第二回
長屋に戻り売上銭を勘定していると隣の物音が妙にうら寂しく響いてくる。それを聞くとはなしに耳にしながら銭を何度数えても当てにする芝居の木戸銭にあと二文足らない。足らぬ足らぬと唱えながらしばらく佇み新居の匂いを改めて嗅いでいた。しみじみここは静かなところだと気付く。この長屋にはいったいどんな住人が居るのか、朝早く出て夜遅く帰還するのでは隣の者の正体すらわからない。
今聞こえてくるのは隣人の微かな息づかいである。それは何かを唄っているのか。その声は謡にも聞こえてときには滑らかな調べである。細い響きは裏悲しく、高き音は笛の如く流れてくる。それは女の声であり年季の入った落ち着いた音色を感じさせた。まるで浄瑠璃の囃子を奏でるかのように聞こえてますますその怪しげな正体に足腰の疲れを忘れて聞き入ってしまった。
兄弟子春好のことは寝床に入っても甦り、何の運命のいたずらかつくづく勝川派破門は彼の策略にはまったとしか思えない。春好にとっては師匠春章に可愛がられる私が目のうえのたんこぶだったのだろう。師匠の突然の逝去が春好にとっては願ったり叶ったりの到来の時機だった。兄弟子春好には自分の招牌絵のことで嘲笑されみんなの眼の前で破り捨てられたこともあった。
しかし今でも役者絵に対する執着は捨て難く数年にわたってその若手旗手の筆頭として脚光を浴びた日々が走馬灯のように流れる。
なかなか眠れなかった。
「よっ、成田屋っ」
威勢のいい掛け声が頭に甦ってくる。歌舞伎舞台は中村座、絵筆を執る自分の姿がそれに重なってくる。版元は先を競って人気役者の絵姿を描かせた。鳥居清長、歌川豊国、喜多川歌麿、勝川春章らはその主流であり、勝川派門下にあった自分も数々の役者似絵を描く機会に恵まれた。それらはすべて実際に歌舞伎小屋に臨場して写実するのでなく定型化した筆致のもと仕上げるのである。したがって各派にそれぞれの特徴があり歌舞伎役者は勿論のこと版元にも誰に描かすかが商運の鍵を握るのであった。しかし、再度役者絵の世界に返り咲こうにも今は破門の身、その機会は当分訪れてはこない。
春朗は長い間闇のなかで眼を凝らしていたがやがて静けさの張り詰めている現実に戻った。足らぬ足らぬかあと二文と再び浄瑠璃見たさに唱えながら布団をかぶるといつの間にか寝鼾を立て始めた。
このとき春朗三十二歳。江戸は倹約令厳しき折だった。綱紀粛正の兆しもますます深度化しその結果、黄表紙作家等への処罰が盛んに行なわれていた。なかでも人気作家山東京伝が手鎖五十日、版元の蔦屋重三郎が財産半減の刑に処されたのは去年のことだった。更に歌舞伎の世界も本櫓のうち倹約令の煽りを受けて森田座、市村座は既に休業し中村座だけが残っていた。
そして春朗の師匠であった役者絵界の大御所勝川春章の死去とともにその寛政四年が暮れようとしていた。