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おしまいの地でまた会おう  作者: 秋月
第一章 救われぬ道を行く男
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第十話 一人茨の道を行く

 もはや声も出ないのか、悪魔は無意味に呪詛を吐いている。その体は、既に切り離された四肢の先から灰と化しており、もはや死の運命は確定しているように見える。

 少なくとも、周りを囲んでいた大衆、カーラ、シスターはそう思っていた。


 戦いが終わったのだ。誰も彼もが、恐ろしい悪魔の死を祝おうとした。


 だが、アランは違った。


 決断的に踏み出した彼の行く先は、斬り飛ばされて転がった悪魔の上半身だ。まだ灰にはなっていない。既に死が決しているはずのそれは、しかし歩みよってくるアランに恐怖したかのように、もはや動かぬ体をよじった。


 腕が無ければもがけない。足が無ければ逃げれない。もはや動けない体で、それでも悪魔は逃げようとした。


 彼は最後の足掻きを見せるそれに向かって、無慈悲に歩を進めて行く。残りの距離はもう五歩、四歩、三歩――。


 とうとう悪魔の上半身へとたどり着いた彼は、じたばたと身を捩って逃げようとする身窶しの悪魔の胴体を踏みつけた。アランは手の内の両手剣を高く高く振り上げる。大上段、止めを刺す構えだ。


 ――彼は、身窶しの悪魔が死んでいない事を見抜いていた。


 悪魔は、死んだからと言って灰にはならない。一般の者達なら、そしてカーラやシスターならだませたかも知れないが、アランの目はごまかせなかった。


 身窶しの悪魔、その能力の真骨頂とは、己を偽る事にある。幻術、詐術の類が、その悪魔本来の能力なのだ。他の悪魔を真似て爪を生やしたりするのは、あくまでも副次的な効果である。


 この後に及んでも、悪魔の生命力と言うものは侮れない。そもそも血が流れてはいないため、どれだけ大怪我をしても、時間経過による出血で死に至るという事がまず無いのだ。


 詰まるところ、僅かでも動けている時点で、悪魔はまだ死んでいないのである。アランは本からの知識と経験から、それを知っていた。


 "死んだふり"を見破られ、とうとう死を間近にした身窶しの悪魔は、必死に身を捩ってアランの足の下から逃走しようとしている。だが、掛けられた彼の体重は、到底腕もなくどけられるようなものではなかった。


 ゴウと風を裂きながら、アランは剣を振り下ろした。


 悪魔が最後に見たのは、愕然とした表情の周囲、迫り来る鈍った刃、そして暗い瞳を宿したアランの、どれであっただろうか。


 どれにせよ、結果は変わらない。待っているのは、ただ暗い、死だ。




 悪魔は一瞬びくりと痙攣(けいれん)したようだったが、それだけだ。もはや生命の残滓は無い。


 身窶しの悪魔は今度こそ、確実に死を迎えていた。


 真っ二つになった悪魔の頭部から剣を抜きとると、アランは顔を上げて、左手で被っていた頭陀袋を脱ぎ捨てた。


 あまりにも容赦ない彼の追撃で、勝利の雰囲気は何処かへ言ってしまった。喜んで良いのか分からなくなった周りの者達は、アランに恐怖しているか、互いに顔を見合わせているだけだった。


 そんな彼らを軽く見回したアランは、ひょいと剣を肩に担ぐと、それを大衆の方――カーラ達が立っている場所とは、丁度真反対――へ向けた。


 殺意の表明であるその行動に、剣を向けられている大衆は、さながら道を開けるようにして左右に分かれた。ざざざざっと動いていった先に、一つの人影だけがぽつねんと残っていた。


 赤いロングマントで全身を覆い隠し、フードを目深に被ったその姿は、どこか不敵な様子で佇んでいた。アランはその姿を見ても無言のまま、剣を向け続けている。


 彼我の距離はおよそ八メートル。アランの技量を以ってしても、一度の踏み込みでは詰め切れない距離だ。


 今どういう状況なのか理解できなくても、彼が赤いマントローブの男に敵意を向けていることぐらい分かる。


 緊迫した空気に、誰かが唾を飲んだ。


 それを合図にしたかのように、赤い男が大きく地を蹴って後ろに跳んだ。人間ではありえない跳躍力を見せて三メートルほど後退した男に向かい、アランは迷い無く駆け出す。


 数秒で赤い男接敵したアランは、流れるような動きで肩に担いだ両手剣を振り回した。膂力を持って振り切られる鉄の塊は、およそ人を殺しうる一撃として飛ぶ。


 だが、男がそれを食らう事は無かった。再び大きく飛びのいて彼の一撃から逃れたからだ。明らかに着地後の硬直と言うものを無視した人外の動きであった。


 尚も追いすがろうとしたアランだったが、赤い男が放った攻撃を避けるために足を止めて横に跳んだ。


 飛んできたのは、紛れも無く太矢(ボルト)だ。ボウガン用の矢は、何の鎧も着ていない彼の皮膚を貫通して、死に至らしめるには充分すぎるほどの威力を備えている。


 カーラやシスターに援護を頼めるだろうか? アランは自分へ装填の終わったボウガンを向ける赤い男を見ながら素早く考える。だが、すぐに出たのは無理だという結論だった。


 いくらなんでも、混乱しすぎている。自分が引き起こしたものとは言え、事細かに説明して混乱を解いてやるような余裕は無かった。


 再び駆け出そうとしたアランを見て、男は三度目の跳躍を行った。諦める気など欠片も無かった彼だったが、男はそれをあざ笑うかのように、彼の手の届かない場所へと、高く高く跳んだ。


 否、()()()


 赤いマントローブをバサリと翻して、男の背中にそれはあった。


 細い骨組みと薄い皮膜で出来たそれは、男の身長よりもかなり大きい。真っ黒で艶のないそれは、さながら巨大なコウモリの翼のようである。

 マントローブの中でくしゃくしゃに丸められて皺のよっていたそれは、男が一度バサリとはためかせれば元通りの姿になった。


 男は何度か翼をはためかせ、その場に自分をホバリングさせた。多少の上下はあるものの、それは殆ど宙に立っているのと変わりなかった。


 悪魔ではない。だが人間でもない。それは圧倒的なまでの身体能力、魔力を兼ね備えた、一般的に――魔族。そう呼ばれる者たちだ。


 魔族の男は忌々しげにアランを睨みつけてから、大きく羽ばたいて空へ消えていった。




 めまぐるしく変わる展開に、カーラは置いていかれた子供のような顔をしていたが、その横のシスターは違った。


「アランさん。……その、終わったの……ですか?」


 彼はしばらくの間魔族が消えた方角を見ながら黙っていたが、不意に両手剣を肩に担ぎ直すと、頭を左右に振った。


「まだだ。悪魔は死んだが、奴は生き残っている」


 そこでようやく、アランは二人を振り向いた。


 この場でアランがやる事は終わった。原因を作っていた悪魔は死に、魔族が居た事で彼女らの信用は回復するだろう。大衆という第三者の目もある。多少無理やりながら、解決は出来たと言っていい。


「俺は行く。後始末は頼んだ」

「は? ま、待てアラン!」


 振り返って歩き出そうとしたアランを、カーラが呼び止めた。彼は振り向きこそしなかったが、一旦立ち止まった。


「疲れも取れていない、傷も治りきっていない、そんな体で行く気か!?」


 ああ、そういえば。彼はいかにもそんな風に、自分の怪我を見た。丁寧に包帯の巻かれていたそこには、激しく動きすぎたためか、じんわりと血が滲んできていた。痛みは不思議と感じていなかった。


「まだいくらでも、居てくれていいんだぞ!」

「……ここは……俺には、あたたかすぎる。……じゃあ、元気でな」


 アランはそれだけ言うと、歩き始めた。そうして、二度と振り返る事は無かった。カーラはその空虚なばかりの後姿に手を伸ばしかけたが、止めた。


 ――またな、とは。言ってくれないんだな。


 カーラはぽつりと呟いたが、どこかおかしくなった雰囲気の中、聞いている者はシスター以外誰一人として居なかった。

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