65. 告白
スサミは、ゆっくりと口を開いた。
「俺たちは、それぞれパッとしない成績のレーサーだった。それでも、ドルーズドに入って来たのが同じくらいの時期だったからな。よく飲みに行ったりした。いわゆる同期みたいなもんだ。」
片眉を上げる。それぞれが、ということは、最初から主運転手と副運転手として組んできたわけではないのか。口を挟むのは野暮だと思って内心で考えを転がす。きっと、おいおい説明されるだろう。
「俺とイズモが同い年、トカラだけが三つ下だった。当時、全員が副運転手として運転していたのもあって、唯一年下のトカラを弟のように可愛がっていた。」
どうしても聞きたいことを思いついたので、一息ついたところを見計らって質問する。
「全員副運転手って…最初から希望してたんですか?」
ほんの少しだけ俯きがちな顔をそのままに、視線だけがこちらに向けられて、また戻る。ジョッキを煽って、嫌そうな顔をして答えられた。
「そんなわけないだろう。普通は最初から主運転手なんぞ務められん。年上のレーサーが許さんからな。」
「嫌な世界ですね。窮屈で。」
若干憐れみを含むような目が向けられる。
「今でもその風習は多少なりとも残っているはずだが…一匹狼のお前には関係のない話か…」
私が世間知らずだとでも言いたいのだろうか。否定はできないのも事実だが、他のレーサーの動向なんてどうでもよかったのは確かだ。スサミはオブラートに包んで表現してくれたが、私は孤独なレーサーだったのかもしれない。
「話の腰を折ってすみません。」
「…構わんが…これもどうせ後に繋がってくるからな…」
枝豆に手を伸ばす。料理はほとんど無くなってしまっていた。何か摘まめるものを注文しておこう。彼が咀嚼している間に、小海老の唐揚げとアイスティーを頼む。口の中がいささか甘かった。
大して美味くもなさそうに口を動かして、ジョッキを呷る。彼が何度も口にしているはずなのに、その中身はあまり減っていなかった。
「俺たちは別の主運転手と組んでいた。年上のな。俺とイズモのところは上手くやっていた方だったが、トカラはどうにも折り合いが悪かったらしくてな。折に触れては愚痴を零していたもんだ。」
身体が萎れる様な息を吐いて、彼の口から言葉が続けられる。
「最初のうちはまだ良かったんだけどな。一年もする頃には、トカラは随分やつれていた。レース以外の娯楽も無かったらしくてな。俺には整備があった。イズモには女がいた。だから息抜きをすることもできたが、トカラには何もないらしくてな。あいつは、ひたすらに不器用だった。」
ジョッキに手が伸ばされて、引っ込められる。
「それを見るに見かねたイズモが、トカラをギャンブルに誘った。イズモもギャンブルはそこそこ好きだからな。それがまず一つ目の、俺たちの罪だ。」
引っ込められた手が、手拭きを掴んだ。きつく握りしめてから、ジョッキの周りの水滴を拭う。そしてまたテーブルの端に戻された。
「トカラに、ギャンブルは向いていなかった。そんなの、誘う前から分かり切っていたことだ。だから俺は止めた。イズモもトカラもな。それでも、な。」
そこで言葉が不自然に途切れる。一つ呼吸をして、続けられる。
「イズモは、誘ったんだ。向いていないのだとトカラ本人が分かったら、別のものに誘えばいいと言ってな。トカラも、止まらなかった。明らかに負けが込んでいても、金を注ぎ込むことを止めなかった。レースが増えれば増えるほどに、あいつはギャンブルにのめり込んで行った。ギャンブルが、あいつにとっての、ストレス発散になっていた。」
そこまで聞いて、私は合点がいった。父は元からギャンブル狂いだったわけではない。何か自分一人では抱えきれないものを、ドルーズド・レースに賭けて、何とか処理していたのだ。父にとっては、母も、自分のための支えとしては見れなかったのだろう。スサミの言う通り、不器用だ。どうしようもなく。
ちょうど、注文した料理と飲み物が運ばれてくる。テーブルの上は、随分空いてしまっていた。
熱いうちに唐揚げを一つだけ摘まんで口に放り込む。重たい空気の中で冷めてしまった料理は美味しくなくなる。経験則で知っていることだ。アイスティーを口に含んで、飲み込む。安い香りがした。家にある茶葉で淹れた紅茶の方が美味しい。飲まなくても分かっていることだったが、少しだけ残念に感じた。
一向に口を開こうとしないスサミに、こちらから水を向けてやる。
「それで、二つ目は?一個じゃないですよね、その話しぶりですと。」
若干淀んだ目が、こちらを向いて、テーブルに落ちる。その目付きに反して、口調は想像していたよりもしっかりしていた。
「鬼か、お前…」
「まだ知りたいことあるので。」
あっけらかんと言い放つ。遠慮なんてしている暇はない。このまま一人で喋らせたら夜が明けてしまう。
やれやれと言わんばかりに首を振って、スサミは話し出した。
「二つ目、は…」
そこで、彼が唇を噛んだのが見えた。そこまで言いたくないのだろうか。
「二つ目は、イズモと、トカラが、組んだことだ。イズモが主運転手、トカラが副運転手で、な。」
沈痛な面持ちの彼をよそに、次々に唐揚げを口に放り込みながら、問いかける。
「どうしてそこで組むことになったんです?他に組んでいたレーサーがいたはずでは?」
彼は、答えに悩んでいるようだった。俯いてから、息を吐いて、上を見上げる。ゆっくりとジョッキに手が伸ばされて、唇を湿らせるように、嘗めるようにちびちびとアルコールを口に含む。アルコールの力を借りて、勢いで過去を語ろうとしないあたりに、彼の誠実さが伺えた。
「どっちも、レース中のクラッシュで、な。」
人の、命に関わる話か。それならば、口が重たくなるのも仕方ない。スサミが言葉を続ける。
「特に、トカラの方は酷かった。主運転手は即死、トカラ自身も大怪我で入院だった。散々見舞いに行ったもんだ。イズモと二人でな。」
皿の上の唐揚げは残り少なくなっていた。勢いで食べ過ぎてしまったかもしれない。話はまだ長くなりそうだというのに。
「トカラは、退院してすぐに、レースに戻った。怪我も、治り切っていないうちから。」
突然、鋭い眼光が向けられる。グラスを掴んでいた左手が止まる。
「お前と、同じだ。セイカ。」
テーブルの上に投げ出されていた右手が、びくりと動いた。




