少年でもあったのだ。しかも、喧嘩の腕も人一倍強かった。無論、限界はあったが。


 そうして人が寄り付かなくなっていた彼に話しかけたのが、レイルだった。


 臆せず彼に語りかけ、道を説き、そして共に様々な事を考えた。自然と、二人は親友と呼べる絆を結んでいたのだ。


「レイル。手伝いは、良いのか?」

「ああ、今日の分はもう終わったよ。最近は薬も作らせてもらえるんだ」


 少年はひょいとアランの隣に座り込むと、近くの枝を弄び始めた。


 二人はそうして、ぼんやりとしている事が多かった。たまに絵を描いたり、枝を剣に見立てて振ってみたりするぐらいで、基本的に静かな物だ。それは、二人の性根が、わいわいと騒ぐのにあまり向いていなかったのだろう。


 ただ静かに、森を眺めたりだとか、散歩したりだとか。あるいは、何でも無い事を深く考えてみたり。そういった時間が特に好きな二人だからこその静かさだった。


 不意に、レイルが空を見上げた。アランもそれに追従して、天を仰ぐ。


 すると丁度、一羽の鳥が、ばさりと翼を広げて、南へ向かって飛んでいくところだった。二人してそれを眺めていると、レイルは不意に呟いた。


「あの鳥、渡り鳥(スロイ)だ。……あの鳥が旅をしてるとするなら、何処へ向かうんだろう。終点ってあるのかな」

「さあな。俺達は鳥じゃないから、わからない」


 でも、と彼は続けた。空を見上げるうちに、鳥はずっと南へと飛んでいって、しばらくして見えなくなった。


「ただ……きっと、最後は何処かに付くさ。旅人が、約束の地で眠るみたいに」

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