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etc.ロマンス  作者: sadaka
第七部
369/510

信じる心(5)

(はあ……)

 廊下にぽつぽつと灯っている淡い光に照らされながら、ドレス姿の葵は夜の王城を一人で歩いていた。今日は王女のコレクションハウスにユアンが訪れるという出来事があったため、王城への召喚はないだろうと思っていたのだが、夜になってから呼びつけられたのだ。王城で顔を合わせると、ローデリックは王女を寝かしつけろと命令してきた。それきり本人は姿を消してしまったため、葵は仕方なく、王女が寝付くまで彼女の傍にいたのだった。

(あの子、何歳なんだろう?)

 見た目ではユアンと同じくらいなのだが、寝付くまで何か話をしろとねだったり、握った手を離さなかったり、言動が幼く感じられる。もっとも、比較の対象であるユアンが普通の子供ではないと言ってしまえば、それまでのことなのだが。

(うーん、子供は嫌いじゃないんだけどね……)

 だが取り立てて好きというほどでもなく、自由を奪われた身で強制的に傍にいさせられるのは苦痛である。そんなことを考えながら薄暗い廊下を歩いていると、不意に背後から伸びてきた手に口元を押さえつけられた。

「!?」

 完全に無警戒で歩いていた葵は抵抗に要するまでの時間が長く、その間に引きずられるような形で移動させられた。近くにあった部屋の中に押し込まれると拘束を解かれたので、葵は慌てて扉へと向かう。しかし不審者に先回りされ、脱出路は閉ざされてしまった。

 葵の前に立ち塞がった不審者はスキンヘッドの男だった。彼は何故か白衣を着用していて、その見た目一つからして非常に怪しい。しかも人相が悪く、鋭い眼光を放つ目を向けられた葵はゾクリとして後ずさった。しかし一瞬の後、この男とどこかで会ったような気がすると思って眉をひそめる。

「落ち着け、同志」

 男が口を開いたことにより、葵はギョッとした。見覚えのあるスキンヘッド、ギョロリとした目の上にある薄い眉毛、そして自分のことを『同志』と呼ぶ、その声は……。

「マッド?」

 葵が瞠目しながら問いかけると、男は白衣の胸ポケットから取り出した色眼鏡を装着した。その姿は記憶と寸分違わない、懐かしい隣人のものだ。

「うわぁ、マッド! 久しぶり! 何でこんな所にいるの? ここで何してるの?」

 マッドという名の青年は葵が『ワケアリ荘』というアパートで暮らしていた時の隣人で、壊れた携帯電話を直してくれた人物でもある。久しぶりの再会と、この状況下で知り合いに会えたという喜びが葵を浮かれさせた。しかし一気に問いかけたせいか、マッドは苦笑を浮かべて首を振る。

「残念ながら同志、今は話しこんでいる暇はないのだ」

 そう言うと、マッドは葵の後方を指差した。その指先を辿って振り返ってみると、扉があるのが目に留まる。扉の先へ進むようマッドに促されたので、葵はわけが分からないまま従った。

 マッドに指示された扉を開けてみると、その先も部屋になっていた。どうやら衣裳部屋のようで、手狭な室内に所狭しと衣服が並んでいる。その隙間から出現した人物を見て、葵は目を丸くした。

「ユアン!?」

 思いがけぬ再会に、葵はつい声を張り上げてしまった。だがそれはまずかったようで、ユアンが慌てて葵の口を塞ぐ。彼は空いている方の手で自分の口元に人差し指を立てて見せたので、葵も落ち着きを取り戻して頷いた。その様子を見て、ユアンは手を退ける。小さな声で「ごめんね」と呟くと、彼は抱きついてきた。

「黙っててくれてありがとう。絶対、絶対助けるから。待ってて」

「……うん。信じてる」

「アルのことも心配しなくていいからね」

「アレ……見たの?」

「うん。あれは水晶の檻(クオーツ・プリズン)っていって、罪人を閉じ込めるためのものなんだ。幽閉されて眠りに就いてるけど、死んだわけじゃない。だから、安心して」

 同じ内容をすでにローデリックから聞き出していたこともあり、葵は取り乱すこともなく頷くことが出来た。葵から離れると、ユアンはその場に座り込む。同じ目線で話をするために、葵もユアンの正面に腰を落ち着けた。

「聞きたいことが色々あるんだけど、何から話せばいいんだろう」

「何でも聞くよ。マッドから合図がない限りは安全だから、何でも聞いて?」

「そうだ、何でマッドがここにいるの?」

「彼はね、もともと王室直属の研究チームに属している身なんだ。ワケアリ荘に住んでたのは、魔法が使えないって環境が彼の研究に有意義だったからなんだよ」

「研究?」

 何の研究をしているのかと問えば、マッドは異世界の技術を研究しているのだとユアンは言った。もともとそういった研究をしていたから携帯電話という異世界のアイテムを直すことも出来たのかと、腑に落ちた感じがした葵は深々と頷く。

「なるほどねぇ。なんか、私の前にも私が生まれ育った世界から来た人がいたみたい」

「そうなの?」

「ワケアリ荘にあった物が私がいた世界にあった物とよく似てたから。偶然にしては出来すぎだなって思ってたんだよね」

「へぇ……。今度、その話ゆっくり聞かせてよ」

「うん。帰れたら、ね」

 そこで一度、葵は口を噤んだ。ユアンが絶対に助けると約束してくれたので焦りはないが、帰れるのはいつになるだろう。その時は、アルヴァも一緒がいい。そんなことを考えていると不意に疑問が浮かんできて、葵は再び口を開いた。

「でも、大丈夫だったの? 私と知り合いだってことがバレるとまずいんでしょ?」

 だから昼間、初対面の振りをしたのではないか。葵がそう問いかけると、ユアンは苦笑いを浮かべながら左手の甲を見せた。その指に、見たことのない文様が刻まれた指輪が一つだけ嵌まっている。その指輪はそれ自体が魔法陣になっていて、そこには人間の魔力を完全に封じてしまう効力が宿されているのだという。どこかで聞いたような話だと思った葵は記憶の糸を辿りながら空を仰いだ。

「それって……」

「そう、フロンティエールの魔法陣だよ」

 西のファスト大陸にあるフロンティエールという国は、それ自体が一つの魔法陣になっていて、その国の中では人間が魔法を使うことが出来ない。葵もユアンもフロンティエールに旅行をしたことがあり、彼は本国に帰って来てからも魔法陣の調査を続けていたのだという。その全体像を掴んだことで、それを何かに転用出来ないかと考えたユアンは試しに魔法を封じる指輪を作り出してみた。これが案外に便利なものだったのだと、彼は自慢げに言う。

「僕の周囲の人達は魔力を見ることで個人を識別してるから、こうして魔力を封印しちゃえばどこでも自由に行動出来るんだよね。着脱にも特別な制限はないから、魔法を使いたい時は指輪を外せばいいだけだし」

 滔々(とうとう)と指輪の有効さを語った後、ユアンはしっかりと「レイにはナイショね」と釘を刺してきた。彼が目を盗みたい相手は主にレイチェルであるらしく、葵は呆れた表情を浮かべる。

「あとは何か、聞いておきたいことはない?」

 ユアンから問われた葵は少しのあいだ考えこみ、やがてコレクションハウスで見た黒猫のことを思い出した。ワケアリ荘の管理人だった青年が今どうしているのかと問うと、ユアンは意外そうな表情をした後、微かに顔をしかめる。

「彼のこと、気になる?」

「王女のコレクションハウスに黒い猫がいたの。だからもしかして、管理人さんなんじゃないかって思って」

「コレクションハウスにいたってことはタダの猫じゃないかもしれない。でも、ムーンじゃないよ」

「そうなの?」

「うん。彼はもう、いないんだ」

 ユアンが悲しげに笑うので、葵はそれ以上の説明を求めることが出来なかった。そのまま口を開かずにいると、ユアンは顔を歪ませたまま立ち上がる。

「本当は僕がこんな事お願い出来る立場じゃないんだけど、シュシュのこと、出来れば悪く思わないであげて」

「シュシュ?」

「ああ、アオイは彼女の名前を知らないんだね。シャルロット=L=スレイバル。それがフェアレディの名前なんだよ。僕は愛称で、シュシュって呼んでるんだ」

「へぇ……」

 シュシュという呼び方が可愛いと思ったが、葵は曖昧な相槌を打つに留めた。悪く思わないでと言われても、それは無理かもしれないと思ったからだ。そうした葵の心理が伝わったのか、ユアンは再び悲しげに微笑む。

「召喚魔法が封印されて、この世界にとってヴィジトゥールが珍しい存在になってから、歴代の王室はヴィジトゥールを愛玩してきた。シュシュはね、その考え方を継承しているだけなんだ」

 その考え方を、変えてみせる。ユアンが毅然とした面持ちでそう言った刹那、控えめなノックの音が聞こえてきた。二人して扉に視線を移した後、ユアンは再び葵を見る。しかしそれ以上の言葉が紡がれることはなく、複雑な気持ちを抱えた葵もユアンに続き、無言で立ち上がった。

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