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etc.ロマンス  作者: sadaka
第三部
161/510

under The moon(3)

 夏月かげつ期最後の月である伽羅茶きゃらちゃの月の十四日。その朝も丘の上に建つトリニスタン魔法学園アステルダム分校では、いつも通りの登校風景が繰り返されていた。しかし前日とは違い、この日は学園に着くなりクレアが一人で姿をくらましてしまったため、校舎へと向かう生徒の流れから密かに離脱した葵も教室とは別の場所に向かって歩を進めている。向かう先はマジスターの専用区とされている校舎東のエリアだが、葵の目的地は彼らが集う大空の庭(シエル・ガーデン)ではなかった。

 シエル・ガーデンよりさらに北、アステルダム分校の敷地の外れには用途のはっきりしない妙な塔がひっそりと佇んでいる。その塔の二階部分には円形の穴が空いていて、時計を嵌めこめばピタリと嵌まりそうなため、葵はその場所を『時計塔』と呼んでいた。彼女が朝一番で時計塔を訪れたのは、この場所が一番電波がいいからである。しかしこっそりと電話をかけようという葵のたくらみは、時計塔に先客がいたことによって費えてしまった。

「何してんの?」

 先客が見知った人物だったため、葵は声をかけながら彼に歩み寄った。丸く開いた穴から朝の光を存分に取り込んでいる塔の二階で、壁に背を預けて座り込んでいたのは長い茶髪とがっちりとした体躯が印象的な少年。オリヴァー=バベッジという名の彼は、アステルダム分校のエリート集団マジスターの一員である。その彼が何をするでもなくぼんやり座り込んでいたので、葵はその姿を怪訝に感じたのだった。

「答えに困ること聞くなよ」

 そう言って苦笑いを向けてきたオリヴァーは、どうやら何もしていなかったらしい。彼にも話があったことを思い出した葵は、伺いを立ててからオリヴァーの隣に腰を落ち着けた。

「大丈夫?」

 葵がそんな一言を発したのは、オリヴァーが目に見えて気落ちしていたからだった。その理由はおそらく、シエル・ガーデンでの出来事に端を発しているのだろう。

 オリヴァーはつい先日、友人であるキリル=エクランドの兄から「君は弟の友人として相応しくない」という旨のことを言われた。それは絶縁宣言と同じことだったようで、彼はマジスターの一員であるにもかかわらず、マジスターの憩いの場であるはずのシエル・ガーデンを追い出されてしまったのだ。葵からしてみれば友達の兄弟が何を言おうが当人同士の問題という意識があるのだが、オリヴァーもキリルも、キリルの兄であるハーヴェイ=エクランドの命令に従っている。そうした事情があるため、オリヴァーはきっとシエル・ガーデンに行くことが出来ないのだ。だからこそこんな場所で、一人で時間を潰している。そうした葵の読みはほぼ的中していたようで、オリヴァーは力ない微笑みを返してきた。

「まあ一応、こうなることを覚悟の上でハーヴェイさんに意見したからな」

「……それって、そんなに守らなきゃいけないものなの? あの人には関係ないじゃん」

「貴族同士の関係ってのは色々と面倒なことが多いんだよ」

 自分が反発したところでキリルの立場が悪くなるだけなのだと、オリヴァーは気遣いを示してみせる。葵には貴族のことは分からなかったが、オリヴァーがキリルをとても大切に思っていることは、彼の言葉の端々からひしひしと伝わってきた。だからこそ尚更、第三者によっていとも容易く彼らの友情が壊されてしまったことに納得がいかない。誰に肩入れをするつもりもなかったのだが気がつけば、葵はオリヴァーを擁護してキリルの不甲斐なさを非難していた。

「あいつがお兄さんに自分の気持ちを言えばいいだけの話なんじゃないの?」

「キルはハーヴェイさんには逆らえないんだよ。ハーヴェイさんが次期当主だっていうのもあるけど、今にして思えば……」

 そこで一度、オリヴァーは言葉を切った。しかし茶を濁すつもりでそうしたわけではないらしく、彼はすぐ葵に視線を定める。

「ちょっとさ、昔話に付き合ってくれるか?」

「別に、いいけど……」

「じゃあ、紅茶でも淹れるか」

 昔話というからにはすぐに終わるような話ではないらしく、わざわざ茶器を召喚したオリヴァーは魔法で淹れた紅茶を葵に手渡してきた。テーブルもないような場所でティーカップを受け取った葵は複雑な気分になりながら紅茶を口に運ぶ。自分も一口分だけ紅茶を含んでから、オリヴァーは昔話を始めた。

「アオイは信じないかもしれないけど、子供の頃のキルってすっげぇ気が弱かったんだぜ」

「絶対ウソだ」

 傍若無人なキリルに幾度となく痛い目に遭わされている葵は、半ば条件反射的にオリヴァーの発言を否定した。間髪入れずに否定されたことがおかしかったらしく、オリヴァーは抑えた笑い声を漏らす。

「いいよ、その反応速度。やっぱりアオイは面白いヤツだな」

「……なんか、複雑な気分なんだけど」

「褒め言葉だって。話戻すけど、キルが大人しい子供だったってのは本当なんだ。俺達がキルって呼んでるのもさ、自己紹介の声が小さすぎて聞き取れなかったからなんだよな。何度か聞きなおしたんだけどなかなか聞き取れなくて、聞こえた文字だけ拾って呼んだのが『キル』だったってわけだ」

「……へぇ」

 ただの愛称かと思っていた『キル』という呼び名にそんな過去があったとは露知らず、しかしどういう反応を返していいのか分からなかった葵は曖昧な相槌を打った。手にしているティーカップを一度口元で傾けてから、オリヴァーは話を続ける。

「キルが変わりはじめたのはアレだな、突然ピアノを叩き壊した辺りからだな」

「そういえば、前にもそんなことがあったって言ってたね」

「俺はキルが楽器を弾くのは好きだと思ってたから、その話を聞いた時は意外だった。だけどそれ以来、キルの音楽は壊す専門になっちまった。思い通りにならないから気に食わないってキルは言ってたけど、それって何か引っかかるんだよな」

「……どういうこと?」

「昔のキルは、そんなことにキレる性格じゃなかったからさ」

 彼はカッとなって楽器を破壊するよりもむしろ、黙々と練習を重ねるタイプだったのだとオリヴァーは言う。そこでふと表情を曇らせたオリヴァーは、手にしていたティーカップを静かにソーサーへと戻した。

「ちょうどその頃から、なんだよな。キルが簡単に人を殴るようになったのも」

 もともと他人との付き合いに消極的だった以前のキリルには、他人を征服しようなどという気概はなかった。それがいつの間にか、彼はちょっとしたことで他人を殴る凶暴性を身につけてしまったのだ。力によって他者を服従させようとするその姿勢は、身分制度に基づく貴族らしさと見ることも出来る。だからこそ、ある考えが頭に浮かんでしまったのだと、オリヴァーは語った。

「この間、シエル・ガーデンでウィルとハーヴェイさんが話してるの聞いてて思い出したんだ。王都の本校で学んでたハーヴェイさんがエクランド家に戻って来たのも、ちょうどその頃だったな、ってさ」

 キリルの実兄であるハーヴェイは弟を実験動物モルモットのように扱っている節があり、キリルはハーヴェイに何らかの魔法をかけられている。それが、大人しい子供だったはずのキリルが豹変してしまったことに関わっているのではないかと、オリヴァーは思っているようだった。だからこんな事態に陥っているのかと、納得した葵は少し顔を歪める。

「元に戻ってもらいたいって、思ってるの?」

「それは思ってない。俺は別に、今の性格のキルも嫌いじゃないからな。たださ、キルがおかしくなっただろ? ハーヴェイさんの魔法は未完成なんだ、これからまた同じようなことが起こっても不思議じゃない。そのたびにキルが振り回されるのは可哀想だと思ってさ」

 オリヴァーの発言はどれをとってみても、本当にキリルのことを思いやっている。その思いの深さに感服した葵は小さく肩を竦めながら苦笑いを零した。

「友情、って感じだね?」

「友達だからな」

 誘導的な問いかけに即答したオリヴァーの笑顔は実に清々しく、迷いのない彼の態度に癒された葵も心の底から笑みを浮かべた。

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