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etc.ロマンス  作者: sadaka
第三部
156/510

近くにいても、離れていても(4)

 オリヴァーの姿が咲き乱れる花々の間に消えてしまうと、あ然としながら成り行きを見ていた葵は我に返った。しかしオリヴァーが去って行った方角へ足を向けてみても、もう彼の姿はどこにも見当たらない。外へ出たのだろうと思った葵は慌てて踵を返し、隠し通路を通ってシエル・ガーデンの外へ出てみたのだが、そこにも人影は見当たらなかった。

(……そっか、転移魔法があるんだっけ)

 ひとしきり探し回った後でその事実に思い至った葵は乱れた呼吸を整えてから、質の違う息を大きく吐き出した。

(追いかけて、どうしようっていうのよ)

 放っておけない衝動に駆られてついつい追いかけてしまったが、オリヴァーを呼び止めたところでかけるべき言葉は見付からなかっただろう。オリヴァーを慰めようと思うにはあまりにも、葵は彼らのことを知らないのだ。

(知りたいとも、思わないけど……)

 葵にとってマジスターは鬼門である。彼らと関わると大抵、ろくなことにならない。そう思っているのに、オリヴァーが以前に言っていた科白が頭を離れなかった。


『話に出ようが出なかろうが、ハルはずっと友達だからさ』


 旅立ってしまった友人を今も大切に思っているオリヴァーは、きっとキリルやウィルに対しても同じような気持ちを抱いているのだろう。直接的にそうした話をしたことがなくても、彼の気持ちは些細な言動を通して伝わってくる。そうしたオリヴァーの気持ちが分かってしまうからこそ、無関係な人間によって友情が壊されてしまったことがやるせなかった。

(……帰ろう)

 マジスターに関わると、本当にろくなことがない。少し熱を帯びている頬を押さえるとその思いはますます強くなって、葵は背後を振り向かずに歩き出した。

弥也(やや)に会いたいなぁ……)

 葵が脳裏に思い浮かべた弥也という少女は、生まれ育った世界にいる友人である。今は世界の壁を隔ててしまっているが、それでも一度だけ、葵は異世界にいながらにして彼女と話をしたことがあるのだ。もう一度、あの時のように電話がかかってこないだろうか。祈るような気持ちでそう思った葵は校舎に向かって歩きながらローブのポケットを探った。

 葵がポケットから取り出したのは折りたたみ式の携帯電話である。それは以前、キリル=エクランドの手によって破壊されたものなのだが隣人の助けによって蘇り、今では完全に壊れる前の形状を取り戻していた。無駄とは知りつつも、葵は携帯電話を操作して着信履歴を画面に呼び出す。弥也の番号が表示されたところで通話ボタンを押した葵は、魔法書を小脇に抱えながら携帯電話を耳元へ持っていった。

(鳴らない、か……)

 ここが異世界である以上、電波が云々という問題ではない。そもそも携帯電話による通話を可能にしている電波自体が、この世界には飛び交っていないのだ。頭ではそう理解しつつもなかなか携帯電話を下げられないでいると、変化は突如として訪れた。

『……もしもし?』

 呼び出し音すら鳴っていなかった携帯電話の向こうから、唐突に女の声が聞こえてきた。些細なことでもこまめに連絡を取り合っていた日常を彷彿とさせるその声は、間違いなく異世界にいる友人のものだ。しかしあまりにも突然に期待が現実となったため、葵はしばらく口を開くことが出来ないでいた。

『もしもし? 葵?』

 弥也が自分の名前を呼んだことで、それまで呆けていた葵はハッと我に返った。慌てて返事をした葵は落ち着いて話が出来る場所を求めて、止めていた足を再び動かし始める。しかし校舎に近付くにつれ、携帯電話の向こうから聞こえてくる弥也の声は途切れがちになっていった。

(何で? 電波悪いの?)

 電波などというものが存在しない世界にいることも忘れて、葵は通信が安定する場所を求めて彷徨い歩いた。その結果として辿り着いたのが、葵が『時計塔』と呼ぶ建物だった。螺旋階段を上って塔の二階部分へと出た葵はそこに腰を落ち着け、改めて弥也との会話に集中する。

「ごめん、電波悪かったみたい」

『……あんたさぁ、今どこにいるわけ?』

 弥也が呆れた声でそう尋ねてきたのは、一度目の電話の時に葵が頑として居場所を教えなかったからである。きっとそうだろうと思った葵は苦笑いを浮かべながら弥也の問いに応えた。

「言ってもいいけど、絶対信じないよ」

『信じるか信じないかはあたしが決めることでしょ。いいから、言ってみなよ』

「じゃあ言うよ。今私がいるのは、魔法が存在する別の世界」

 言えと言われたので居場所を教えると、弥也は黙り込んでしまった。彼女はそのまましばらく無言でいたが、電話を切られるかもしれないと葵が危惧しだした頃、重々しい調子で再び口火を切った。

『おちょくってる?』

「……だから、言ったじゃん。弥也は絶対信じないって」

『信じられないけど、何か事情があるんだっていうのは分かる。葵はウソ下手だからね』

「どういうこと?」

『誘拐されてるんだったらこんな呑気に話なんか出来ないだろうし、葵に家出する度胸があるとも思えない。だったらやっぱ、何か事情があるんでしょ?』

 微妙な言い回しで理解を示してくれたなと感じた葵は、妙なおかしさがこみ上げてきて一人で笑ってしまった。こんな、誰も信じてくれないような話でもとりあえずは聞いてくれるのが弥也なのである。そうした彼女の気性が、なんだか無性に懐かしかったのだ。

『ちょっと、なに一人で笑ってんの?』

「弥也って実は偉大だなぁと思って」

『バカなこと言ってないで、さっさと帰ってきなよ』

「うん、帰れるように努力する。だから、待ってて」

 また電話すると言い置いて、葵は通話を終了させた。耳元から離した携帯電話の画面には待ち受け画像にしている黒髪の少年が映っていて、久しぶりに最愛の芸能人をじっくりと眺めた葵は満ち足りた気持ちで携帯電話を胸に抱いた。

(やっぱり、友達っていいなぁ)

 つい数ヶ月前までは傍にいることが当たり前すぎて、友人の存在を改めて貴重に感じることなどなかった。だがそれが普通で、それくらいの日常がちょうどいいのだ。弥也と話をしたことで平穏な日々に戻りたいという思いを強くした葵は、自分に気合いを入れてからローブの裾を払って立ち上がった。

(よし、)

 本当はアパートに帰ろうと思っていたのだが、この前向きな気分を胸に抱いたまま帰宅してしまうのはもったいない。そう思った葵は折りたたんだ携帯電話を丁重にポケットにしまい、魔法を教授してくれる人物の元へ向かうべく軽やかに一歩を踏み出した。

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