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Drused Race  作者: 鈴生
グランプリⅡ
40/69

40. 第2回戦・中

 落石防止の金属ネットが張られた崖沿いを、目にも止まらぬ速さでカイン1200が通過していく。ネットの網目は大きめで、レースのせいで意図せず落石が起こりそうでひやひやする。

 先頭のイヴは目の前まで迫っていた。しかし、このルートで先回りするのは困難だ。崖の先がどうなっているのか見えない以上、機体(マシン)と命を賭けたギャンブルをするわけにはいかない。

 じりじりと時間だけが過ぎていく。イヴは目の前を走り続けている。崖沿いのルートが長い。メインハンドルを握る手のひらに、嫌な汗が滲み始めていた。ここで焦ってはいけないと思えば思うほどに、ここで抜かさなければチャンスは無いかもしれないという現実が思考を襲う。ハンドルからリュカの動向を伺う。きっと今は何を聞いても逆鱗に触れるだけだろう。

 いつもより、機体の向きにブレがあった。恐らく、彼女も焦っている。今のところカインが勝機を見出せそうなショートカットができるルートは見当たらない。そんなルートがこの先にあるのだろうか。それとも、このままジリ貧でファースト・ラップを終えることになるのだろうか。

 目の前で走り続ける憎たらしいイヴを睨みつける。このまま落石が起きて目の前で機体異常(マシントラブル)にでもなってリタイアしてほしい、とすら思った。

 順調に崖道を駆けていたイヴが、突然崖に沿うようにして機体の向きを変えた。何かあったのだろうか。

「あれなんなの!!??」

「こっちが聞きてえよ!!!」

 リュカの甲高い声を怒鳴り声でねじ伏せる。まさか本当に機体異常だろうか。

 イヴはエンジン部分をネットに叩きつけるように一度バウンドさせて、また先ほどの高度に戻る、という行為を繰り返していた。一定のリズムで、機械が叩きつけられるような嫌な音が響く。自棄になったのだろうか。あのままでは機体が保つまい。

 視線を一度イヴから外し、コースを見る。傾きかけた日差しに、鈍い金属色の線が何本か乱反射していた。

 顔から血の気が引くのが分かった。

 あのイヴの狙いは、落石だ。

「リュカ!!!機体、」

「分かってる!!!」

 そこまで言いかけた時点で、言葉を遮られる。メインハンドルが一気に重くなったのが分かった。彼女も同じことを想像したらしい。ハンドルを操作し、一気に機体の高度を上げる。地面から普段よりもずっと高い視点からコースを見下したときに、耳鳴りがするような嫌な音を立ててネットが破断した。

 最初は小石がぱらぱらと落ちてくる程度だったが、私たちが通り過ぎるころには、比較的大きな石が転がり落ち始めていた。あのままあそこに滞在していたら、こちらが機体異常でリタイアすることになるところだった。


「あっぶな、なにあれ!!」

 怒り心頭と言わんばかりの声がイヤホンから聞こえてくる。ずいぶんあのイヴの戦法にご立腹のようだ。

「どの口が言ってんだよ!」

 妨害を企てたのはこちらも同じだろう。あの作戦は思いつかなかった。超重量級らしいイヴならではの作戦だろう。私たちが同じことをしても、あの金属のワイヤーを破断させられるだけのダメージは出せない。単にこちらが損傷するだけだ。

 危機一髪の状況を乗り越えたところで、イヴを追い抜けていないという現実は変わらない。それでも何もできずに運転だけし続けていた先ほどまでよりも、手に籠る力は弱くなっていた。崖道から抜けたのもあるが、心理的にも視界が晴れたような気分だった。

「なああれまじでどうすんの!?」

 リュカに問いかける。機体のブレは感じられない。彼女も同じような心持ちだろう。今なら言葉を掛けるのも悪手では無い気がした。

「何とかする!!ショトカ見つけて!!!」

「無理に決まってんだろ!!!」

 初見のコースで、副運転手(ツイン)主運転手(メイナー)よりも先に色々見つけろだなんて無理な話だ。そもそも私はコース取りを考えるよりも、主運転手の運転のサポートに徹する側だというのに。

 物言いは荒れていたが、その言葉の応酬はいつものものと変わらない。あれこれ言い合いながらも、順当にコースを進んでいく。イヴには崖道のあとの直線で突き放されていたが、先ほどのような異様な焦燥感には駆られなかった。

 直線を下って行った先に、雄大な渓谷が見えた。あれが正規ルートだろう。あの運営の事だ、ここまで何のショートカットルートも設置しないわけがない。目を凝らせば、途中に切通しがあるのが少しだけ見えた。

「あそこ行くから!!!」

 アクセルを踏み抜くことでそれに応える。ほんの少しだけ私のコックピットが先行しかけたが、ぎりぎりで留まる。気分が昂っているのだ、仕方あるまい。

 イヴは真っ直ぐに渓谷に向かっていた。それを横目に、私たちは躊躇うことなく切通しに向かって行った。機体を地面に垂直にしても通れるか否かといった狭さだが、カインならいけるだろう。その自信があった。言葉を交わすこともなく私のコックピットを下にして、カイン1200は切通しに突っ込んでいった。


 頭上に鬱蒼と茂る木々が夕陽を遮って、視界は暗くなっていた。粗雑に削り取られた岩肌に、機体が擦れるのではないかと心配しかけて、それを封じ込む。ここで怖気づいてはいけない。身体に対して強烈に横向きにかかる重力を感じながら、メインハンドルをしっかりと握り込む。視線は正面から逸らさない。時折飛び出す岩の影を搔い潜りながら、私たちは切通しを抜けきった。

 一気に広がる景色と、戻って来た日差しに目を細める。それでも速度は落とさない。ここから先は急勾配の上り坂だ。今のところ、あのイヴの姿は見えなかった。仮に追いつかれたとしても、この坂をカインよりも早く登れるとは思えない。エンジンが重たい分だけ、機動力は落ちるのだ。

 シートに身体全体が押し付けられる。ギアレバーが少しだけ重かった。主運転手の判断に合わせて、全開だったギアを少し落とす。エンジンを交換したツケだろうか。本来のカインであれば何の苦労も無く登れるであろう坂で、私たちはほんの少しだけ苦戦することになった。それでも、坂を登り切った先に、レース会場が見えたときには安堵の息が漏れた。

「残りもこの調子で行くから!!」

「分かってる!!!」

 短く言葉を返し、軽くなったレバーを引き上げる。ファースト・ラップは、一着だった。そのまま何の問題もなくレースを終える、はずだった。


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