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第6話:車椅子は通常にあらず

その2時間ほど前。


「待ちなさい、そこのパンダ!」


倒れた舞を友梨佳に任せた施恩は、「浮遊する車椅子」でパンダ仮面の女子生徒を追っていた。校内に配置された堂峰家のエージェント――その1人がプール棟から出ようとした不審な生徒に気づき声をかけたところ、パンダの仮面で顔を隠して逃走したため、施恩に急報したのだ。


堂峰家は国内屈指の資産家で、聖カタリナ学園にも多額の寄付をしている。「お願い」をすれば、教職員としてエージェントを送り込むことなど訳ないことなのだった。


「戦いの直後ですから、たいして長くは持ちませんわよ。一気に追い詰めなければなりませんわ」


既に変身を解いて車椅子に乗る施恩の傍らで、エディが魔力切れを警告する。


「やるだけやってみるだけです」


そう答える施恩は、車椅子の肘掛けに仕込まれたスティックを巧みに操作しながら独りごちた。


「それにしても、ありがたい限りですね、このブルーアローの機動力は……もう少し速度が欲しいところですけれども」


施恩が魔法少女の力に目覚めたことを知った彼女の両親は、最愛の娘をサポートするために巨額の研究資金を投じた。その成果の一つがこの車椅子「ブルーアロー」だ。


魔法少女としての力を発揮させるために、メントルがプロトジェの体内に投影する魔法流路。ブルーアローはその仕組みの一端を不完全ながら再現することで、施恩から魔力の供給を受けて動くことを可能にした、魔導浮遊ユニットなのだ。


タタタタタタ……


パンダ仮面は無言で逃げ続ける。その姿は特徴がないのが特徴……ゆえに、体つきや服装から個人を特定することは難しそうだ。そして、残念ながら「ブルーアロー」という名とは裏腹に、その車椅子の飛行速度は人の早歩きと大差がない。結局、施恩はパンダ仮面を見失ってしまった。


「まあ、いいでしょう。次にデショーンが現れたとき、また彼女が現場にいるかどうかが重要なのですから」


そんなことを呟く彼女は、内心ではこの車椅子には父がつけた勇ましい「ブルーアロー」より、彼女が愛してやまない青いハリネズミ、そのライバルキャラが搭乗する「◯ッグモービル」という名のほうが良かったのに、と思っていた。


自分の思う格好いい名前をつけたほうが、ちょっとだけ性能も良くなるのではないか……そんなことを割と本気で考えたりもするのだが、エディに「ナンセンスですわ」と切って捨てられるのが目に見えているので黙っているのである。



病室ではケーキからの糖質補給を完了した舞を巡り、低レベルな争いが起きていた。


「舞ちゃんはぜっっっったいに水泳部がいいに決まってるんだぜ?」


「然り。流体の神秘を知るには自ら泳ぐのが一番である。この友梨佳ですら流体力学の何たるかを薄っすらと理解しつつあるのがその証拠である」


「ふふん、そういうことよ!なあ、一緒に水泳やろうぜ、舞ちゃん!」


舞を水泳部に入れたい友梨佳とダニーがまくし立てる。


(「友梨佳ですら」って結構酷いこと言われているのに。気にしない友梨佳ちゃんすごいな……)


舞は曖昧に笑いながらどうでもいいことをぼんやり考えていた。


一方、施恩とエディも負けてはいない。「病室で騒いではいけないよ」と友梨佳を注意する鬼塚先生を遮るように言い返す。


「何を仰いますか。舞さんには我がレトロゲーム研究会こそが最も相応しいのです」


「その通りでしてよ。計算機科学の素養を身につけるのに、れとろげーむほど適した題材はございませんわ」


その声は他への迷惑を鑑みて抑えられたものだったが、確信に満ちていた。


施恩は熱烈なレトロゲームマニアなのだ。彼女は入学した昨年、1人でこの研究会を立ち上げた。そして、一時は10名ほどの部員を数えたが、彼女のあまりに濃いゲーム愛と、ゲームバランスに問題を抱えた難ゲーの洗礼に耐え切れず1人、また1人と辞めていき……いまや施恩が唯一の部員となっている。


「舞さんにも絶対にレトロゲームの良さが分かっていただけます。さあ、これはスーパーフレコンの名作パズルゲーム『パズルでポン』がエミュレーションで動作するゲームガイ風デバイスです。丁寧なチュートリアルがありますから、一度やってみてください」


差し出されたそれは、スマートフォンを2回りは大きくしたサイズ感の、白い箱型のものだった。縦長のそれは、上半分に液晶画面が、下半分に十字型のキーとA、Bと書かれた2つのボタンが並んでいる。音が周囲の迷惑にならないよう、有線式のイヤホンも付いていた。


「あっ、物で釣るなんて汚ねえぞ!」


抗議の声を上げ、鬼塚先生に「伴地さん、声の大きさ!」と注意される友梨佳に、施恩は微笑んだ。


「あなたの分もありますよ」


「えへへ、ありがとう」


差し出されたもう1台を受け取ると、友梨佳は大喜びで電源を入れる。舞は困惑し、受け取りながらもこう尋ねた。


「ええと……ありがとうございます。そういえば、紅明ちゃんは何部なの?」


「彼女は帰宅部です」


聞いたこともないレトロゲームを病室のベッドの上で勧められる、という妙な状況で、何とか話題を変えようとした舞の小さな抵抗は無駄に終わる。舞は友梨佳にならってスイッチを入れ、そのゲームを起動した。



15分後、友梨佳が音を上げた。


「なんだこれ難しすぎだろ!もうムリ!返す!」


「そんなことは言わず、もうちょっと頑張ってください」


「舞ちゃーん、こんなゲームより水泳の方がいいぜー」


「こんなゲームとは何ですか!」


「堂峰さんも、声」


とうとう施恩も先生に注意された。


舞は大人しくゲームを続けていたが、さらにその10分後にはギブアップした。


「このゲーム、『アクション連鎖』が忙しすぎて……だんだん頭がくらくらしてきたような」


「そこが面白いところなのですよ。このゲームで脳を鍛えればデショーンとの戦いでも素早く論理的な判断ができるというもの。他にもたくさん名作を用意していますから、是非一度……」


そんな施恩をワーヌがたしなめる。


「施恩君、舞君はまだ脳にブドウ糖が十分補給されていないのかもしれない。思考負荷がかかるゲームはまた今度にするのが良かろう」


「……そうでした。つい、舞さんが倒れたばかりだということを忘れてしまい……申し訳ありません。それは差し上げますから、好きな時に練習してみてくださいね」


「ううん、大丈夫。施恩先輩ありがとう」


そんなところに舞の父親が迎えに来て、その場はお開きとなった。



後日、舞が入部したのは、水泳部でもレトロゲーム研究会でもなく料理同好会だった。


(カロリー取らないと、また倒れちゃうかもだもんね……それにしても、どうして翔ちゃんが?)


体験入部で12秒72という100mの記録を叩き出した渋谷翔星が、陸上部を蹴って料理同好会に入部したことに、ふたば中学校には激震が走ったという。

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