27
いつしか、リュカのしゃくりあげる声は止んでいた。2つのグラスに入れられていた氷は、とっくに溶けきってしまっていた。溜息を、一つつく。彼女の肩が、びくりと震える。ああ、違う、怯えさせたかったわけではない。それを、伝えなければ。
「…怒ってるんじゃ、ない。」
彼女が、詰めていた息を吐き出すのが見えた。
「…父さんのことも、イズモさんのことも、別に、怒ってない。この前の、レースのことも。全部。」
彼女は、自分で、自分を、断罪したのだ。これ以上、責める理由も、必要も、どこにもない。
私は、トカラの娘。ヤクモだ。その事実は、覆らない。父さんが、トカラが、リュカの父親であるイズモさんに憧れていたことも、変わらない。イズモさんの副運転手になりたかったであろうことも、嘘じゃない。それでも、父さんには、主運転手の才能があって、憧れていたイズモさんの運転をして、伝説に成り上がった。全部、作り話でも何でもない、まっさらな事実だった。
でも、もう、私はヤクモじゃない。父さんの跡を継いでいくだけのヤクモは、もういない。
私は、セイカなのだ。
「リュカ」
彼女の顔が、弾かれたように上げられる。頬に涙の跡がくっきりと残っていた。
「私は、ヤクモじゃ、ない。」
その言葉に、リュカは、はっとしたような表情を浮かべた。
「私は、トカラの夢を、追う。」
これは、宣言だ。私は、私として、これからを生きていくのだ。
「リュカは、どうする。」
彼女の決断が、必要だった。
リュカの視線が、揺れる。か細い意志を湛えた両の瞳の奥で、何かが揺らめいて、煌めいて見えた。
あれは、躊躇だ。恐怖だ。憎悪だ。卑下だ。そして、葛藤だ。
彼女の瞼がゆっくりと降りて、睫毛が震えた。目尻に溜まった涙が、一粒だけ零れ落ちた。
瞼がまた少し震えて、持ち上がる。
その瞳は、真っ直ぐに、私の両目を、見据えていた。
「イズモを、追う。あの、王座を、奪い取る。ウチの、手で。」
言葉は、もう、震えていなかった。




