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ピエター14歳のノートー  作者: ビジ
1/2

前編

二話完結の前編です。

後編にて完結となります。

 

 新しいノートの名前は、『Pietà(ピエタ)』にした。



 文房具屋で一束いくらで売っていたcampusノートの表紙に、カリグラフィーの真似事みたいなタイトル書きを入れた。


 ノートの上下には、クラシカルな雰囲気のマスキングテープを施した。


 これが二人の新しい交換ノートだ。


 ナナも喜んでくれるだろう、とケイは満足だった。


 ピエタというのはイタリア語で、哀れみだとか慈悲という意味らしい。


 小説や詩を交換するノートのタイトルとしてふさわしいのか、ケイは深くは考えなかった。


 ただ響きが素敵だったし、なんだか深い意味がありそうな雰囲気が良かった。

 なにより、自分の直感を大事にするのが、ケイのポリシーだった。


「明日はこのノートを持って学校へ行こう」


 弾んだ気持ちで、ケイはノートを通学鞄にしまい込んだ。





 ケイとナナは、中学1年の時に出会った。


 文芸部の体験入部で、希望者が二人きりだったことに始まって、すぐに仲良くなった。


 クラスが違うのに、休み時間はわざわざ相手の教室に通って過ごし、好きな作家の新作や、書こうとしている小説や詩の構想などを飽きずに語らった。


 そのうちに、どちらからともなく、交換ノートをしようという話になった。


 自作の小説の抜き書きや、登場人物の挿絵、ふと思いついた詩を書き留めて、毎日交換するのだ。


 小説も絵も、別にパソコンを使えば時間を問わずに簡単に交換ができた。

 編集だってその方がずっと簡単だ。


 それでも二人には、わざわざ罫線だけの白いノートを買ってきて、すり減っていくシャーペンの芯の感触を楽しむことが、一等に特別なことであるように思えた。


 そんなノートも、二人が中学二年の後半に差しかる頃には、七冊目になっていた。




 七冊目の『ピエタ』を、その日ケイはナナの教室に持って行った。


 ナナはいつも、教室の隅で本を読んでいる。

 昼休みになると、他の女子に席を取られてしまうので、掃除用具の入ったロッカーに寄りかかって文庫を開いているのが常だった。

 本は大体ラノベで、カバーもかけずに、漫画みたいな表紙を堂々と教室に向けてさらしていた。


 ケイはラノベは家でしか読まないから、ナナのそういうところはちょっと信じられなかった。

 何度か遠回しに注意したけれど、ナナは、

「だめかなあ?やっぱり、オタクっぽいかな。でも、好きだからいいの」

 とちっとも悪びれなかった。




 ところがその日、ナナは本を読んでいなかった。

 ロッカーに寄りかかってもいなかった。

 昼休みなのに自分の席に座って、男子生徒と話をしていた。


 その男子は、ケイも知っている、学年でも目立つグループのメンバーだった。

 いつもワックスで髪を逆立てていて、崩れた着こなしをするタイプ。

 調子が良い割に、勉強も運動もそつなくこなして、周りから人気があるという、ケイが一番苦手なタイプだった。


 ナナにとっても、それは同じなはずだ。


 それなのに、二人は机を挟んで楽しそうに会話している。

 教室の入り口で立ち尽くしているケイのことなど、気づく気配もなかった。


 いつも通り、教室へ入っていって、声を掛ければいいだけの話だ。

 そうすれば、何事もなかったかのように、二人は会話を終えて、ナナはいつものナナに戻る。


 そのはずだ、と思いながらも、ケイは縫い止められたように、その場を動くことが出来なかった。


「ちょっと、邪魔なんだけど」


 突然後ろからいわれて、ケイは跳ね上がった。

 振り返ると、教室に入りたいらしい女子生徒が、迷惑そうに眉をひそめていた。

 

 入り口を通せんぼしていたのだから、当然のことだ。

 けれどケイは、必要以上に動揺した。

 邪魔、という言葉が鋭く胸の中心に突き刺さり、呼吸の仕方を忘れそうになる。


「え、あ、あ、ごめんなさい」


 たどたどしく言って、ケイは飛び退いた。


 素早く動いたつもりが、足がもつれて、自分の上履きのつま先を踏む有様だった。


 それを見て、女子生徒が

「え、そんなビックリする?ウケるー」

 と言った。


 その声が思いのほか大きくて、教室の中の数人が、こちらを見てきた。


 ケイはたまらなくなって、その場から逃げ出した。


 ノートを抱く手に力がこもって、『ピエタ』の文字が歪んでいた。


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