第2話:魔法少女に大切なこと
その日の放課後、舞は自宅の部屋に2名の先輩――紅明と友梨佳を迎えた。
「いきなり押し掛けて悪かったわね。新しい魔法少女が知ってる子で良かったわ」
紅明が切り出す。
「ありがとう、紅明ちゃ……先輩、来てくれて。ワーヌ、だっけ、あの変なの、変身が解けたらそのまま寝ちゃったみたいで起きなくて。何から何までよく分からなくて困っていたから……」
始業式後、1年生はオリエンテーション後に帰宅となった。上級生とは帰宅時刻が大きく異なったので舞はただ困惑しながら過ごすしかなかったのだ。
紅明は、舞が「ちゃん」を「先輩」と言い直した瞬間にピクリと小さく肩を震わせた。それを見逃さなかったのが友梨佳だ。
「舞ちゃんだっけ?あたしは伴地 友梨佳、紅明のクラスメートだ。あたしたちのことはちゃん付けにしてくれていいぜ。同じ魔法少女なんだから、上下関係はナシってことでよろしく。それでいいだろ、紅明?」
紅明は無言で頷く。
「ありがとう、ええと……友梨佳ちゃん」
舞がおずおずと名前を呼ぶと、友梨佳は満面の笑みを浮かべる。対照的に紅明は表情を崩さずに話を進めた。
「どうでもいいわ、呼び方なんて。それより、いくつか説明しておくことがあるの。まず、届け出のことよ。明日、担任の先生に魔法少女になったことを申告なさい。届け出の書類を出さないと、フラコンが没収される可能性があるわ。授業中の出撃も、届け無しには認められないわよ」
いきなりの生々しい話に、舞は面食らった。
「……魔法少女って、書類が必要だったんだ……」
友梨佳が目を逸らしながら言う。
「報告書も必要なんだ……今日のやつ、あたしの番だけどまだ書いてなくってよ……今度書き方教えるから、悪いけど順番でよろしく」
舞もまた、頬を引き攣らせた。作文は苦手なのだ。
それを気にも留めず、紅明が続ける。
「フラコンは大切よ。学校はスマホ持ち込み禁止だから、これが私たちの通信手段にもなるの。こんなふうにね」
《こんなふうにね》
声とは別に、意識に直接紅明の声が響いたので舞は目をぱちくりとさせた。気付けば紅明の手には紫のフラコンがある。
「相手の顔を思い浮かべながらフラコンに触れて話しかけると、今みたいに意識に直接声を届けられるわ」
「それにフラコンはメントル……あたし達のパートナーたちの家でもあるんだ。ワーヌもフラコンに戻してやればすぐに元気になるはずだぜ」
友梨佳に言われ、舞は鞄からワーヌを引っ張り出し、そのままフラコンにぐいっと押し付けた。ワーヌはすうっとフラコンの中への吸収されていく。
「乱暴な娘であるな」
気付くとワーヌと良く似た風体の、赤い服を着た貴族風の小さいものが浮いていた。
「ダニーだ。あたしのメントル」
友梨佳が紹介する。
「いかにも。吾輩が友梨佳君のメントル、ダニエル・ベルヌーイである」
「ダニエルだから、ダニー?……よろしく、ダニー。ダニーは妖精なの?」
舞が不思議そうにダニーを見詰める。
「吾輩を、妖精などという非科学的なものと一緒にするでない。メントルというのはこの世に未練を遺した科学者たちの成れの果てなのだ」
「えっ、違うの……?」
舞が首をかしげる。
「確かに妖精じゃあないけど、幽霊だな。非科学的なのは妖精とどっこいどっこいじゃねえか」
友梨佳が突っ込んだが、ダニーはそれを華麗にスルーした。
「メントルはパートナーたるプロトジェの導き手である。そなたのメントル、ワーヌことアントワーヌ=ローラン・ド・ラヴォアジエのことを、もっと大切にするが良いぞ」
「アント……舌を噛みそうな名前」
舌を出す舞。その目の前にもう一体のメントルが登場する。その姿は貴族然としたワーヌやダニーとは違って、スーツ姿でモジャモジャ頭だ。
「僕が紅明のメントル、アルバート・アインシュタイン。アルと呼んでね」
ベルヌーイやラヴォアジエのことは知らなかった舞だが、さすがにその有名な科学者のことは知っていた。
「アインシュタイン!あの天才の!?すごい!」
舞が興奮に身を乗り出すと、アルはコホンと咳払いした。
「天才かどうかはさておき、科学者としての業績には誇れるものがあると自負しているね……他にもローザ、エディというメントルがいるけど、ローザは今は友梨佳の家にいて、エディは来週まで施恩という魔法少女と一緒に海外に派遣中なんだ」
「海外!すごい先輩がいるんだなあ」
驚く舞に、紅明が続ける。
「あの子がいなくて戦力が低下していたけれども、あなたが魔法少女になってくれて助かったわ。私のレーザーや友梨佳のフロー・コントロールはデショーンを食い止める力が強くないから、あなたの打撃力は頼りになりそうよ」
「えへへ、頑張るね。紅明ちゃん、友梨佳ちゃん!……ところで、デショーンって結局何なの?正体が先生だったからびっくりしたんだけど」
すると、ローテーブルに置かれていた舞のフラコンが光り、ワーヌが現れる。
「あいたた、すっかり力を使い果たしてしまった……また、首が落ちたかと思ったよ……。舞君、その疑問には私が答えよう。デショーンとは、人の心を縛る鎖——偏見に取り憑かれた人間に、闇が付け込んで生まれるモンスターのことだ」
「……偏見?」
アルが首を掻っ切るジェスチャーをし、ダニーがどこからか取り出したハリセンでアルの頭を引っ叩く。
「物騒な冗談はやめるがよい。まったくお主ときたら……」
アルに説教をするダニーを横に、ワーヌが続ける。
「君は友人に、女性が戦うのは危ないと言われて怒りを示していただろう?偏見に立ち向かうその姿勢こそ、魔法少女に最も求められる資質なのだ」
「先生も、偏見に……」
「加納先生は、渋谷君の分厚い眼鏡からオタクという偏見を抱いてしまったそうよ。朝、他の先生と渋谷君の話題になって、『オタクでしょ』と口にした直後にデショーンになってしまったと――大変反省していらっしゃったわ」
舞の幼馴染を以前から知っていた紅明が説明した。
朝、先に舞たちを登校させた紅明は友梨佳とともに加納先生を介抱し、学校には遅れて登校したのだという。このような遅刻も、書類手続きが完了しているからこそ許されることなのだ。
◆
翌朝、担任の鬼塚先生に魔法少女となったことを届け出た舞は、必要書類の多さに頭を抱えることになった。
(魔法少女って、キラキラしていると思ったけど、厳しい世界だったみたい……)
舞の魔法少女生活は――どうやら前途多難らしい。
ワーヌことラヴォアジエは質量保存の法則を確立し、燃焼の仕組みを解き明かした偉大な化学者でしたがフランス革命でギロチンにかけられ生涯を閉じました。「また、首が落ちたかと思ったよ……」は自虐ネタですね。




