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第7話:その女生徒はスイーツの味に異常なまでにこだわり

「デショーン化してしまった事件で反省してね、前の顧問の古賀先生が、料理は嫌いと言っているのに女性だからといってここの顧問をされていたから、罪滅ぼしのつもりで代わってもらったんだよ。


そうしたら、まさか渋谷君が入部してくるとはなあ……この間は本当に申し訳なかった」


料理同好会が活動場所としている調理室で、新しく顧問となった加納先生——先日のオタクデショーンの「変身元」だ——と、その事件の「被害者」の翔星が会話している。


「この眼鏡のせいでこれまで色々言われてきたので、気にしてません。ところで先生、料理できるんですか?」


「いやあ、全然なんだな、それが」


「それじゃ僕と同じですね。一緒に頑張りましょう」


アハハと笑い合う男同士を横目に、同好会の部長、小林レミは舞にパンケーキの作り方を教えていた。


「……舞ちゃん、何度も言うけど、ちゃんとレシピは読まなきゃ。小麦粉をふるわなかったから、ダマになっちゃったでしょう?ゴムベラで潰しに潰したからかなり減ったと思うけど、今度から気を付けてね」


「はぁい、ごめんなさい」


「これ、舞君。謝罪するときは『はぁい』ではなく『はい』と言いたまえ」


少しふてくされた舞の返事の仕方を、ワーヌが注意する。


「はぁ……はい、すみません、先輩。じゃあ、これ、フライパンに流しますね」


「あっ!舞ちゃん待って!」


「えっ?」


ボウルを傾けようとする舞を、小林先輩が慌てて止める。だが、遅かった。


ジューーーー


「これはいけない、舞君。火力が強すぎだ。焦げてしまうぞ」


「えええええ!?」


慌てた舞が、フライ返しをパンケーキとフライパンの間に差し込もうとする。だが、底だけ急速に焼き固まっていても生地の大半は液状のままなので、段々広がりそうになってしまい……


「舞ちゃん、貸して!」


見かねた小林先輩がフライパンとフライ返しを取り上げた。舞は一歩横に避けて、オロオロするばかり。どうしたらいいのか、分からない。


先輩はコンロの火を落とし、フライパンを一度火から下ろすと、フライ返しを器用に使って流れ出して固まりかけた生地をパンケーキの上に戻した。そして、タイミングを見計らってコンロに戻す。


「とりあえず、これでいいわ。舞ちゃん、レシピにはちゃんと弱火って書いてあったでしょう?それに、こういうテフロンのフライパンは、強火にかけてはいけないものなのよ」


小林先輩は腕組みをし、口をへの字に曲げている。舞は肩を落として下を向いてしまった。


「はい、先輩。今度からちゃんとレシピをよく読みます。それと強火は使いません」


「舞君……」


「初めてなのだし、しかたないわ。私もちょっときつく言い過ぎたかも……ごめんね」


舞が素直な態度をとり、ワーヌも心配そうにするので先輩も毒気を抜かれてしまったようだ。


「あとは気泡が浮いてくるから、ひっくり返して裏を焼くの。自分でやってみて」


パンケーキの片面が焼ける間、舞はレシピを読み返す。そしてなんとかうまくケーキをひっくり返した。あとは、竹串を刺して、生地がついてこなければ焼き上がりだ。


「うーん、ダマも残っちゃったし、形も崩れたけど……舞ちゃんの最初の料理よ。食べてみて」


少し暗い顔で調理していた舞は、自分で焼いた初めてのケーキをひと切れ口にした。


「……おいしくないけど、おいしい」


彼女はようやく少し笑った。


「変な表現するわね。まあ、だれでも最初はそんなもんよ。これから頑張れば」


ガチャン!


先輩がそんな励ましを言い終わらないうちに、調理室にそんな物音と悲鳴が響いた。


「うひゃあ!」


「あっぶな!……って、こらーっ!いきなりそんなことするやつがあるかーっ!」


舞と小林先輩が目をやると、愛彩——千道せんどう 愛彩めあ、舞と一緒に水泳部の見学をした親友で、一緒に料理同好会に入ったのだ——がフライパンを片手に、床に落ちた焼きかけのパンケーキを見下ろしていた。


飛び退いて怒ったのは副部長の来栖くるす 夢珠むじゅだ。


「夢珠ちゃん、どうしたの?」


「この子!いきなりフライパン捌きだけでパンケーキをひっくり返そうとして、落とした!」


「次はうまくやる」


落ちたパンケーキの生地を指差して訴える来栖先輩に、悪びれもせず答える愛彩……元より彼女には少し楽天的が過ぎることろがあった。


「愛彩ちゃん、もったいないよ」


「そうだね。悪いことをした……先輩、ごめんなさい」


舞が指摘すると愛彩は眉を下げて反省したらしい。


だが、来栖先輩はそんな愛彩の反応がカンにさわったようだ。


「悪いことって……ちょっと考えれば危ないって分かりそうなものだけど!もー!今年の1年、どうなってんのよ!」


「夢珠ちゃん、落ち着いて」


小林先輩が嗜めるが来栖先輩は止まらない。


「わたしこんなことより、ちゃんとおいしいスイーツの新作作りたいのに!レシピも読まない子やいきなり床に生地投げる子が、まともに料理できるようになるわけないじゃない!スイーツはね、温度、湿度、混ぜ方、全部が命なの!それを……スイーツの奥深さなめんなよ!」


舞は来栖先輩の怒りの矛先が自分にも向いたのでビクリと肩を跳ねさせた。愛彩はポカンと口を開けて来栖先輩を見詰めている。そこに、男子生徒の声がかかった。


「先輩、そんなに大声出さないほうがいいですよ」


加納先生との会話を切り上げた翔星だ。先生はというと、彼がどうこの場を収めようとするか静観しているようだ。


「なによ」


来栖先輩はギロリと翔星を睨みつける。


「そんなに怒るのは、先輩がスイーツを心から愛している証拠でしょう?僕にも先輩の技、教えてくれませんか?」


(翔ちゃん、うまいこと言うなあ)


舞は感心した。だが、来栖先輩は治まらなかった。


「見え透いたことを……!」


「夢珠ちゃん……もう、渋谷君が折角とりなしてくれたのだから、乗ってあげたらいいものを」


小林先輩が嘆くといよいよ来栖先輩は激高し、翔星を指差して絶叫した。


「レミ、うるさいよ!だいたい、何でこんなやつがこの部に来たの?加納先生といい、こいつといい、男が料理なんて変なのよ!あんた、おか、おか、オカ、かかかかかかかかかかかかかかか……」


「先輩?」


様子がおかしくなった来栖先輩に、翔星が心配して声をかける。そして、部屋の入口からそっと中を伺う影——パンダの仮面を身につけた女生徒が、そこにいた。


『アンタ、オカマデショー!』


来栖先輩の体がむくむくと大きくなり、濃い化粧をしたマッチョ……がデフォルメされた姿に変わる。


「デショーンだ、逃げろ!」


翔星は叫んだが、デショーンを見上げると、恐怖で白目をむき、そのままバタリと倒れてしまった。

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