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Drused Race  作者: 鈴生
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「……乱暴だけど、生き生きしてた」

 最初の言葉は、それだった。私の、運転のことだろうか。最下位だった主運転手(メイナー)に向かって言う言葉ではない。

「勝てても無いのに?」

 一笑に付す。リュカへの皮肉でもあり、自分への皮肉でもあった。

 私の反応を見ることもなく、彼女は自分の言葉を続ける。

「…攻めたコース取り…、鮮やかなハンドル捌き…、言葉なしに、副運転手(ツイン)に、何もかも、読ませようとするところ…」

 どれもこれも、彼女から責め立てられたことのある、私のやり方だ。それがどうした。

「どれもこれも、お前が嫌がったやつだろ。今更なんだって言うんだよ。」

 吐き捨てるように言ってやっても、彼女は止まらなかった。

「…パパみたいだった」

「…は?」

 その言葉が、明瞭に、それでいて静かに部屋に響いた。


 私の父親は、トカラだ。リュカとの最後のレースが終わった後に、彼についてきちんと調べた。ドルーズドに公式記録なんてものは存在しない。他のレーサーに聞いて回ったのだ。

 分かったことは、少なかった。父は、もともと副運転手志望だったこと。そして、イズモとバディを組んで、暫く運転していたこと。しかし、あまり相性が良くなかったのか、バディを解消して、主運転手として活動するようになり、一躍脚光を浴びるようになったこと。独身だと、本人が言っていたこと。それだけだった。

 父が副運転手志望だったことを知ったことはショックだったが、それ以上にショックだったのが、私と母は、彼にとっていないものとして扱われていたことだった。嫌っていた父親ではあったが、まさか彼から存在を否定されているとは、思ってもいなかった。

 トカラは、他に家庭を持っていたのだろうか。私が、主運転手として一番目指していたのは、彼だった。彼の運転を、真似していた。私には、できなかったけれど。


 一瞬物思いに耽り、リュカに問う。

「どういうことだ」

 まさか、私たちが腹違いの姉妹だなんて言われた日には、自害しかねない。覚悟を決めて、問うたことだった。口の中が乾いていた。冷え切った水を口に含む。ゆっくりと飲み干す。その飲み込んだ様子を見てから、彼女は口を開いた。

「パパ、……イズモの、運転、みたいだった」

 グラスを持つ手が止まる。指の間を、結露が伝って行く。息が、止まった。氷が、場違いに軽やかな音を立てる。

 イズモに、娘がいた、なんて。

「トカラは、パパ…イズモの運転を、真似してた」

 私が絶句して言葉が出てこない間にも、リュカは話し続ける。

「だから、セイカの運転は、…パパに…似てたの」

 唾を飲み込む。グラスをやっとの思いでキッチンに置く。カウンターの向こうに座る彼女が、これ以上なく恐ろしく見えた。手が震える。息が細くしか吸えない。息苦しい。短く息を吐きだす。

「…あのとき、彼氏と乗った、あのレース…」

 リュカの声も、震えていた。肩が小刻みに揺れる。ハンカチはもうその手に握られていない。彷徨うようにカウンターの上で組んでは解されていた両手が、藁をも掴むかのように、グラスを握りしめる。水面が揺れて、氷が鳴る。結露が、彼女の指を伝う。

「…ウチは、セイカの、真似を…してたの…」

 息が吸えない。唇が震えて止まらない。これは、なんだろう。恐怖か、それとも。

「きっと、」

 そこで言葉が途切れて、彼女が唾を飲む。そして、重たい口を、開く。

()()()なら、こうするって、思ったから。」


 奥歯を音が鳴りそうなほど、強く噛み締める。ああ、そういうことか。だからか。だから、リュカは。

「お前、最初から全部知ってたのかよ…!全部、全部、何もかも…!知ってて、お前は…!私に近づいて来たのかよ…!」

 拳を握りしめる。切り揃えられた爪が手のひらに食い込む。それでも、痛みが遠かった。

 どうして。どうして、その名前で、私を。

「ふざけるな、…ふざけんなよ…!!」

 拳をキッチンに振り下ろす。グラスの水が大きく揺れて、縁から零れた。グラスの底の周りに、水たまりが広がる。

 目頭が、勝手に熱くなって、そこで、ふと合点がいってしまった。父親の、あの言葉。独身だという、あの宣言。あの言葉の秘められた意味。

 父は、私を。あの名前から、トカラという巨大な傘から。私を、隠すために、嘘をついていたのだ。

 それを、こいつは、すべて、台無しにして。

「…ふざけんじゃねえ…!!」

 リュカの言葉は、短かった。

「……………ごめん、」

「そんなので済むわけねえだろ!!!」

 溜まっていた衝動を、吐き出さんばかりに怒鳴りつける。

「………うん…」

 俯いたまま、か細い声で彼女は目を伏せた。

 握りしめた両手が、震え続けていた。どうすればいいのかわからない。もうグラスなんて視界に入っていなかった。立っていられない。そう思った途端、足に力が入らなくなった。へたり込むようにしゃがみこむ。冷房が効きすぎた部屋の床は、冷たかった。

 その様子を見たリュカが、慌てたように立ち上がった音がした。短く命令する。

「…来るな、」

 それに反して、彼女はこちらにやって来た。言葉を飲み込む音が聞こえた。彼女の綺麗に塗られたペディキュアが、視界の端に見えた。

 頬を、熱いものが伝う。顎から、冷たいものが滴る。前なんて、向けなかった。彼女は、立ち竦んでいた。


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