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第1話:中学校生活は爆破のあとで

「紅明……ちゃん?」


入学式の翌朝、大奈だいな まいは初めての通学路で立ち止まった。


上空から住宅街の交差点に降り立った紫の人影――その一瞬、確かに舞と目が合った。すぐに横切るように路地へと飛び去ったその、驚きに目を見開いたような顔は、確かに舞が知る人物、丹生にう 紅明くれあのものだった。


中学校に入るにあたって舞が最も楽しみにしていたのは、幼少期からどこか大人びていた憧れの存在、引っ越しにより離れ離れになっていた1学年年上の彼女との再会だった。それは入学式翌日の登校初日に、あまりに意外な形で果たされた。


「紅明ちゃんだよね?――えっ、何!?」


ドドーン


紅明を追うように、交差点に巨体が飛び降りてくる。


それは、かわいらしくデフォルメされた人間の姿をしていた。頭にはバンダナと瓶底眼鏡、上半身はチェックシャツにパンツはケミカルウォッシュのジーンズ。いわゆるオタクのステレオタイプだ。


そしてそれは、見た目こそファンシーな造形ながら、禍々しいオーラを纏っていた。


『オタクデショー!』


雄叫びを上げるそれは、最近世間を騒がすモンスター「デショーン」だ。その姿は様々だが、ファンシーかつ巨大という点だけは共通している。


「フォトニック・レイ!あなた達、逃げなさい!」


路地から紅明の声が響き、光線が放たれる。デショーンは仰け反り大声を上げるが、その視線は先ほどから舞の方向——正確には舞の後ろを歩いていた翔星の方を向きっぱなしになっていた。


翔星――渋谷しぶや 翔星しょうせいは舞の幼馴染だ。病的な強度近視のため分厚い眼鏡を使っているが、スポーツが大好き……そんな彼は幼馴染と連れ立って登校するのが恥ずかしく、わざと舞に追い付かないように離れて歩いてきたのだ。


「逃げるよ!翔ちゃん!」


舞は踵を返して駆け出したが、それと同時に翔星はストンと尻もちをついた。


「どうしたの翔ちゃん?」


声をかけると翔星は軋んだドアのようなぎこちない動きで首を舞に向けた。


「あ、はは……腰が抜けて……」


残念ながら、彼は極度のヒビリだった。


「しょーうーちゃーん、逃げないとー」


「あわわわ……」


舞が学ランを引っ張るが、翔星は足をばたつかせるばかりで立ち上がることも覚束ない。


『オマエ、オタクデショー』


「翔ちゃんはオタクじゃない!」


叫び返す舞に向かい、デショーンが一歩踏み出してズシンと足音が響いた。


「こっちに来なさい!フォトニック・レイ!」


紅明は牽制の光線を連射してデショーンの気を引こうとするが、うまくいかない。そこに、緑のコスチュームに身を包んだ別の人影が降下して、舞の前に立ち塞がった。


「待たせたな、紅明!——ヴォルテックユリカ、推参!」


「推参は呼ばれてもいない人が勝手に来るときに使う言葉よ」


「いいんだよ何か格好良いから!ストリーム・バリア!」


紅明の冷静なツッコミを意に介さず、友梨佳は障壁を展開してデショーンの進行を食い止める。


「ワーヌ!魔法少女候補がいそうだって本当なのかよ?きっと長くは保たないから急いだほうがいいぜ!」


呼びかけに応えて、舞の目の前に15cmほどの小さな人影が現れる。その姿は透明な翼を持つ、デフォルメされた中世の貴族といった感じだ。黒い服の襟元や袖口から白いゴージャスなフリルが覗いている。それは、舞の周囲を飛び回って一通り観察すると、こう切り出した。


「ふむ、君には勇気と真理探求への適性があるようだ。私はワーヌ。ゆっくり自己紹介したいところだが、今は時間がない。もし、その友人を助けるために戦う気持ちがあるなら、このフラコンに叫びたまえ——マジカルバーン・シーケンス・イニシャライズと」


「ふらこん?」


(きれい……ママの香水の瓶に似てる。今朝、「子供は触っちゃダメ」って叱られたけど……私だって、ちょっとくらいならいい匂いをつけてもいいよね?)


戸惑いながらも宙に浮かぶフラコンに手を伸ばそうとする舞。


「舞……ちゃん……やめよう、危ないよ……女の子があんなのと戦うなんて……」


震える翔星の声が、舞の胸に火をつけた。美しい香水瓶への好奇心は、一瞬で意地に塗りつぶされる。


「女の子だから危ないってどういうことよ!?」


舞はひったくるようにフラコンをつかむと翔星を指差した。


「見てなさい!私はあんたみたいな弱虫とは違うんだから!……ええと、マジカル……なっだっけ?」


「舞君か、良い名だ。その勇気、やはり私の目に狂いは無かった。唱えたまえ、マジカルバーン・シーケンス・イニシャライズ」


「マジカルバーン・シーケンス……えーと」


「イニシャライズだよ、舞ちゃん……どうなっても知らないよ」


「イニシャライズ!」


その言葉とともにフラコンがピンクに輝くと舞の手から離れて宙に浮き、ワーヌが瓶に吸収されるように吸い込まれる。


《変身シーケンスレディ、イニシャライズ》


フラコンの表面には、アルファベットの「O」を中心に6つの点が浮かび上がった。これは酸素原子の電子式――だが、中学1年生の舞がその意味を知るはずもなかった。


そして、栓がひとりでに抜けると、1滴、その中身が舞に垂らされる。そこから桃色の光と梅の花の香りが拡がり……次第に舞の体全体が包まれると、フラコンはその右手に移動して細長く形を変える。


光が収まると、そこにはピンクにコーディネートされた衣装に包まれた舞がいた。その右手にはクリスタルがあしらわれた透明のワンドが握られ、背には薄い金属を重ね合わせたような銀色の翼が輝いている。


《シーケンスコンプリート。バーニングマイ、スタンディングバイ》


戦いは激しさを増し、友梨佳のストリーム・バリアが軋みをあげる。


「紅明、もう限界だ!何とかこいつをここから引き離さないといけないのに!」


「仕方がない……フォトン・トーペードを使うわ」


「やめろ!あの力は危ねえ!お前も分かっているはずじゃねえか!」


《戦いは膠着しているようだ、舞君。あの怪物の足元を見たまえ。ちょうどゴミ置き場から散乱したプラスチックごみがある。ワンドに意識を集中して、あのプラごみに起きるできごとを加速するのだ》


ワーヌの声は、先ほどから舞の意識に直接語りかけてきていた。


「ええと、こうかな……」


ワンド先端のクリスタルが虹色に輝き、ごみの一部がサラサラと砂のように崩れていく。


《少し違う。反応を速めて、燃え上がらせるんだ》


舞の目に光が宿り、口元が弧を描く。不思議と、その力の使い方が理解できた。


「分かった……燃えちゃえっ!」


《そうだ——クイック・リアクション》


……パァン!


再びワンドが光るとごみが炎を上げ、近くに不法に捨てられていたスプレー缶を破裂させた。


『イタイデショー!』


「うひゃあ!」


悲鳴を上げたのはデショーンと友梨佳だった。爆発はデショーンを怯ませた一方で、既に限界まで軋んでいたストリーム・バリアも吹き飛ばしたのだ。


「ちょっと!急に危ないじゃねえか!……って、もう変身したのか!?」


「来るわよ」


驚く友梨佳と、対照的に冷静な紅明。デショーンはもう次の攻撃に移ろうとしていた。


「ご、ごめんね……でも、こうすれば……」


そう言うとワンドが再び輝いた。


《な、何と!?これがさっき初めて魔法を使った娘だというのか……放熱フィンが体内の反応熱を排出し始めている!》


ワーヌが驚くのも無理はない。舞は感覚的に【クイック・リアクション:反応加速】の魔法を自分の体内に展開し、身体能力を爆発的に引き上げてみせたのだ。


体内の反応熱を排出するために背中の放熱フィンがうっすらと陽炎に揺らぎ、梅の花の香りが広がる。


「いっくよー!」


地を蹴る舞。そして、一番驚いたのは本人だった。


(まわりが、ゆっくりになった?)


それは、舞の体内のあらゆる化学反応が加速された結果である。


神経伝達、筋肉の反応が高速化され、あたかも時間の流れがゆっくりになったように感じたのだ。魔法少女化による身体強化と背中の翼からの放熱がなければ、体が悲鳴を上げていたことだろう。


早回しされたような動きでデショーンの懐に入り込む舞。ワンドで殴り付ければそれなりのダメージが入るようだが、決定打にはならない。


《ワンドと相手の間に爆発をイメージしたまえ——オキシジェン・ブラストだ》


「オキシジェェェン、ブラストォ!」


ワンドの先をデショーンに突き込むようにしながら叫ぶと、そこから青白い爆炎が溢れだし、相手を吹き飛ばした。


魔法で高圧縮状態の酸素を生成し、爆発的な酸化反応を引き起こしたのだ。


「きゃあ!」


反動で吹き飛ばされる舞。それをすかさずサポートしたのは先輩2人だ。


「フォトニック・ストーム」


「フロー・スタグネイション!」


紅明が光線の乱舞でデショーンにフィニッシュを決め、友梨佳が吹き飛ばされた舞を魔法で受け止める。


『デ……デショーン……』


デショーンはフラフラと立ち上がろうとしたが、黒い靄を吹き出しながら急速に萎んでいき……その後には大人が一人倒れていた。


「えっ……先生?」


よく見ればそれは中学1年生の学年主任、加納だ。舞は、昨日の入学式で挨拶していたその顔を覚えていたのだ。


これが、魔法少女バーニングマイの初めての戦い――そして、魔法と科学の交錯する、彼女の青春の始まりだった。

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