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etc.ロマンス  作者: sadaka
第四部
199/510

出発(2)

 アルヴァが大量の水を室内に発生させたため、葵が生み出した炎は跡形もなく消え去った。それは確かに、保健室が火事になるという大惨事を防ぐために必要なことだったかもしれない。しかし、それによって頭から大量の水をかぶる羽目になった葵は濡れ鼠になって水浸しの室内に佇んでいた。

「……アル……」

 アルヴァに対して無性に腹立たしい気分になったため、葵はこめかみに青筋を浮かび上がらせながら顔を上げた。濡れて顔に張り付いた髪をオールバックにしてみると案の定、服の裾すらも濡らしていないアルヴァは涼しい表情でデスクの上に佇んでいる。その平然とした顔を殴ってやりたいと思った葵は一歩を踏み出したのだが、濡れている床に足を滑らせて転んでしまった。

「下手に動くと危ないみたいだから、大人しくそこに立ってなよ」

 手も貸さずにそう言い置くと、アルヴァは呪文を唱え出した。魔法に反応した掃除用具が室内を見る見るきれいにしていくが、葵は未だずぶ濡れたままである。室内の清掃が終わったことで床に下り立ったアルヴァは、葵の元へ歩み寄ると再び呪文を唱え出した。

「ソマシィオン、ヴァンティラシィオン。アン・セシェ、グラン」

 前半の呪文は送風機を召喚するためのものであり、後半の呪文は送風機から風を送り出すためのものだ。目も開けていられない強風に晒されて一気に体を乾かされた葵は、いつかもこんなことがあったと思いながら乱れた髪を手櫛で整える。しかしシワになった制服は元には戻らず、水分を飛ばされすぎた肌もカピカピになってしまっていた。

「何なのよ、一体!」

 乾燥した自分の肌に絶望感を覚えた葵は諸悪の根源であるアルヴァにありったけの怒りをぶつけた。見るも無残な有り様になっている葵を、アルヴァは可哀想だとでも言いたげな目で一瞥する。しかし葵が抗議を続ける前に、アルヴァは真顔に戻ってしまった。

「まずは着替えだね」

「着替えなんて持ってきてないよ」

「じゃあ、買いに行こう」

 事も無げに言うと、アルヴァは唐突に葵の肩を抱いた。葵が拒絶する間もなくアルヴァが転移の呪文を唱えたため、彼らの姿は保健室から失われる。次に気がついた時、葵はアルヴァと共に雑踏の中に佇んでいた。

(ここは……)

 周囲の風景に見覚えがあったため、葵はすぐに自分達がパンテノンという街へ来たのだということを察した。この街には食材店から洋品店、宝飾品を扱う店やカフェなど、何でも揃っている。しかし葵は、あまりこの街にはいたくなかった。

「行きますよ」

 葵の複雑な胸中など知らないアルヴァはそう言い置くと、さっさと人波に向かって歩き出す。この街にいたくはなかったが雑踏の中に留まっているのはもっと嫌だったため、葵も仕方なくアルヴァの後を追った。

 葵にとってパンテノンという街は、友人達と楽しい一時を過ごした思い出の場所であり、苦い経験をした場所でもあった。この街のフィフスストリートには、とある事情から顔を合わせ辛くなってしまった兄妹が住んでいる。アルヴァはそのあたりの事情を詳しくは知らないが、彼の足取りがフィフスストリートとは反対の方角へ向かっていたため、葵は人知れず安堵の息を吐き出した。

「着きましたよ」

 アルヴァがそう言って足を止めたのは大通りに面したきらびやかな店ではなく、ストリートに立ち並ぶ庶民的な佇まいの店だった。ストリートに面した店はほとんどが店舗兼住宅という構造になっていて、質素な木の看板を下げているこの店も例に漏れずの造りになっているようだ。てっきり大通りの店に行くのだとばかり思っていた葵は、意外な面持ちでアルヴァを振り向く。

「ここ、洋服屋なんだ?」

「洋品店と言うより、仕立て屋です」

 葵の疑問に短く答えを寄越すと、アルヴァはノックもせずに木戸を開けた。アルヴァの後に続いて店内に入った葵は、そこで目にした光景に言葉を失って立ち尽くす。まるで古着屋のような店内が、ひどい郷愁を呼び起こしたからだ。

「う、うわぁ~」

 一瞬、元の世界に戻ったような錯覚に陥った葵は、アルヴァがいることなど忘れてフラフラと店内を歩き回った。生まれ育った世界で葵が覗いていたような店とはやはり少し違うが、それでもドレスばかりを飾っている高級店に比べればよっぽど親近感が湧いてくる。

「いらっしゃい」

 不意に洋服の間から出現した女性が声をかけてきたため、人の気配にまったく気がつかなかった葵は驚いて後ずさった。歳の頃は二十代前半くらいだろうか。オレンジの髪を頭の高いところで一つに束ねているため、活発そうな印象を受ける。実際に彼女は溌剌とした人柄のようで、言葉を失っている葵に気さくに話しかけてきた。

「あなたの着ている服、カワイイわね。そこまで大胆にスカートを短くしちゃえばハイソックスが映えるんだ? 脚のラインがキレイに見えてGoodよ」

 葵の出で立ちをひとしきり見回した後、その女性は『グット』という単語を強調して親指を立てて見せた。これほど見た目がボロボロの時に褒められるとは思いも寄らず、あ然とした葵はやはり反応を返すことが出来ずに立ち尽くす。すると、どこからか姿を現したアルヴァが会話に割り込んできた。

「やあ、アリーシャ。お久しぶりです」

「アル!?」

 アリーシャと呼ばれた女性はアルヴァの姿を認めるなり歓喜の声を上げ、手にしていた洋服をそこらへ放り出した。身軽になった彼女はアルヴァの胸へと飛び込み、首に腕を回したかと思ったらそのまま口唇を重ねる。そうしたスキンシップを見慣れていない葵は挨拶のキスなのか恋人同士のキスなのかが分からず、驚愕してしまった。

(え、ええええっ!?)

 一度だけならまだしも、アリーシャとアルヴァは葵の目前で何度も口唇を重ねる。その光景はどちらかと言えばアリーシャの方がアルヴァに熱を上げている風だったが、直視していられなかった葵は真っ赤になって顔を背けてしまったため、本当のところは分からなかった。

「十三日以外でうちに来るなんて珍しいのね。今日は直し? それとも新調? アルならいつでもサービスするわよ」

 気が済むまでキスの雨を降らせると、アリーシャはアルヴァの首に腕を回したまま本題を口にした。アルヴァもまた、アリーシャの腰を抱いたまま淡々と答えを口にする。

「今日は僕ではなく、この子の服を買いに来たんです」

 アルヴァが視線を傾けたことにより、アリーシャは葵を彼の連れとして認識したようだった。アルヴァから体を離したアリーシャの顔からは先程までの笑顔が消えていて、葵はギクリとする。

(もしかして変な誤解、された?)

 もしもアリーシャがアルヴァの恋人なら、葵の存在は煙たいものだろう。そう思った葵は自分との関係を先に説明すべきではないのかとアルヴァを仰いだのだが、彼に口を開くような気配はない。無反応のアルヴァには期待できそうもなかったので葵が仕方なく口を開こうとすると、アリーシャは再び笑みで顔を埋め尽くした。

「どんなデザインが好み? ただの服が良ければそう言ってね」

 アリーシャの態度が予想に反して好意的だったので、拍子抜けした葵は体から余計な力を抜く。そしてすぐ、彼女の言い回しがおかしいことに気がついて首を傾げた。

「ただの服?」

「魔法がかかっていない、という意味ですよ。エアコンディショニングはともかく、普通は復元の魔法くらいはかけておくものですから」

 答えたのがアルヴァだったため、葵は目前のアリーシャを通り越して彼に目を向ける。葵とアルヴァが会話しやすいように体を退けたアリーシャも、アルヴァの発言に頷いてみせた。

「でも実際、復元の魔法もかかってない一点モノってけっこうあるのよね。一度壊れたらそれまでってスリルが人気の秘訣みたい」

 そうした一点物を求めるのは、そのほとんどが貴族である。道楽なのよねと独白を零したアリーシャは、今何かに気がついたといった様子で改めて葵に目を向けた。

「あなた、貴族のお嬢様なのね。うちの服なんてお好みに合うかしら?」

「僕が勧めたのですよ。アリーシャはセンスがいいから、きっと彼女も気に入るはずです」

「もう、アルってば!」

 大好きだと叫びながら、アリーシャはまたアルヴァに抱きつく。彼女の体を片手で抱きとめたアルヴァはその体勢のまま、呆気に取られている葵に話しかけた。

「どんな服がいいですか?」

「わ、私……このままでいい」

「ではアリーシャ、修復リストレーションをお願いします。それと、同じデザインで復元とエアコンディションの魔法がかかったものを二着。新調の方には対魔法用の防御魔法プロテクトも組み込んでくださいね」

「プロテクトの種類はどうするの?」

均等エクワラルでお願いします」

「りょーかい! とりあえず、リストレーションだけ先に済ませればいいよね?」

「新調の方は一ヵ月後に取りに来ます」

 着替えをする当事者である葵を蚊帳の外に置いて進んでいた話は、どうやらそこで一段落したようだった。しかし息つく暇もなくアリーシャに手を引かれた葵は、試着室のような小部屋で身につけていた制服を剥ぎ取られる。葵が不安げな表情をしていたためか、アリーシャは「すぐ返すからね」という一言を付け加えてからどこかへ行ってしまった。

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