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etc.ロマンス  作者: sadaka
第一部
10/510

白衣のネコかぶり校医(4)

 早くに床へついた葵は真夜中、ふと目を覚ました。室内は青い月明かりに照らされていて、人工の明かりがなくとも物の輪郭がはっきり見える。寒さからか体を丸めて眠っていた葵は仰向けに寝転んで手足を伸ばした。そうしていてもキングサイズのベッドにはまだ余裕があり、手や足が落ちる心配はない。上質な柔らかさを体の背面に感じながら、葵はぼんやりと薄光が照らし出している広い天井を眺めた。

(家じゃないんだっけ……)

 寝起きの冴えない頭で考えたことは、この世界へ来てから毎朝のように繰り返している呟きだった。ベッドに寝転がって見る天井は広く、同じように広すぎる室内は寒々しい。もう一度寝ようとしたものの目が冴えてしまい、葵は仕方なく体を起こした。周囲を見渡し、探している物が存在しないことに気がつくと葵の口元に苦い笑みがのぼる。無意識に時計を探していたのだが、この世界には時を計るものなど存在しないのだった。

 ベッドを抜け出した葵は寒さに身を震わせ、椅子にかけてあった厚手のカーディガンを羽織った。窓辺へ寄ってカーテンを開けてみれば、外は一面の雪景色。夕方頃から降り出した雪はすでにやんでいたが、テラスの先に広がる庭園はすっかり染められて雪原のようになっていた。雲が切れた天空には薄青い光を放つ月が二つ、浮かんでいる。

 常時見えている月は二つだが、この世界には七つの月が存在する。葵がいた世界では大気の状態によって月の色が変わるのだが、この世界では一つの月が浮かんでいる間の色味は変化しないのだ。またこの世界では時間の概念は大雑把だが三十日で月が入れ替わるため、そこで一ヶ月とする区切りは存在していた。葵のいた世界で言う一月は『白銀の月』に相当し、その後、白殺し・秘色ひそく岩黄いわぎ橙黄とうこう伽羅茶きゃらちゃ・炎の月と続いていくのである。白銀から秘色までが冬月とうげつ期、岩黄から伽羅茶までが夏月かげつ期、そして炎の月で終月を迎え、また白銀に戻って一周するのだ。現在は二十日の休日が終わった夜なので、朝になれば白殺しの月の二十一日である。

 葵がこの世界へ来たのが白殺しの月の初頭。何だかんだと忙しない毎日が過ぎ去って行き、あっという間に一月が経とうとしている。その間レイチェルやユアンからは何の連絡もなく、葵は焦りを覚え始めていた。

(一ヶ月、かぁ……)

 何の連絡もなく一ヶ月も姿をくらましていれば、葵のいた世界では当然のことながら警察沙汰になっているだろう。行方不明者としてテレビで顔が公開されてしまっているかもしれない。そんなことを考えた葵はだんだん憂鬱な気分になってきた。

(帰ったら、どうやって説明しよう)

 ある日突然別の世界へ召喚されて帰れませんでした、などとは言えそうもない。魔法が当たり前に存在するこの世界では話が通じるが、魔法のない世界でそんなことを言っても精神異常を疑われるだけである。しかし他にうまい言い訳も思いつかず、葵は嘆息した。

(それ以前に、帰れるのかな)

 そんな風に弱気になってしまうのは、一人きりで過ごす夜が寂しいせいもあった。話し相手もなくテレビもない状況では、何もすることがないのである。

 窓に背を向けた葵はその足で室内の隅に備え付けられている机に向かった。机の上にはトリニスタン魔法学園の制服である白いローブが置かれている。真新しいローブを手に取った葵は視線を落とし、じっとそれを見つめた。

「友達がいれば、少しは違うかなぁ?」

 声に出して呟いてみたものの、葵の独白は夜の静寂に消えていく。余計に虚しくなっただけだったので、葵はローブを置いた。

(音楽、聴きたいな。テレビも見たい。マンガも小説も読みたいし、加藤大輝の話したい)

 葵のささやかな願いは全て、この世界では叶わない。お金持ちのお嬢様と話が合うとは思えなかったが孤独に挫けた葵は、せめて周囲に溶け込む努力はしようと思ったのだった。

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