第3話:部活動ドキドキパニック
みずほ国際学園ふたば中学校では、1週間の体験期間を経て所属クラブを決めることになっている。
舞は小学生からの親友、愛彩とあちらこちらの体験入部を回っていた。
「舞ちゃんはやっぱり陸上部?足速いし。渋谷君も陸上っぽいから」
「翔ちゃんは関係ないよ」
そんな2人は今日は水泳部に来ていた。この部には魔法少女の先輩、友梨佳が所属しているのだ。体験入部でプールに入ることはできないので、施設の紹介とプール外でのトレーニング体験がその内容だ。
「やっほー、舞ちゃん!待ってたぜ!」
友梨佳が上機嫌で舞を迎えた。
◆
その頃、水泳部のロッカールームで……
「昨日来てた、凄い眼鏡の1年見たか?」
「あー、あいつか……。ここ、泳げないやつに教えるための部じゃねーんだけどな」
渋谷翔星のことである。彼は泳ぐのがかなり上手なのだが……極端な瓶底眼鏡のために運動ができなさそう——そんな先入観を持たれることがしばしばであった。
「泳げないやつに教える義務なんてねーよな」
「だよなー。あいつ、あい、アイ、アイ、あいああああああああああああああ」
「どうしたんだお前?」
『アイツ絶対カナヅチデショー!!』
「うわああーーっ!!!」
水泳部の生徒の1人——その体が膨れ上がり、巨大なカエルのぬいぐるみのように変化する。
そんな事件が起きたロッカールームの片隅には、いつの間にかパンダの仮面を身に着けた女子生徒がいて……しかしその存在感は驚くほど薄く、誰も彼女の存在に気付かなかった。
「行ケ。カナヅチデショーン。その判断は偏見じゃないネ。合理ヨ」
◆
ロッカールームから飛び出したデショーンが乱入したプールサイドには、他の部員や1年生に混じって、友梨佳に案内される舞と愛彩がいた。
「えっ、デショーン!?変身しないと!」
「それより愛彩ちゃん逃げな!」
慌てる舞に、冷静に一般生徒の避難を促す友梨佳。
(友梨佳ちゃん凄い。私もあんなふうに冷静にならないと)
『オマエ、カナヅチデショー!』
デショーンが逃げ遅れた女子生徒に迫る。
「今日は、紅明は欠席だから私たちだけで頑張らねえとだな!マジカルフロー・シーケンス・イニシャライズ!」
友梨佳が緑のフラコンを掲げた。
《変身シーケンスレディ、イニシャライズ》
v²/2+p/ρ+gz=const.
(うわ、難しそうな式!)
フラコンの表面に浮かび上がった数式に、舞は腰を引いた。それはベルヌーイの定理と呼ばれる流体力学の基礎定理の1つだ。だが、中学生である彼女たちはその意味を知る由もなかった。
そしてフラコンから1滴の雫を垂らされた友梨佳の体がライムグリーンの光とグレープフルーツの香りに包まれ、フラコンはその右手に移動する。
光が収まると、そこには緑にコーディネートされた衣装に包まれた友梨佳がいた。その手には透明のオールが握られ、背にはジェット機の翼……バーニングマイの翼とは違い、空気を切り裂くための翼がある。
《シーケンスコンプリート。ヴォルテックユリカ、スタンディングバイ》
「プールに現れるとは運のない奴だぜ!食らえ、メイルシュトロム・ドレナージ!」
友梨佳がオールをプールに差し込むと、プールの水が渦を巻き、カエル形のデショーンを引きずり込む。
『デ、デショーン!』
悲鳴を上げるデショーン。舞は頼もしい戦いぶりに感心していたが、ワーヌが警告した。
「舞君、君も変身したまえ!勝負はまだ決まっていない!」
「わ、私も!?……マジカルバーン・シーケンス・イニシャライズ!」
《変身シーケンスレディ、イニシャライズ……コンプリート。バーニングマイ、スタンディングバイ。舞君、奴がプールから飛び出してくるのに備えたまえ。クイック・リアクションだ》
『デショーン!!』
友梨佳が作り出した流れの渦から、デショーンが飛び出す。
「しまっ……フロー・スタグネイション!」
友梨佳は咄嗟にデショーンを気流の淀みに捉え込んで勢いを止めるが、プールサイドに着地したデショーンは大きな窓の方を向き、外へと逃れようとする。
「逃げるなあっ……えっ!?」
駆け込んだ舞はデショーンをプールに叩き込もうと拳を振り抜くが、ぬるりと滑って力が逃げてしまった。
「ストリーム・バリア!」
『デショーン!出タイデショーン!』
窓の手前に友梨佳がバリアを展開、繰り返し窓に突進するデショーンの脱出を阻む。
「このっ!このっ!」
舞は何度も繰り返しデショーンに殴りかかるが、やはり有効打が入らない。
《落ち着きたまえ、舞君。表面の摩擦係数が低すぎて打撃が伝わっていない。一度クイック・リアクションを切らないと保たなくなるぞ》
「でも、早くこいつを何とかしないと!」
《闇雲に殴っても意味がない。頭を冷やしたまえ》
舞が背負う翼からは湯気がもうもうと立ち昇っている。これは危険な兆候といえた。
「それなら、オキシジェン・ブラストで……」
《あれは溜めが必要だ。足を止めないと、素早い相手には通用しないだろう》
「だったらどうしろっていうの!?とにかく攻撃するしかないよ!」
舞とワーヌが言い争いをしていると、プールサイドに舞の初めて聞く声が響いた。
「理屈に合わないことを、仰らないことね。新人さんかしら?」
そこにいたのは青くコーディネートされた魔法少女だった。
彼女は臍の下にそっと手を添え、背筋を伸ばしたまま空中に静かに浮かんでいた。その額には大きなバイザーが青く煌めき、奥に光る瞳は知的な静けさを宿している。傍らにはデショーンを小さくしたような30cmほどのマスコットが2体、浮遊しながら付き従っていた。
「帰国していたんだな、施恩!」
友梨佳が叫ぶと青の魔法少女は微笑んだ。
「状況を教えてくださる?この、テイミングシオンが何とかしてみせるわ」




