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etc.ロマンス  作者: sadaka
第八部
427/510

key person(6)

 大海原の中で降下を始めてからしばらくすると、徐々に辺りが暗くなり始めた。今はもう地上からの光は完全に絶え、球状の安全な空間内に生じさせた人工の光だけが、ぼんやりと辺りを照らしている。その光に引かれてか魚が集って来るのだが、それらの見た目は決して可愛らしいと思えるようなものではなかった。そういった魚が暗い海の中から現れて、突然視界をよぎっていく様はホラーに近い。

「ぎゃっ!」

 今もまた、ビクビクしている葵の傍を大型の魚が通過していった。驚きと恐怖で悲鳴を上げた葵は反射的に、隣にいたウィルに縋りつく。すぐに手を離そうとしたのだが、それはウィルが肩に手を回してきたことにより止められてしまった。

「いいよ、抱きついてなよ」

「う……ご、ごめん」

「それよりさ、もうちょっと可愛い悲鳴を上げてくれない?」

「そんなこと言われたって……」

 どこから何が現れるか分からない恐怖の前では、そんなことを気にしている余裕などない。とにかく視界を閉ざしてしまおうと、葵はウィルの胸に顔を押し付けた。瞼を下ろすと完全な闇の中に放り込まれてしまうが、すぐ傍に誰かがいると感じられるだけでだいぶ心持ちが違う。

「ワタシ達イル、安全。何ガ怖イ?」

 視界の外からスミンの不思議そうな声が聞こえてきた。葵が答えようとすると、先にユーリーが彼女の疑問に応じる。

「アオイさんは異世界の者だから、ボク達には解らない潜在的な何かがあるのでしょう」

「潜在的? ソレ、何カ」

「アオイのいた世界には魔法がなかった。今のこの状況で魔法がなかったらって考えてみると、その答えに少し近付けるんじゃない?」

 人間は深海で生きられるようには出来ていないので、今この状況で魔法がなかったら、水圧に殺されて魚の餌となるだろう。ウィルの提案に従って、そんなことを平然と言ってのけたのはユーリーだった。それは怖いと、スミンも楽しそうに同調している。彼らはこんな状況下でも議論を楽しんでいて、葵は一人で怖がっている自分が滑稽に思えた。それでも怖いものは怖いので、ウィルにしがみついたまま口を開く。

「ねぇ、いつまで潜るの?」

「底までだけど、そろそろじゃないかな」

 周りを見てみなよとウィルが言うので、葵は恐る恐る目を開けてみた。いつの間にか照明の明るさが増していて、目を閉じる前よりも周囲の状況がよく見える。にもかかわらず視界が悪いのは、海底の方から煙のようなものが立ち上っているからだ。

「海の中なのに、煙?」

「地熱で熱せられた水が噴き出しているのですよ」

 葵の疑問に答えたのはユーリーで、胸に魔法書を抱いている彼はその後、本を開いて呪文を唱え出した。『リ=オ』から始まる呪文は水に属するもので、魔法によって海水が掻き混ぜられているような状態になる。それは地上で風が煙を払うのと同じような眺めで、モクモクと立ち上っていた熱水の煙が晴れた。

 視界が回復するとまず、海底がすぐそこにあるのが見て取れた。でこぼこしている海底には熱水噴出孔が一面に広がっているのだが、その中に何か長い物が突出している部分がある。それに目を留めた葵が何だろうと首を傾げていると、一同を包んでいる気泡はその近くへと移動した。初めに目にした時には海底から何かが突出しているように思えたのだが、近くで見ると違うということがよく分かる。それは海底から発生したのではなく、海底に突き刺さっている(・・・・・・・・)のだ。

「……槍?」

「あせろノ槍ネ」

 半ば独白のように疑問を口にした葵に答えると、スミンは一人だけ気泡から飛び出して行った。続いてウィルが、行動を起こす。

「アオイのこと、よろしくね」

 ユーリーにそう言い置くと、ウィルもスミンの後を追って行った。何が何だか分からずに取り残された葵は、必然的にユーリーを見る。何も言わなくても説明を求めていることが分かったようで、ユーリーはゆっくりと口火を切った。

「船の上で、ボクが魔法書を取り出した時のことを覚えていますか?」

「え? 覚えてるけど……それが、何?」

「あの時ボクは、今ボク達がいる次元とは違った次元から魔法書を取り出しました。ここまでは理解出来ますか?」

「うん。なんか、異次元に大切なものとかをしまっておくんでしょ? 持ち運びが必要なくて、使う時だけ取り出せるって便利だよね」

「そこまでご存知なのでしたら、話が早いです」

 ユーリーの話によると、そういった異次元を物置として利用するという方法はプリミティフ族が生み出したものであるということだった。その話は初めて聞くものだったので、葵は「へぇ」と相槌を打つ。

「それがあの槍と、どういう関係があるの?」

「アセロの槍はプリミティフ族が空間を操作する際に使用していたものです。今は呪文一つで異次元との繋がりを作ることが出来ますが、昔はあの槍で空間を切り裂いて異次元への道を開いていたのです」

「そうなんだ……」

 アセロの槍については、ユーリーの説明でよく分かった。しかし根本的な疑問が解決していないような気がして、葵は眉根を寄せながら海底に視線を移す。槍の傍にはスミンとウィルがいるが、彼らが何をしているのかは見ただけでは分からなかった。

「あの槍を探しに、こんな所まで来たの?」

「槍自体が目的ではありません」

 目的は槍の先にあると言うと、ユーリーは海底を指差した。ユーリーの指先を辿って目を向けてみると、海底ではスミンが槍に手をかけている。彼女の体の優に二倍はありそうな槍をスミンが引き抜くと、槍が刺さっていた場所で闇が口を開けた。

「なっ、何?」

「アセロの槍はあるものを封印していたのです。頸木(くびき)が取れたので、封じられていたものが姿を現したのですよ」

 封じられていたものが何だったのかユーリーは言わなかったが、海底の動向に釘付けになっていた葵は、それを目の当たりにした。ぽっかりと開いた闇の中に人間が姿を現したのだ。しかしそれは一瞬のことで、その人物は崩れるようにして姿を消してしまった。それと同時に闇が口を閉じ始め、異様な虚空がゆっくりと失われていく。海底が元通りの姿を呈する頃には、ウィルとスミンが気泡の内部に戻って来た。

「では、戻りましょう」

 そう言ったのはユーリーで、彼は魔法書のページをめくると短い呪文を唱えた。それは葵も聞き慣れた転移のもので、辺りの風景が一瞬にして海底のものから海上のものへと変わる。転移した先はユーリーが海に潜る前に描いていた、甲板の魔法陣だった。浮遊状態から解放されて人心地ついた葵は安堵の息を吐き、それから説明を求めてウィルを振り返る。しかしウィルに話しかける前に、彼の隣にいたスミンの手元に目を奪われた。

「それ……あの槍?」

「ソウネ」

 問いかけた葵の前に、スミンは手にしている槍を掲げて見せた。それは確かに海底で目にした物と同じ槍だったが、海底で見た時とは大きさが異なっている。スミンの体の優に二倍はありそうだったものが、ちょうど彼女の身長くらいの長さになっているのだ。

「この槍、もっと長くなかった?」

「かすたまいずシタネ」

「スミンは武器の蒐集(しゅうしゅう)が趣味でして、その扱いに長けています」

 武器に魔法の属性を付加することも簡単にやってのけるスミンにとっては、武器の大きさや長さを調整する程度のことは赤子の手を捻るようなものであるらしい。そう教えてくれたのはユーリーで、話を聞いた葵は本筋とは別のところで納得してしまった。

(だから剣士みたいな恰好してるんだ)

 剣を履いているスミンはその容貌だけではなく服装も独特で、流浪の剣士のような恰好をしている。そしてそれが、彼女にはよく似合っていた。

「盟約はうまく結べましたか?」

 槍の話が一段落すると、ユーリーが話の矛先をウィルに向けた。それまで口を挟まずに佇んでいたウィルはニヤリと笑い、ゆっくりと口唇を開く。

「我が血肉に刻まれし盟約よ。ウィル=ヴィンスの名において契約の履行を命ずる。英霊、召喚」

 ウィルが呪文を唱え終わると、彼の横に英霊が出現した。その英霊は男性だったのだが、腰まである長い髪がふわふわと体の周りで揺らいでいる。ただ、英霊はすでに死した人間の魂なので、アルヴァくらいの色彩の金髪は陽光を浴びてもきらめくことはなかった。

(この人……)

 海底でスミンが槍を引き抜いた時、闇の中に一瞬だけ現れた人物ではないだろうか。葵がそんなことを考えながら英霊を凝視していると、彼が不意に目を向けてきた。虚ろなグリーンの瞳に見つめ返され、葵は息を呑む。理由は分からないが、その存在感がものすごかったのだ。

「アオイ」

 英霊に釘付けになっていた葵はウィルに呼びかけられたことで我に返った。彼の方を振り向くと、ウィルは口元に笑みを残したまま言葉を重ねる。

「改めて、紹介するよ。彼の名前はバラージュ=バーバーっていうんだ」

「……えっ?」

 ウィルが何を言ったのか瞬時には理解が及ばなかった葵は呆けた呟きを零し、しばらくしてから大きく目を見開いた。

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