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etc.ロマンス  作者: sadaka
第三部
119/510

和解(1)

 夏月かげつ期最後の月である伽羅茶きゃらちゃの月の四日。その日の朝方、穏やかな夜明けを迎えた大草原では夜露が朝日に照らされてキラキラと輝いていた。柔らかな風が見渡す限りの青草を揺らす風景の中には決して大きくはない建造物が一軒、ぽつんと佇んでいる。大草原の小さな家(プティ・メゾン)『ワケアリ荘』は、ところどころヒビが入った外壁を眩い朝日に照らされて、そのおんぼろな佇まいを際立たせていた。見るからに古めかしいワケアリ荘の一階部分は管理人室と住人のための共有スペースになっていて、このアパートに住んでいる者の部屋は二階にある。今にも崩れそうな外階段を上って行くと二階部分には扉が五つほど連なっていて、右端から数えて二つ目の扉の内側では畳の上に敷いた布団の中で少女が安らかな眠りについていた。肩に着く長さの黒髪を寝乱しながら布団の中で寝返りを打った少女の名は、宮島葵。昨日からワケアリ荘の住人となった彼女の新生活は、一夜明けた今日から本格的にスタートする。そんな記念すべき日の朝、葵は激しく扉を叩く音と誰かの怒鳴り声で眠りから呼び起こされた。

 布団から飛び出した葵は反射的に、未だ激しいノックが鳴り止まない扉を内側へと開いた。おそらくは扉を殴りつけるように叩いていたのだろう、ノックする対象物が目前から失われた途端に誰かが室内に入り込んでくる。つんのめるような格好で葵の部屋に進入してきたのは、肩にワニのような生物を乗せた少女。葵と同年代と思われる彼女の名は、クレア=ブルームフィールドという。葵とクレアの関係はかつての主従であり、現在は隣人という少し込み入ったものだ。体は反射的に反応したものの寝起きの頭では状況を理解することが出来ず、葵はクレアを瞳に映しながらしきりに瞬きを繰り返した。

「え? クレア?」

「え、やない! おたく、まだ寝とったんか!」

 葵をねめつけたクレアは不機嫌そうな表情で怠惰を責め立てる。しかし何を責められているのか分からない葵には困惑する以外に反応を返す術がなかった。葵が口を開かないでいることにさらなる苛立ちを募らせたらしいクレアは、あからさまにイライラしながら言葉を重ねてくる。

「はよ支度せんかい!」

 それだけを言うと、再び通路に出たクレアは荒々しく葵の部屋の扉を閉ざした。わけが分からないままに急かされた葵は、考えるよりも前にとりあえず身支度を始める。いつもの癖でネグリジェから高等学校の制服に着替えた葵はボサボサに乱れた髪を気にかけている暇もなく、アパートの通路へと飛び出した。

「ご、ごめん……」

 扉を開くとすぐにクレアの姿が目についたため、自室を後にした葵は条件反射で頭を下げた。クレアはその謝罪を当然のことのように聞いていたが、次第に我を取り戻し始めた葵は不可解さに眉をひそめる。

(何で私、クレアに怒られてるんだろう)

 どうやらクレアは葵がいつまでも寝ていたことに怒っていたようだが、そもそも彼女とは約束も何もしていないのである。怒られる筋合いがないことに思い至った葵はクレアの傲慢な態度に憤りを感じたが、妙な言葉遣いで怒鳴ってくるクレアには有無を言わせぬ迫力があるため、本音は自分の胸だけに留めておいた。憤りをぶつける代わりに別のことが気になった葵は改めて眉根を寄せる。

「その格好……」

 メイド服姿でもなく大胆に肌を露出する私服でもなく、クレアが纏っているのは裾の長いローブだった。フードまでついている白いローブには見覚えがあり、葵は半ばクレアの答えを予想しながら彼女の返事を待つ。すると案の定、クレアは『学校』へ行くのだと言い出した。

 フードつきの白いローブは王立の名門校、トリニスタン魔法学園の制服である。自らの意思で通っているわけではなかったが葵も一応、トリニスタン魔法学園の生徒だ。しかし元より学園へ行く気のなかった葵は、共に学園へ行くのだと言うクレアに今度ばかりは反発を示した。だが葵のささやかなる抵抗は、クレアにあっさりと一蹴される。

「ごちゃごちゃ言っとらんと、はよぃや!」

 強引に葵の手を引いたクレアは空いている方の片手をローブのポケットに突っ込み、そこから取り出した何かをアパートの通路に投げ捨てた。すると通路で砕けた『何か』は幾つもの細い線となって、光を帯びながら辺りに広がり始める。その光景を以前にも目にしたことがある葵は、クレアが形状記憶カプセルを使ったのだと察した。

 形状記憶カプセルとは、魔法生物の体内で生成されるレア・アイテムである。クレアの肩口に乗っているワニに似た生物が実は魔法生物であり、マトという名の彼がクレアの使うレア・アイテムを生み出しているのだ。物の形を記憶する形状記憶カプセルは魔法とは違うが、使い方によっては魔法と同じ効果を生み出すことが出来る。その一例が魔法陣を記憶させておくというものであり、クレアが今やってのけたのがそれだ。

 気がつくと、すでに風景は一変していた。大草原もおんぼろなアパートの姿も見当たらない場所で目を引くものといえば、外部との関わりを拒むかのような高い壁と、敷地の中央に堂々と佇んでいる建造物だ。丸みを帯びた外観がトリニスタン魔法学園アステルダム分校の校舎であることを知っている葵は、久しぶりに目にした学園の風景に嫌な表情を作った。しかしまだ葵の腕を掴まえたままでいるクレアは、彼女の機嫌などお構いなしにはしゃいだ声を発する。

「ようやくここまで来たで。これで、やっと……」

 独白に反応した葵が顔を傾けると、何かに感激しているらしいクレアは小刻みに体を震わせていた。彼女の視線の先を辿った葵はクレアの目がトリニスタン魔法学園の校舎に向けられていることを知り、眉をひそめる。

「何がそんなに嬉しいの?」

「貴族やないと入学すら出来んような名門校で魔法が学べるんや。嬉しくないはずないやろ?」

 歓喜に水を差された様子のクレアは呆れたような表情で顔を傾けてきたが、彼女は葵の顔を見ると真顔に戻った。葵の腕を捕まえていた手を離すと、クレアは大袈裟に肩を竦めてみせる。

「せやった、おたくにこないなこと言うてもしゃーないんやったな」

「……それ、どういう意味?」

「だっておたく、トリニスタン魔法学園に通いたくないんやろ?」

「…………」

「生まれつき魔法に不自由っちゅーのは同情もんやけど、不登校の理由が『友達とケンカした』からっていうのはどうかと思うで。その貴族のお嬢さん思考、うちは好かんわ」

 クレアは訳知り顔で深々とため息をついたが、彼女の口にした内容は葵にとって身に覚えのないことばかりだった。クレアにそうした話をした人物がいるとすれば、それは彼女の雇い主であるユアン=S=フロックハート以外に考えられない。そのことをすぐに察した葵はクレアに反応を返すより先に、考えに沈んでしまった。

(生まれつき魔法が不自由っていうのはそういう設定だとして、友達とのケンカが理由で不登校って何?)

 ケンカをする以前に、このアステルダム分校には葵が友達と認めた人物などいない。しかしそれがユアンの口から出た言葉であれば、一人だけ似たような状況に当てはまる人物は思い浮かぶ。

「さあ、行くで。保健室ってどこにあるんや」

 クレアが『保健室』の名称を持ち出したことにより、葵は自分の考えが正しかったことを知った。しかし予想は的中しても嬉しくも何ともなく、むしろ拒絶の気持ちが先立ってしまった葵は無意識のうちに後ずさりを始める。だが異変を敏感に察したクレアがそれを許さず、葵は再び腕を掴まえられてしまった。

「ケンカなんて一言『ごめんなぁ』って謝ったら済むことやんか。往生際の悪いことしとらんと、腹決めんかい!」

「ケンカじゃないし、そういう問題じゃない!」

「ごちゃごちゃうるっさいわ! おたくらを仲直りさせんと、うちはこの学園に入学出来へんのや。嫌でも腹ぁ決めてもらうで!」

 尻込みしている葵を一喝すると、クレアはもう彼女の都合には構わずにどんどん歩を進めて行く。保健室に行くのが本気で嫌だった葵は抵抗を試みたのだが『トリニスタン魔法学園に入学出来る』というエサを目の前にぶら下げられているクレアの意気込みに打ち勝つことが出来ず、結局は彼女に引きずられながらズルズルと校舎に向かうことになった。

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