39. 第2回戦・前
レース場は、なんだかいつもより騒がしかった。普段は気にも留めない観客席を一瞥する。視線の先にいた観客が、妙な声を上げているのが見えた。それを無視してコックピットに乗り込み、イヤホンをしてからリュカに問いかける。
「なんかおかしくない?」
「何が?」
彼女はこの異常に気付いていないようだった。見ればわかるだろうに、とぼけているのかそれとも本当に分からないのか、どちらなのか判断はつかなかった。
「今日は信号戻ってるよ?」
言われてみれば確かに、頭上にいつも通りの光が灯っているのが見えた。つまり、彼女は観客の異常に気付いていない。レースに集中しているのだから当然だろうか。私の注意が散漫になっているだけだろう、そう思って先ほどの異常を一旦忘れることにした。
機体の調子を普段のルーティンに沿って確かめながらも、嫌な予感だけは忘れられなかった。
横一列に並ぶ色とりどりの9機の機体が、エンジンを蒸かす。もうもうと白煙が立ち込める。今日のコースは山岳地帯の砂利道だ。レース中に小石が巻き上げられて何か機体異常にならないことだけを祈った。
信号の光が全て消えた瞬間に、アクセルペダルを踏み込む。2機ほどが並走しているのが視界の端に見えた。このイカレた加速について来れる機体があるとは思ってもいなかった。心の中でうっすらと称賛の声を送ることにした。よくできたもんだな、お前ら。
山の斜面にへばりつくように設置された、ゆるくカーブを描く傾斜のついた狭いコースを突き進む。いつもとは違う、身体に斜め向きにかかる重力になんだか無性に笑いが零れてしまった。ショートカットをするときみたいだ。
「何笑ってんの!?怖いんだけど!!」
「はあ????」
何も言っていないのに、右耳から指示以外の言葉を聞く羽目になるとは。いい機会だ、存分に恐怖を味わえばいい。
「妨害しようと思ったんだよ!!!」
傾いた山道の砂利道なんて、できることはいくらでもある。最初はそうだ、地面の土砂崩れなんてどうだろう。彼女の許可が下りれば好き勝手できる。
「やば、アンタ最高!!!」
笑い声混じりの声が聞こえてきた。許可は下りたようだ。
「土砂崩れ起こそうぜ!」
「乗った!!」
機体の向きを下げて、地面と接触する寸前まで高度を落とす。浮力装置とエンジンが巻き上げる小石が、前方防御壁に小さな音を立てて弾き飛ばされる。時折顔に当たって痛みを感じたが、そんなの気にならなかった。
前を行く2機はあとで潰せばいい、後続が来れないようにするのが先決だ。わざとらしく重低音を地面に響き渡らせてやれば、斜面の石がカタカタと揺れるようだった。そのまあ斜面のコースが終わるまでそれを続けてやった。カイン1200だけでなんとかなるとは思っていない。後続の機体の振動で崩れることを期待しているのだ。
「崩れないじゃん!!」
非難めいた声が聞こえてきたが、黙殺した。許可したのはそちらだろう。そのままコースは平坦なものに戻った。重力の向きが普段と同じになる。先行する2機が先ほどよりもはっきり見えた。
「あいつらどうすんの!!??」
「加速だけじゃ無理!!どっかでショトカ!!!」
予想していたとおりの指示だった。あの2機はどちらも見たところイヴシリーズだ。加速だけではカインは勝てない。どこか急カーブを描くようなコースがあればいいのだが。
そう思いながらもメインハンドルを握ってリュカの判断を感じ取っていると、コースの先の方で左カーブが見えた。角度まではわからない。
「あそこインコース!!!」
加速を全開にしたまま、カーブに差し掛かったところで彼女がブレーキを掛けたのが分かった。ハンドルが重い。それでもそれを気にせずに踏み込む。右側の壁に押し付けられるような重力を感じる。その外側を走る1機のコックピットに擦れて火花が散った。一瞬だけそちらに意識をやって、目の前に集中する。カーブは凄まじいヘアピンカーブだった。
「抜けた!!!」
歓声が聞こえる。機体を擦りながらも、さっきのイヴを追い抜くことに成功した。追いつかれる前に振り切らねば。それに、まだ先にもう1機いるのだ。それもなんとかしなければ。




