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Drused Race  作者: 鈴生
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62. 逃避

 通話を終えたスサミが振り返る。左手に端末を持ったまま、手持ち無沙汰に曇った空を眺めていた私はそれに気付くのが遅れた。

「リュカはどうした。」

 遠くにやっていた意識が戻ってくる。慌てて答えを返す。

「出ません。彼氏とディナーだと言っていたので、それかと…」

 心当たりはそれしかなかった。今まで彼女のいわゆるデート中に連絡をしたことはない。だからこそ、彼女も油断して端末を見ていないのだろう。そうでも思っていないとやっていられなかった。

 どことなく呆れたような感情が一瞬だけその瞳に乗って、消えた。スサミが小さく口を開く。

「変わらんな…」

 何を指しているのかは言われずとも見当がついた。きっと、()()()()()()()、スサミは苦労したのだろう。

 内心で苦笑いを零す。黙ったまま次の言葉を待っていると、端末を少し掲げてこちらに見せながら、スサミははっきりと告げた。

「運営からの通達は、出ていない。」


 目の前が、一瞬で真っ暗になったようだった。

 やはり、誰かに嵌められたのだ。考えられるのは、リエラただ一人だ。きつく目を瞑って俯く。真に受けた私が馬鹿だった。あんな女、信用した私が愚かだった。

 何も言わない私を見て、スサミはなんと声を掛けるか悩んだのか、しばらく黙ったままだった。先ほどとは正反対の、息をするのも気まずいような沈黙が場を支配する。彼が飲み残したボトルを取り出したのが聞こえた。ああ、冷たい飲料を買ってくるべきだったかもしれない。そうすれば、頭も冷えたかもしれないのに。

 ただひたすらに自己嫌悪に陥っていると、残っていた飲料を飲みきったのか、空のボトルがごみ箱に放り込まれた。

「セイカ」

 一言、短く呼びかけられる。

「リエラは、違う。俺が保証する。」

 眉間に皺が寄ったのが分かった。彼に何がわかるというのだ。私への異常な執着も、あの二重人格じみた行動も、何もかも知らないのに、何が保証できるというのだろう。いっそ食って掛かりたかった。私よりも背が高く、ガタイもいい、年上の尊敬すべき相手だということは、その瞬間だけすっぽりと抜け落ちていた。歯を食いしばって言葉を紡ぐ。

「…どうして、そう、言い切れるんですか…」

「すまん、なんだ?」

 聞き取れなかったらしいスサミに聞き返される。それが尚のこと癪に障った。

「スサミさんに、あの女の、何が、わかるんですか…!!」

 感情に駆られて右手が出かけて、瞬時に鋭い痛みが走って身体が硬直する。情けなくうめき声を上げて、しゃがみこむ。このまま消えてしまえたら。そう思った。どうして、こうも、何もかも、上手くいかないのだろう。

 そんな私の様子を見つめていたスサミは、黙ったままだった。今だけは、目を合わせたいとも思わなかった。

 カチ、カチ、と音が聞こえた。三本目の煙草に火を付けているのだろう。ふっ、とあの煙草の香りが鼻先を掠めた。


 初めてそこで、今まで考えたこともなかったような思考が脳裏を掠めた。

 トカラ、なら。私の父なら。父さんなら、どうしただろう。彼だって、困難に直面したことがあるはずだ。父さんは、どうやって、これを乗り越えたのだろう。

 そこでふと、耳の裏に、あのときの実況の声が蘇る。

『そしてイズモの副運転手の座を、トカラから勝ち取った副運転手、スサミ』

 そうだ、スサミは、彼は、父を知っている。父のことを、聞きたい。目の前に転がっているはずの問題も何もかも放り出して、そのことばかりが頭を占領した。

 相も変わらず、スサミは煙草を吸っていた。横目でそれを確認して、しゃがみこんだまま、くぐもった声で問いかける。

「スサミ、さん」

 一呼吸おいてから、彼の声が聞こえた。

「…頭は冷えたか。」

「…多少は。」

 完全に、あの怒りが引いたわけではなかった。これは現実逃避だ。そんなの、分かり切っていたけれど、それでも知りたいと思った。リエラのことも、運営の通達のことも、あとでいい。どうせグランプリ決勝戦(ファイナル)まで二週間あるのだ。それにリュカとも連絡がついていない。今解決しなければならないことは、もう何もかも投げ出すことにした。立ち上がりもせずに、地面を眺めたまま口を開く。

「…父に、ついて、教えてください。」

 彼が吐き出していた息が、一瞬止まったのが聞こえた。

「父から、副運転手(ツイン)の座を勝ち取ったんですよね。スサミさん。父は、主運転手(メイナー)として、活躍したとばかり思っていました。」

 ほんの少しだけ静寂が落ちて、彼が深く息を吐き出した。言葉は、ない。


「父は、スサミさんは、イズモさんは、どういう関係だったんですか。」

 今はただ、それだけが知りたかった。


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