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魔女の左手3

「あの神殿にいると思ったのは勘だった。まぁ近くに女の物と思われる足跡があったから、付近にいるだろうとは踏んでいたがな……まぁこうも簡単に出会うとは思わなかったし、あんな出会いになるとは想像もしていなかった」


 何かを思い出しているのだろうか、サリエはやけに艶っぽい表情のまま眉を寄せる。

 しかしその口元は酒の為か締まりない。

 その妖艶なサリエの表情に釘付けになっていたラフィだが、その後に続くサリエの言葉に驚愕せずにはいられなかった。


「俺が見つけた時、あいつは狼に噛みつかれていた」


「はぃ?おおかみぃ?」


「ああ、狼だ。でっかい狼に喉元を押さえつけられながら、ガンガン狼を殴りつけていた」


 フフッと笑みを零すサリエに、ラフィはギョッと目を剥いた。


「狼を殴ってたのか………」


 狼に噛みつかれ、狼を殴っているハニエルを想像しようにも限界があった。

 想像を絶する二人の出会いに開いた口が塞がらない。

 ラフィとハニエルが出会った時、彼女は肩に大怪我を負っていた。

 その傷を指して、狼に噛まれたと言っていたのは覚えている。

 だが怪我の具合から噛まれたといっても、まだ子供の狼なのかと思っていた。

 それがまさか、二人の出会った時の出来事だったなんて………。


(なんちゅう出会い方……ってか、なんでそんな恍惚とした笑みを浮かべながら語るんだ?そこは憐憫の表情だろ?)


 だが嬉々と語るサリエの言葉は止まらない。

 サリエは視線を杯の中の真紅に落とした。

 まるでその中に大切な何かを見つめたような表情を浮かべた。


「この俺が後数刻到着するのが遅ければもっと悲惨な事態だったかもな。もう少し傍観していても良かったが、死なれては困るから助けてやった。なのにあいつは、この俺を聖十字騎士団だと認めて、睨みつけてきやがった」


「それはお前がいらんこと言ってハニーを威嚇したからじゃないのか?絶対、そうだろ?」


「まさかっ!どちらかといえば友好的に近寄った方だぜ?ちゃんと聖女って呼びかけて、正体を知っていることを匂わせてやったのに……。なんで気付かないのか、理解に苦しむ」


 サリエはフフンッと鼻を鳴らすと、人を見下す時によくするこ憎たらしく美しい表情で肩を竦めた。

 どこまでも上から目線で話すが、それはサリエ側からの意見でしかない。

 きっとハニエルから話を聞けば、真逆な答えが返ってくることをラフィは知っている。


「匂わせたって言っても、いきなり聖十字の紋章を見せつければ、そっちに意識が行くだろ?それで気付けっていうのは酷なんじゃないか」


「酷?酷だろうが自分で選んだことだ。なのにあいつは注意力散漫で、使えん」


「いやいや、そういう話じゃなくて……」


 ラフィの思惑など聞き入れる気のないサリエの言葉はどこまでも傲慢だ。


「だが怯えながらも睨みつけるところは気に入った。だから使ってやろうと思ったんだ。ククッ……目の前で俺に逆おうとする者がいたら更に追い込んでやるのが礼儀だろう?追い込まれた時に人はその真価を示す」


 喉を鳴らし、凄艶にして邪悪な笑みを浮かべる。

 若干目が据わってるように見えるのは、ラフィの見間違えだろうか。

 ラフィは思わずサリエの顔を覗き込んだ。

 本当に何があったのだろうか。

 たらりと冷や汗が、ラフィの背を流れる。

 一瞬にしてラフィの酔いが醒めた。

 引きつった笑みで、サリエに声をかけるが、彼の語りは止まらない。


「しかし気に入らんのが、あの悪魔だ。いつの間に契約を結んだのか。あいつの保護者気取りで……まぁ、あれがいたから更に追い込んでやろうと思ったんだがな……。あれがいれば最悪死ぬことはないだろうと思っていた。悪魔とは契約者の願いを叶えてこそ、その価値がある訳だから」


 急に声が低くなったかと思うと、サリエは顔を嫌そうに歪めてブツブツつぶやき出した。

 あいつとは誰のことだろう?ラフィは首を傾げるが、サリエはその疑問に答える気はないらしい。

 いつものサリエならラフィが言葉にせずとも理解できていない部分を敏感に察知し、言葉少なに説明をくれる。

 だが今のサリエは酒の勢いのまま話しているようだ。


「この俺が狼に噛まれた傷を治してやったのに、あいつはまったく気付かず、勝手にビビって逃げだして、こちらの計画を悉く台無しにしやがった」


「そりゃ、サリエの力を知らなきゃ、治してもらっているなんて分からんだろ。どうせどさくさに紛れてハニーの腕を掴んで、何も言わずに力を使ったんだろ?」


 サリエがいう傷を治すというのは彼の持つ恩恵のことだろう。

 『再生』と『破壊』というのがサリエの持つ恩恵だ。

 ラフィのように風に語りかけ、己の心と風の意思を共鳴させるのとは仕組みが違うらしい。

 サリエ曰く、その能力は時間の巻き戻しと早送り。

 時間を巻き戻すことで失われたものを元の形に、また時間を一気に早送りすることで、時間についていけない固形物を壊れてしまうのだとか。

 きっとサリエはハニエルと出会った神殿でその能力を発揮したのだろう。

 ハニエルには気付かれないように、そっと狼に噛まれた傷とやらを再生してやったはずだ。

 だから致命傷を負っているのにハニエルは元気に森を走り抜けることができたのだ。

 流石のサリエも傷全てを瞬時に再生することはできない。

 それでも血管を元に戻し、傷口を狭めることは可能だろう。



 実はサリエから鷲の足に括りつけた手紙を受けた時、ラフィは件の乙女は死にかけているだろうと思っていた。

 手紙には短く『ウォルセレン王女が女王の振りをして、河に落ちた。素早く回収し、死にかけているなら早急に城に運べ。俺も城に向かう……』と記載されていた。

 もちろん他の誰かが読んでもただの記号の羅列だ。

 あのハールートも、いやもしかしたらイオフィエーラでさえも理解できまい。

 その手紙を受け取り、事は一刻を争うと息急ききって駆け付ければ、手紙にあった乙女は元気よく怒りだした。

 きっと、その寸前にサリエによって体中の傷を再生されていたため、見た目以上に体力があったのだろう。


(まぁサリエの力だけじゃないだろうがな……持って生れた性質だ、あの直向きさは)


 ラフィは初めてハニエルを見つけた時のことを思い出し、うんうんと頷く。

 何と言ったって、やっと見つけ出した哀れな姫君は同情など寄せ付けないほどに力強かった。

 その乙女からとんでもないエネルギーを感じ、サリエの手は必要ないと判断した。

 いや、懸命に自分の足で運命を切り開く彼女を前に、その邪魔などできようはずがない。

 だから吟遊詩人など嘘をついて、彼女の旅の供に加わったのだ。

 ラフィが出会った時のハニエルに想いを馳せている間にもサリエの話はどんどん進んでゆく。


「崩落する神殿から逃げ出したあいつを追っていった時だって、そうだ。莫迦なあいつは一応こちらの意表をついて石棺ではなく、その側の床に隠れていたが、それでも零れた血がいくつも床に出来たヒビの側に落ちていた。本当、あいつもお前と同じで、卒があることしかしない」


「おいっ!さらっとおれも一緒に非難するな。あのな!世の中ってのは、殆ど卒ある、人間味に溢れたピュアボーイ&ガールで出来てるんだ。お前が異端なんだよ」


 ラフィはぶすっと表情を歪めて、面白くなさそうに口を挟む。

 しかしサリエは聞く耳もたず。


「そう思うことで自分のアイデンティティを守ろうとしているなら、俺はこれ以上何も言わんがな。ただ己を正しく理解することもできぬ者に成長は望めない」


 フンッと鼻を鳴らすと、ラフィを試す様に濡れた瞳が好戦的に輝く。

 燭台の灯りを取り込んだ黒曜石が、ラフィの本心を射抜くように妖しく揺れる。


「っんぐっ!」


 思わず言葉に詰まり、ラフィは悔しげに唇を噛んだ。

 サリエに言われると説得力があり過ぎて、言い返しても更なる言葉でねじ伏せられてしまう。

 なんと答えれば一番、自分への被害が少ないかを考えあぐねているラフィを愉しそうに見つめ、サリエは葡萄酒の杯をくゆらす。


「ククッ。せいぜい精進することだな」


「お前はその歪んだ性格をなんとかしろ………」


 なんとかそれだけ言い返してみたが、更にサリエを愉悦に浸らせるだけだった。


「フンッ。一つ位歪んでないと、他に失礼だからな」


 自信満々というよりも事実をありのまま告げているような口ぶりだった。

確かに事実なので、ラフィはそれ以上何も言えなかった。


(くっそ~!こいつ、能力の高さも見た目の良さも全て分かって言ってやがる!!)

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