63. 虚脱
スサミが、まるで覚悟を決めたように、こちらを見下ろしていた、
「長くなるぞ。ここで聞く気か。」
頭上から声を掛けられる。ここで聞く以外に選択肢なんてないだろう。
「ええ、構いません。他に行くところもないですし」
自暴自棄にもなると、思考も鈍るらしい、何も考えられなかった。
「…トップレーサーがこのざまとは、目も当てられんな…」
刺々しい言葉が聞こえたが、私は地面のタイルの淵を目でなぞっていた、あ、ここはうまく敷き詰められていない、不規則になっている。おこぼれを拾いに来たのか、小さなアリが通過していった。それをただひたすらにぼんやりと眺めていた。ああ、それは灰だ。さすがに灰は持っていかないか、栄養にもならない毒だもんな。アリの生活はどんなものなのだろう。四肢に欠損が出た個体は自然の摂理で切り捨てられるのだろうか。私も、グランプリの摂理で切り離されようとされているのだろうか。それがこの世の、私が身を置く世界の理ならば、反論なんてありはしなかった。
「セイカ」
そういえばアリは働きアリと女王アリに分かれるのだったか。蜂と似たような生態をしているのだと思って驚いたことがあった。働きアリのうち、数割はサボり役として存在してるらしい。そうだ、私も女王蜂から降りて、サボり専門の働き蜂になろう。
「セイカ」
サボりと言っても何をするのだろう。ああ、何もしないのが正解か。もうリュカに連絡を取る必要もないし、カインを見る必要もない。副運転手として運転することもしなくていいし、レースに関わらなくていい。なんて心の重荷が取れるのだろう。なんて楽なんだろう。
「…セイカ」
棄権するのはリュカのために、してはならない。誰か他の副運転手を集めなければ。ああ、彼氏がいい副運転手だったか。確か彼女が言っていたはずだ。彼に交代してもらうようにリュカに連絡を取ろう。左手に端末を取り出して、ぼんやりと眺める。何をしようとしていたのかが、一瞬で分からなくなった。何をしなければならなかったのだろう。左手に端末を持ったまま固まった私の両肩を、目の前にしゃがんだスサミに掴まれる。
「正気に戻れ、セイカ」
緩慢に瞬きを繰り返す。焦点が上手く彼に結べない。アリにばかり焦点が合う。顔を挙げるのも億劫だ。ゆっくりと口を開く。
「私、」
「だめだ。」
まだ何も言っていないのに、スサミに止められた。断言した彼の言葉には、妙に勢いがあった。ゆうるりと首をあげて、その表情を観察する。視線が、こちらに向かって真っすぐに注がれていた。その目の奥は真っ黒で、何か射殺さんばかりの硬い眼光が輝いていた。
「お前は、ドルーズドの、レーサーだ。」
「それ以外の者には、なれない。」
「覚えておけ、セイカ」
そういって立ち上がったスサミに、左腕を掴まれて立ち上がらせられる。
「ここで立ち話は年寄りにはきつい。どっか居酒屋行くぞ。いいところ知ってるからそこ連れて行ってやる。」
ぼんやりとしていて、うまく返事が出来なかった。
「そう、ですか……」




