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第十回


「それにしてもひどいねえ、発禁となりゃあその版本はことごとく絶版にさせられるだけでなく版木および印本をも没収されたあげく破棄または焼棄とはねえ。さらにそれ以後の売買が禁止されるっていうじゃないか。写本、上書きの類もこれを復刻することも写本のままどこかへ流すことなども一切だめで、これじゃあ作者も版元もまるでこの世から抹殺されるようなもんだよ 」

 小紫は恐ろしいほど出版の世界に詳しいことを語り春朗は度肝を抜かれた。単に噂だけでこんなことまで知り得るはずはないと思ったからである。

「今、蔦屋に居候している十返舎一九っていう戯作者がそう話してたよ‥まったくひどいご時勢だよ。それに最近じゃあ大御所歌麿にも逃げられて踏んだり蹴ったり。超売れっ子だった京伝も処罰に懲りておとなしくなり身上半分押さえられた蔦屋も今じゃすっかり火の車さ」

「一九って聞いたことがない。何を書いているんですか?」

 十返舎一九とは何者だろう。春朗にとって初めて知る耕書堂の食客だ。

「面白い物書き屋でなんでも今、道中記かなんか執筆中だとか。元はといえば生まれは駿河らしいが上方の物書きで東海道を膝栗毛、江戸に上って出版すべき版元を当っていたらしく辿り着いたのが蔦屋ってわけだよ。蔦屋は大いに期待してそのうち落ち着けばやがて出版されるのではないのかしらね」

 まだ未完の書きものであれば分からないはずだ。それにしても蔦屋は起死回生の機会を着々と進めていることが春朗の脳裏に伝わってくる。十郎兵衛の上方歌舞伎といい上方の書き屋一九の出現といい上方に対する興味は広がるばかりである。

「それはそうとお前さんに見せたいものがあるんだよ。これも元はと言えば上方の絵描きの連中が描きなぐった絵なんだけどさあ」

 思い出したように小紫は立ちあがり「いつだったか雪の降る日に見慣れない会合があってね‥お前さんが昔絵を習ってたと言うから見せてやろうと思ってね…」と言いながらゴソゴソと部屋の片隅を探し始めた。やっとそれを見つけたらしく「これだよ」とくしゃくしゃになった絵を春朗の目の前に差し出した。

「侘びだとか寂びだとか雅びだとか盛んに議論し合っててさあ喧々諤々だったわよ…。この絵っていったい何処がそんな風なのかお前さん分るかい?」

 春朗は数枚の絵を見て暫く黙る。

「あの夜はちょうど雪が降っていて障子窓から見た雪景色を描いたんだねえ…こんな絵っていい絵なのかい?」

春朗の目はますます食い入るように眺め入った。

「ねえ、どうなのよ」

小紫の声が遠くに聞こえた。春朗の眼前に異様な旺盛心が群がっていた。この画風は誰が広めしものかを知りたい衝撃に駆られた。興奮が口からこぼれて早口で小紫に問う。

「連中の名は何と言っていましたか?」

「何でも俵屋宗達の流れを汲む大和絵師、尾形光琳の一門だとか」

 単に墨による一筆の描写が春朗の心を貫いていた。門派の名をしっかりと頭に刻みいつまでもその絵を見つめながら唸りつづけた。

「ねえ、感想はどうなの。何故黙ってるのさ」

 確かに黒墨の濃淡に茶道のそれと合い通じるものが見えてきそうな気がする。しかも大和絵の発祥はこれまた上方。春朗にとって上方はすべて新たな(かたち)であるように思われた。


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