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おしまいの地でまた会おう  作者: 秋月
第二章 刃を握る理由
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第十一話 エルフの里

二章開始となります

 じめじめとした空気がその場を包んでいる。一週間前に雨が一度降ったきりだというのに湿気が消えないのは、その森がひたすらに日光を受け付けないからだ。


 日を浴びる事の出来ない地表部は温度が上がらず、結果として湿度もそのままになっている。中には、まだぬかるんでいる場所すらもあった。


 そこは、あまりにも巨大な樹木が、所狭しと立ち並ぶ森林であった。


 話によれば、ずっと昔から長耳(エルフ)の魔法を受け続け、大きく硬く育った木ばかりなのだという。それは侵入者を拒む自然の壁であり、エルフの里を守るものだ。


 長耳がその力を借りれば、感覚を狂わせる霧すらも出せる。まごう事無き、魔法の森である。


「隊長、こんなところに化け物が出たって話、本当なんですか?」


 そんな中、地面をこれでもかと這う根を乗り越えながら、金属鎧を身に纏った兵士の内の一人が、もっとも先を行く男に向かって問いかけた。


 その集団が纏う輝かしい銀色に煌くそれは、人の街で高価に取引される緑銀(ミスリル)だろう。魔法との親和性を持っており、なおかつ軽く、そして硬い。


 かつて神の親指から零れ落ちたという伝説のある金属で出来た貴重な鎧は、長耳族の中でも戦闘職である証だ。

 事実、今しがた疑問を発した男も、問い掛けられた女も、どちらも耳が長く、そして武器をたずさえていた。


 話しかけられた長耳の女は、はぁと溜息を吐きながら応える。彼女もまた、金属の鎧をまとってこそ居るが、彼女の鎧に刻まれた紋章と装飾は、他のものとは違う。


 青い宝石を中心に、それを包むような丸みを帯びた図形が描かれたその鎧は、見間違いようもなく、隊長格のみが装備を許されたものである。


「私だって知らない。長老様から聞いただけだもの」


 ふん、と吐き捨てるような返答に、男は一瞬眉を吊り上げたが、不承不承(ふしょうぶしょう)と言った様子で隊列に戻っていった。


 三角形の長い耳と金色になびくポニーテールを揺らし、日の傾き始めた森の中を規則正しく、しかしどこか不機嫌そう歩く彼女は、名をユリンと言う。


 ユリンはつい三日前に森の巡回警備の部門に左遷された、族長の娘だ。今かなり気が立っているのも、おそらく左遷された事に関してだろう。


 その不機嫌さは他の巡回兵達を怖がらせているのだが、彼女自身は苛立ちが過ぎるのか、まったく気付いていない。


 気まずい空気の中、彼女を先頭として巡回兵が歩いて行く。森の湿った地面を踏みつけ、何度も湿った足音を立てながら。その音は普段よりも多くあまりにも耳障りで、ユリンの不機嫌さを更に強いものとしていた。


 巡回兵は普段、指揮が出来る隊長格――今はユリンである――を含め、四名のみだ。里の周辺を巡回して何か異常がないかを確認、あれば解決、出来ない場合は調査して報告する。

 大事な仕事ではあるのだが、そもそも巨大樹の森という防備で守られているため暇な仕事であり、その人数は常に最低限だ。


 だが、最近は異形の怪物を見たという噂があった。森に時たま訪れる人間の商人も証言したことにより、里全体を管理する議会も流石に放ってはおけず、結果巡回兵の数が増える事になったのだ。

 今は隊長格のユリンを含め、総勢十名となっている。

 

 しかし、ユリンはそんな怪物が居るはずはないと豪語する。


 というのも、ユリンも既に四百歳ほどの年を取っているが、今までそんなものが現れた覚えもなかったからだ。その上、長老達も見たことがないと言っている。


 そもそも、巨大樹の森は物理的な防壁と言うだけでなく、魔法的な防御も兼ね備えているのだ。遥か古代より用いられてきた災い避けの結界が、まさか異形の怪物など通すはずもないと彼女は考えていた。


 居ないはずの怪物にがくがくと震えるばかりの同胞に、ユリンは嫌気が差していた。


 べちゃり、べちゃり。湿った地面を蹴り飛ばし、彼女は巡回路の四分の三地点に到達した。


 そこには、丁度ユリンの背丈程度の高さの柱が一本建っていた。一番上には金属性の籠と、その中には青い蝋燭が設置してあるのが見えた。


 それはいくらかの魔法を組み合わせて作られたもので、『夜警の燭台ナイトウォッチ・ランプ』という。それに火が付けられると、対となっている蝋燭が消えるという単純な効果のものだ。


 ユリンは最後尾を歩いていた兵から、目の前の蝋燭のように青白い炎を点す松明を受け取った。彼女がそれを翳すと、火が触れても居ないというのに、夜警の燭台に火が(とも)る。


 この燭台は巡回距離のおよそ四分の一ずつに配置してあり、巡回する時これを活用する事で、問題が起こった際にどの地点でそれが起こったのかわかりやすくなる。

 万が一、巡回兵が戻ってこないような事態が発生した場合でも、この燭台が最後に灯された地点が分かるので、範囲がある程度絞れるのだ。


 無論何もなければそれに越した事は無いが、万が一の用心と言うものは必要だ。ユリンも、それは重々分かっていた。


 夜警の燭台用の特別な松明を最後尾の兵に返すと、彼女はまた不機嫌に歩き出した。朝の業務は後少しで終わりだ。この不機嫌さともしばしの間離れられる。彼女はそれだけを考えて歩を進めようとした。


 だが彼女は、踏み出そうとしたその足を、地面に付く寸前で止めた。ユリンに従って歩いていた巡回兵達も足を止める。


「……何か、変な音がしない?」


 音量を絞った、最低限の声で彼女は後ろの兵に問い掛けた。先ほどまで漂っていた不機嫌さはまるでない。というより、不要なものとして一旦排除したようだった。


 彼女の様子に兵達は一瞬顔を見合わせたが、自分達の長耳を良く澄ました。彼らも無論長耳であり、その長い耳は彼らの優れた聴力を現している。


 シンと静まりかえった森の中、しかし彼らは確かに異音を聞いた。


 ――ザリ、ザリザリ、ザリ……。


 それは芋虫のような、体を引きずる音だ。しかしながら、芋虫とするならばその音はあまりにも大きい。


 ――グジュ、ザリザリ……。グジュ、ザリザリ、ザリ。


 しかも、足音も聞こえる。足音に続くようにして、引きずるような音がしているのである。あたかも、人が手だけを使ってはいずっているかのような音だったのだ。


 音は段々と巡回兵達の方へと向かってきているらしかった。ユリンも彼らも、慌てて自らの獲物に手を伸ばした。しかし、それを引き抜いて構えるよりも早く、音の正体は姿を現した。


 ()()は、まさしく怪物であった。

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