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有料光

作者: ネルネルネ
掲載日:2011/07/30

久しぶりの投稿です。


ご感想などいただけると嬉しいです。

 とんてんかん、とんてんかん、金属を叩く音が街に広がる。

 時計はまだ午前十時を指しているというのに、この街には光が射さない。上は真っ暗。下に灯る街灯からの光を受けてうっすらと天井が見える。ここは密閉された空間だった。

 暗い暗い街の中、総勢六十四名がそれぞれ作業を進めて建物を作っていく。みんなが淡々と作業を進めていく中、僕は鉄骨から足を踏み外し落下。足首を捻挫してしまい、親方から、

 『この役立たずがぁ! もうてめえは帰れ! 邪魔だ!』

 と叱られたので、淡々と、帰り支度をして現場を後にした。

 ていうか、明かりの少ないこんな場所で一度も落ちずに作業を平然と行えるあの人達のほうがおかしいと僕は思う。住み慣れているかの違いだろうが、僕には一生できそうにない。

 街に出ると、活気付いた喧騒が耳を満たす。品種改良した野菜を切り売りするオジサン、古着服のセール品を我先にと競い奪い合う主婦たち、大人たちの足元を器用に走り抜けていく子供達、吠える犬、なで声を出して魚を恵んでもらおうとする猫、路地裏では思春期を迎えた少年たちが喧嘩をしていて、それを止めに入ろうとするがタイミングを計れずにいる中肉中背の警察官。

 そして、ラーメン屋でバイトしている女の子。

 「あ、どくた~だ。お~い、どくた~」

 「何度言えばわかるのか知らないけど、僕はドクターじゃない」

 その女の子は僕の前にぴょんと飛ぶように近づいてくる。ミニスカートが翻って中が見えそうなのか、店の中でラーメンを食べていた男共が一斉に低姿勢になった。

 「仕事終わったの? 早かったね」

 「親方に帰された。鉄骨から落ちて足首捻挫中」

 「ありゃりゃ」

 笑う女の子。名前はエミ。苗字は知らない。

 こいつの父親には世話になっているし、彼女には色々借りがある。

 「じゃあ病院いかないとね。もう少しでバイト終わるから、ちょっと待っててね」

 彼女が店に戻ると同時に、低姿勢で居た客が元の状態に戻っていた。

 


 見慣れられた老医師に足を見てもらったが、軽い捻挫らしく少しすれば動けるようになるとのことだった。診終わった後、包帯や添え木も無く、診察料金も請求されずに病院を追い出された。何か用事があるらしい。

 外に出ると、案の定エミが壁に背を預けながら待っていた。僕を見るとニコっと笑う。

 「どうだった?」

 「こんな軽い怪我で来てんじゃねえって」

 僕が歩き出すと、エミはその隣に小走りで追いついてきた。

 特に話すこともないので僕は終始無言だったが、彼女は何か良いことでもあったのか、それとも頭が悪いからなのか、鼻歌を歌いながら僕の隣を付いて歩いていた。

 「ねえどくた~」

 「ドクターじゃないって言ってるだろう。ていうか何でそもそもドクターなんだ?」

 「えぇ~。だっていっつも家で何か調べてるし」

 「……ああ、それで」

 「何調べてるの? エロ本?」

 「居候させてもらってる身でエロ本は研究しない」

 なんて、くだらない会話をしていた。

 そうして街を歩き進んでいるうちに、一つ妙なことに気が付いた。

 「今日は人が多いな」

 僕はここに越してきて三ヶ月ほど経つが、いつもの光景の三倍以上の人で街道はごった返していた。時刻は十一時半、昼休みが始まるにしても早すぎる。そもそも家族連れが多い。特に祝日でもないと言うのに、小学生ぐらいの子供がちらほらと見かける。

 なんだ? 授業をボイコットでもしたのか。

 「あれ~? どくた~知らなかったの?」

 エミが前に出てきて、そのまま後ろ歩きで僕の目の前を歩く。

 「何を?」

 「んふふ~。じゃあ特等席に行こうよ。良いとこ知ってるんだ、ワタシ」

 タンッと軽く半回転ジャンプして、エミは先を走り出してしまう。やはり機嫌がいいようで、足取りはとても軽やかだった。

 だから、なにがあんだよ。

 


 山を登っていた。

 ちょっと待て。

 「着いた~」

 「おま……え…………はぁ…どれだけ体力が----」

 息が切れる。当たり前だ。なぜ山登りを始めたのか自問自答したい。

 街が小さく見えるぐらい高い山に僕たちは居る。目的地を知らされぬままつれて来られたが、山を登るとは聞いていなかった。ほぼ垂直に近い角度の斜面を命綱なしで登りきった。

 息を切らして、山の頂上まで着た僕は地面にごろんと寝転がり、呼吸を整えようとする。

 「えへへ~」

 僕が寝転がっている横にエミも転がる。僕と違ってまったく息が乱れていない。この街の人達は総じて健康的過ぎる。僕みたいなガリガリ不健康男子とは大違いだ。

 「ふぅ~」

 息を整えるため息を大きく吸いこむ。吸い込んだ息はどこまでも無色透明で、美味しいとは言いがたい。この街には光が届かないため、植物は育たない。だから光合成後の出来立て酸素を味わうことはできない。

 ……それもこれも。

 「あ、もうすぐだよ」

 エミが仰向けのまま暗い空へと手を伸ばす。すると、暗い空に亀裂が走る。

 ……そうか。今日はあの日か。回覧板に書いてあったな。

 亀裂から零れた光がたちまち街を照らし出す。

 普段は見えにくいエミの、蠟を溶かし込んだような白い肌が光を反射する。

 ゴゴゴゴっと、埃を落としながら空が開かれる。

 そして、街のほうからアナウンスが。

 『今日は待ちに待った入光日です。これもみなさんの普段の頑張りのおかげです。街のものでない方も今日は無礼講です。存分に日光浴を楽しんでください』

  


 空は、人間によってコンクリートの天井で塗り固められてしまった。

 ある権力者が立てた階層型都市計画。通称『アンブレラ』

 人口の増加に伴う解決策の一つだったらしい。居住区域の増加のために上空に都市を建設、多くの柱によって支えられたそれは傘のように見えなくも無かった。

 貧民層の人々を下層、すなわち地上に置き去りにし、富裕層達は傘の上、新たに建設された新天地に居を構えた。上と下の流通は柱の中のエレベーターを通じてのみ行われ、金持ちと貧乏人は完全に隔離された。

 この都市計画がなぜか大成功を収め、国々の権力者たちはこぞって同じ計画をそれぞれで進行。地球は、まるでボールに大きなキノコが何本も生えたような奇妙な姿になった。

 そして、権力者たちは下の貧民層の人々が日の光を恋しく思っていることに気が付いた。有料光の始まりだ。

 下の人々は日光を金で買うようになった。ある決められた時間の間、一部のシャッターを開き、日の光を下へと当てる。唯それだけのことで、上層の富裕層はより一層金を集めることができた。

 その新しい事業をそれぞれの国で始めると、いずれルールが決められるようになった。

 例えば、ある国が日光料を安く設定すると、貧民層たちはその地へと足を運ぶようになり、他国は日光料を得られなくなる。その国々の下に人が居なくなるからだ。

 だから、ある一定の値段、ある一定の時間しか日を当ててはならないなどの取り決めが成され、それぞれの国が合意した。

 もしも、この条約を破った場合は、破った国以外によって編成された連合軍が攻めて来る。

 それをわかった上で、条約を違反する奴もいるが。

 


 街に光が当たる。こうして高いところから見下ろすと、迷路のように思っていた入り組んだ街道は単純な造りだった。街にも街灯はあるが、街全体を照らすことなどできず。こうして限られた日の入光以外は、街は暗闇が占める部分が多くなる。先ほどのように。小さな町が入り組んだ迷路のように感じてしまう。

 「……きもちいいねぇ~」

 「ああ」

 日の光を全身で浴びるようにエミは両手を広げる。その腕や足、頬の肌は普段から日に当たらないため異常に白い。白いキャンパスに、人の輪郭だけを書き込んだような朧さ。

 このような姿をしているのは彼女だけではない。街の全員が彼女のように、生気を失った死体のように、白い。親方も、野菜を売っていたおじさんも、セール品を奪い合っていた主婦たちも、喧嘩をしていた少年たちも、人間らしさを行動で示すだけで、浮世離れした姿をしていた。

 生まれてから数回しか日に当たらなければそうなっても可笑しくないか。

 「ど~くた~」

 「なんだよ」

 「どくた~は上の出身なんだよねぇ?」

 「……ああ」

 そう、僕は上の出身者だった。あの光の下で生まれ、育ち、生きていたのだ。

 そして、彼女たちを見下ろしていた。

 「やっぱり、上って天国みたいなのかなぁ? だって、毎日毎日こんな幸せな気分になれるんだもんね」

 「毎日ってわけじゃないよ。雨が降れば日光は遮られるし」

 「飴!?」

 「雨だ。水が落ちて来るんだよ」

 決して糖分は落ちてこない。

 「へぇ~。すごいね」

 「そうか?」

 「うん、ここじゃそんな事ありえないから」

 「そうか」

 罪悪感という文字が脳裏を過ぎる。エミはおそらく僕を責めるつもりなど毛頭ないだろう。嫉妬しているわけでもなく、ただ羨ましいだけなのだ。

 この街に来たときも、僕の肌の色に萎縮していた人たちと違って、彼女は、

 『ねっ! ねっ! もしかしたら上から来たの!? そうなの!? そうなんだよね!?』

 三時間もの長い間、街中追い掛け回して質問攻めをした。おかげで街の人たちにも慣れられ受け入れられた。ああ、はいはい。いい思い出、いい思い出。

 上階への羨望が些か強い彼女。向こうを桃源郷か何かだと思い込んでいるようだが、実際は戦争か、内家での当主争いなどしかない。

 兄上、どうしているだろうか。いい加減に諦めてくれただろうか。僕の命を。

 この街に逃げて早三ヶ月。殺し屋も諦める頃だろう。

 「どくた~」

 この街で得たものは大きい。

 「どくた~?」

 上に居た頃、下層、すなわち地面に居る人たちは病原菌を持ち、意地汚く、食べるものには困り、醜く、この世の掃き溜めのような存在だと聞かされていたが。こうしてみる限り、その考えは大きく違っていた。

 「ど~くた~」

 この街は喧騒に満ち溢れ、街を覆う闇に相反するように、心が明るく、暖かい。

 目指すものが違うからだと、この三ヶ月で答えを出した。

 彼ら下層の住民達は数ヶ月に一度のあるかないか、それも一日の内の数時間に希望を詰め込んだ。

 僕ら上層の人々のように、人生に欲望を満たしたモノとじゃ、比べるのも差し出がましく、今までの自分の人生を恥じる結果となった。

 「どくた~……どこ行くの?」

 「ん……ちょっとな」

 山を降りていく。先ほどのような急な崖と違って、緩やかに下って行く道。

 街と反対方向の道へ。

 後ろで、僕を呼ぶエミの声を背に、ゆっくりと歩いていった。

 


 どくた~が去って数ヶ月、

 『まったく! あの馬鹿の所為で大忙しだ!! なんで俺たちが天井の修理なんかしなきゃいけないんだ!?』

 と、お父さんは愚痴っていたが、内心寂しそうだった。

 私達の街の天井には今、何もない。

 爆破テロがあったのだ。犯人は未だ逃走中。

 多分、あの人だろう。

 みんなそう言ってる。

 ぽっかり明いた穴から光がいやというほど入ってくる。

 あの人はどうやら、ここを訪れる前から、上の世界で指名手配されていたらしい。

 名前を言いたがらなかったのはその為だったのか。

 私がどくたーと呼んでいた彼の正体は、上の世界の大貴族の子供の一人。戦いに愛想を尽かし、その原因であるあの天井を、壊して回っていたそうだ。それに伴い、彼の爆破した区域の、下の階層に居た人たちはその爆破された瓦礫に埋もれ、死者は膨大なものだったという。

 しかし今回、それがころっと変わった。

 今までは、大量の爆薬を使った適当な爆発だったが、今回の爆発は完全に計算され尽くした爆破で、街に落ちてきたのは埃と、工事が完了するまで続く日の光。復興は二・三年ではすまないそうだ。

 家に引きこもって何を研究しているのだろうと思ったら、そういうことか。

 あの人の言っていた通り、日の光はそんな良いものではない。日に当たり続けていたら、『ヒヤケ』なる現象が起きて、真っ赤になってお風呂に入るとき肌が痛くなる。それに暑い、『日陰の街』 だったこの街は、今や『日なたの街』。近くの町に住んでいた人達もこぞってこっちに移り住み、賑やかになった。人がギュウギュウっとなって暑いのなんの。バイトも忙しい。朝から晩までラーメン出し続けてる。スカートの中見る人増えて、お父さんがその人たち投げ飛ばして大惨事。

 うん。感謝している。とても。みんな笑顔になって、幸せそうだ。

 けど、その感謝をされるべき人がここに居ないのが、唯一気になる。

 どうしたんだろう? お父さんも、普段から文句ばかり言ってるけど、どくた~のこと気に入ってたのに。テロリストだからって、みんなあの人のことを糾弾するつもりなどない。きっと、みんなで守る。あの人を追ってくる人たちが来ても。

 空を見上げた。

 つい数ヶ月前まで見ることができなかった空。

 彼が開いてくれた空。

 「……上にいるのかな」

 天井の隙間から漏れ出る日の光を掴み取るように、手を青い空へと伸ばす。

 彼はきっと上に居る。これからも戦うつもりだろう。何かと。戦う原因になる何かと。

 けど、それを全て終えたとき、ここに居場所があるってことを伝えないといけない気がした。

 「…………よし」

 グッと、伸ばしていた手を握り締めて、決意を固めた。

 

 「行こう。どくた~に会いに」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 作風が少し変わった所かな? そこがいいと思う。 [気になる点] なし [一言] しばらく見ない間にこんな神作が!! 次も楽しみにしてます^^
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